魔法探偵の助手。

雪月海桜

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第五章【夏と月夜の別れ】

わたしに出来ること。

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 朝霞姫乃ちゃんは、四年生と五年生の間の春休みに事故に遭って、意識不明で、今も夢ヶ咲総合病院で眠り続けているのだという。

 そのことを、翌日にはみんなが知っていた。魔法が解けた結果、みんなの中には学校での姫乃ちゃんとの記憶がなくなってしまったのだ。

 わたしの後ろの席は、不自然な空席。出欠を取るのも、テストの上位も姫乃ちゃんの分繰り上がり。

 そのささやかな違和感を、若菜ちゃんや夕崎くんは何となく感じているみたいだったけれど、クラスのみんなも朧気に何か足りない気はしていたようだけれど、姫乃ちゃんの名前が出てくることはなかった。

 とーや先生とシオンくんは、今日はお家の都合でお休みらしい。突然ふたりで休んでも違和感がない、兄弟設定が役に立つ瞬間だ。

「ふたりも、急に居なくなっちゃったりするのかな……」

 別れを想像して、思わず涙が滲むのを堪える。大好きな給食も、美味しくない。せっかくたくさん話しかけてくれるようになった若菜ちゃんにも、上手く笑顔が返せない。何もかもが空っぽに思えた。

「こんなの、嫌だ……姫乃ちゃんが過ごしたかった六年二組の教室は、わたしが好きな学校は、こんなんじゃない……」

 何事もなく過ぎる一日の終わり、わたしはいつものように、放課後の第二音楽室に足を踏み入れる。

 わたしと、シオンくんと、とーや先生。わたしたち三人だけが開けられる扉の向こうで、わたしはひとりソファーに寝転んだ。

 ひとりぼっちがこんなに静かなんて、初めて知った。

 改めて、暗幕の内側を浮遊する光の粒や揺らめくランタンを見上げる。空き教室に広がる美しい夜空のようなこの非日常な光景も、魔力の放つ虹のような七色の光のカケラも、すっかり見慣れてしまった。

 大好きなひとの傍で、ずっと見ていたい。それなのに、次の瞬間には魔法らしく一瞬で消えてしまうかもしれないのだ。

「……やだなぁ」

 これらはてっきりシオンくんが使っているのかと思っていたけれど、魔法使いが居なくても勝手に光り続けているのだろうか。
 わたしが手を伸ばすと、ゆらゆらと近付いてくる様子はくらげのようでちょっと可愛い。

「魔法……か」

 万能だと思っていた魔法が、今は危険なものもあることを知っている。魔法だって、叶えられないこともあることを知っている。
 そして、魔法なんかなくたって、叶えられる願いがあるのも知っている。

「わたしは魔法を使えないけど……願いを持つのは、叶えようとするのは、自由だよね」

 勢いをつけて起き上がり、わたしは普段シオンくんが使っている引き出しから、かつて見かけた紙を拝借する。
 魔法使いじゃないから、本質を知っていても上手く使えないかも知れない。
 それでもいい、わたしはわたしに出来ることをしたかった。


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