追放された魔法使いの巻き込まれ旅

ゆり

文字の大きさ
79 / 102
2章 魔法の国ルクレイシア

吹雪の夜

しおりを挟む
『───!行ってしまうのですか………?』

濃紺色の髪にガーネットのように輝く瞳。
片耳にサファイアのピアスをつけた彼が、寂しそうにこちらを見ていた。

このとき、何と言ったか。

一刻も早く出ていくように命じられて、簡単な別れを述べたのだったか。
それとも、何もしないで立ち去ったのか。

いずれにしても、出ていくとき、彼の瞳には寂しさと共に憎悪が込められていた。
憎まれるのも当然だった。


みんなの拠り所だった彼女と逃げたのだから。



(あぁ)


夢の中だとわかっている自分がいる。

目の前にいる彼を見るとわかる。
あの日に見たおぞましい夢の最後の言葉はきっと。


『裏切り者』
















「…………ア、……………クレア」


「ん………」


誰かに呼ばれた気がしてクレアは目を覚ました。
眠っていたようだ。
何かを見ていた気がしたが、何だっただろうか。

ぼんやりとしていた視界が次第に明瞭になってくる。
あたりを見回すと、最後に見た雪の降る森はどこにもなく、吹雪く中でぽつぽつと街灯らしき光がぼんやりと浮かんでいた。
気付かぬうちに森を抜けていたことに驚いたクレアは、はっきりと目が覚めた。

すぐ横、背負ってもらっているのだから当たり前だが本当にすぐ横にファルの顔があって、クレアの様子を伺いながら少しずつ歩を進めていた。

「ごめん、寒いよね?今あったかくするから、」
「いい。せっかく譲渡した魔力がなくなったら意味がないだろ。
それで、わざわざ起こして悪いが、森を抜けた後どこに行けばいいかわかるか?」

寒がりのファルを気遣ったクレアが魔法を使おうとするのを止めたファルは、ルクレイシアに初めて来たのに加えて吹雪のためどうすればいいか悩んでいるようだ。

クレアはファルに言われて目の前を見た。
さっきと同じ、吹雪で街頭らしき光が浮いているだけ。
しかも、クレアは今日森までセイルクに案内してもらった。
一回きりしか通っていないわけである。

「……………ごめん私もわからない」
「はは、そうか」

申し訳なさそうにクレアが言うと、ファルは軽く笑った。
すぐ後ろにそびえる森の入り口付近に雪が積もっていない場所を見つけて移動すると、ファルはクレアを下ろして腰から何も入ってなさそうな袋を取り出した。

手を入れた薄っぺらい袋からファルは次々とものを出してくる。

新しそうなローブに、いつも身につけているストール。
熱魔法石を5個ほどと、簡易結界の魔石。

それらを出すと、ファルは手際良く場を整え始める。
真ん中に3個の熱魔法石を焚き火のように置いて、残りをクレアにひとつ、自分にひとつと分配し、ボロボロになったクレアのローブを回収して代わりに出したローブを渡してくる。
ファルもいつものように肩にストールをかけて、簡易結界を展開して野宿をする準備はできたと言ってもいいほどだった。

むやみに動いて発見が遅れることを危惧した結果だろう。
あまりの手際のよさにクレアが驚いているのを見て、「討伐の基本だからな」と冗談めかして教えてくれた。

ファルが用意した空間は完璧で、真ん中に置いた熱魔法石がストーブの役割を果たし、手に持つ熱魔法石はカイロのように働く。
簡易とはいえ北部で開発された結界の魔石で夜を安心して越すことができる。

「あったかい………」

つい顔をとろけさせてクレアがほっと息をつくと、ファルも満足したように座った。
発見されるまでは野宿のため、雑談が始まった。

「その袋、魔道具なんだね?亜空間みたい」
「あぁ、これか。これはクレアの『亜空間収納』から着想を得たんだ」
「…………私の?」
「そう。『亜空間収納』は違う世界に物を預けているみたいな感じだろう?
俺たちの世界はからのまま、亜空間には物が入った状態。ここから、収納の魔法を使いつつ、袋が膨らまないような便利なものを……………」



そうして会話を続けること半刻。


「…………っていうことがあって、セイルクとは同い年なのに先生と生徒みたいな関係になったの。
魔法の使い方が違うから不安だったけど、今日の討伐でたくさんできることが増えてたの!
ちょっと嬉しかったな………」


クレアはセイルクについて話している中で少しして、心ここに在らずと言った顔をした。
遠くを見つめて、ここではないどこかを懐かしんでいるようにも、睨んでいるようにも見える。

急に話が止まったことにファルが顔を上げて、クレアの表情に気づくと、ファルは無意識にクレアの頬に手を添えていた。

突然の刺激に驚いたのか、それとも目が覚めたのか。
クレアは目を丸くして添えられたファルの手を握った。

「…………あの日も雪だったなぁって、思い出してた」
「あの日?」

クレアは俯いて、ファルの手で気を紛らわせるように遊びながら口を開いた。
ファルからはつむじしか見えず、顔を見て話したい気持ちがあっても抑え、クレアの言葉を待つ。

沈黙があって、クレアはファルの手のひらで指先をくるくると動かしながら、また話し始める。

「私が出て行った日。あの日は今日みたいに吹雪いていて………みんな怖がってた」

指が動きを止めて、ファルの手から離れる。

「本当は、私は1人で出ていくつもりだったのに。2人で出て行っちゃったから、天罰が下った。

だからね、ファル。私は──────」

クレアが次の言葉を紡ごうとしたそのときだった。


「おーい!クレアさーん!!いたら返事してくださーい!」


実に探す気のない声だった。

















ざく、ざく、ざく

そうして、雑にクレアを探していたすぐ近くの騎士団所属の騎士に保護された。
今は騎士に先導してもらって、ファルがまたクレアを背負って歩いている形だ。

「もう歩けるのに………」
「魔力暴走起こした奴が何言ってんだか……」

ぶつぶつと言い合いながらも背負うファルも背負われるクレアも、声に喜びが含まれている。
お互いフードで顔が見えないが、声からしてそうだろう。

背後から聞こえる仲のいい(?)会話に騎士も思わず笑った。


保護された森の入り口からさほど遠くないところで騎士が止まり、「こっちへ」と扉を開けて入れてくれる。
中に入ると、保温の魔法がかかっているのか、一気にあたたかくなる。

騎士に「少々お待ちを」と言われ、エントランスに設けられているソファに腰掛けると、本当に戻ってこれたのだという実感がクレアにやってきた。

「はぁ………………」

肩の力が抜けたように、大きく息を吐いてソファにもたれかかったクレアを見て、ファルは微笑み、クレアの背に手を置いていた。

ただ何も言わず、大きな手でクレアの背中をさするだけ。

そんなことがクレアを心の芯まであたたかくする。
クレアは慣れないむずむずする感覚に戸惑いながらもファルの手を受け入れる。

沈黙なのにあたたかい。

そんな空気が心を満たしていたとき。



「クレアッ!!!!」


空気に見合わない危機迫った声が響き渡った。
上から聞こえてくる声に顔をあげると、セイルクが2階の階段前でクレアを見ている。

「セイルク………無事だったんだね」

クレアが言葉を発すると、セイルクは涙を堪えるように口を引き結び、2階から飛び降りた。

『飛行』を使って。

飛び出した体がゆっくりと浮いて、エントランスに足がつくと、セイルクはクレアに抱きついた。

「本当によかった………….っ」

突然抱きつかれてクレアが固まっていると、ファルが横から入ってセイルクをクレアから引き剥がした。

引き剥がされたセイルクが驚いてファルを見上げる。
ファルはフードをわざわざ取って、その均質で美しい顔を見せると、笑顔で告げた。

「……………失礼。急にあなたに抱きつかれて彼女が驚いていたもので」
「誰だお前………」

ファルは外行きの笑顔だが、首筋には青筋を立てるという取り繕い具合だ。
セイルクはファルの胡散臭い態度に苛立ちを覚えたような声で抗議しようとする。

が、その抗議はハシュアとミュゼがセイルクの口を塞いだことで発せられることはなかった。

そしてハシュアはセイルクの口を塞いだまま、グラント式の挨拶をした。

「次代の黒狼にご挨拶申し上げます。
私はハシュア=セザル、こちらは私の生徒のセイルク=オルフェンです。
蒼い月の繁栄を願い、挨拶とさせていただきます」
「…………あぁ。直れ。
私はここではいかなる権利も有していない。そう畏まるな」

ハシュアの挨拶に驚いた顔をしたファルはすぐに直るように命じた。
ハシュアは言われたとおり直り、セイルクの口から手を離してやる。
セイルクは先ほど塞がれたときは今にも手をどかす勢いだったが、ハシュアの挨拶を聞いて落ち着きを取り戻したようだった。

しかし、なおもファルを睨み続けるセイルクに、ファルは先ほどまでの笑顔を貼り付けて話しかけてみせた。

「すまない、名乗っていなかったようだ。
私はファル・セルナリア=グラント。
今回のクレアの『緊急連絡先』になっていて迎えに来た」
「………………グラント公国」

セイルクがそれだけ呟くと、ファルは興味をなくしたのか、くるりとクレアに向き直った。
そしてクレアの耳元まで頭を下げてクレアに囁いた。

「あいつがさっき話してた『セイルク』って奴か?聞いてた話と違うぞ」
「えっ、何も違ってないと思うけど?」

きょとんとして思わず囁き返したクレアにファルは少し固まってから、ため息をついた。

「同類か……………」



そんなことで盛り上がっていると、クレアたちを連れてきてくれた騎士が戻ってきた。

「すみません、遅れてしまって。
諸々の手続きや聴取、健康状態の確認などをするように学校側から命じられていますが、今日はもう遅いので健康確認だけ行って明日残りのことを行うことになりました。
医療室で医師が待っているので行きましょう」

ということで、クレアは健診に行くことになった。
セイルクたちはもう終わっているらしい。

騎士に先導されて、クレアはファルと共に医療室へ向かった。




















クレアたちが医療室へ向かったのを見送ると、ハシュアはミュゼとセイルクの背中を押して2階に登らせる。

「ほらほら、子どもは寝る時間だ。
早く部屋に戻りなさい」

ぐいぐいと押されて仕方がなく階段を登り、あてがわれた部屋まで送られたセイルクとミュゼは、ハシュアに礼と就寝の挨拶を言ってから部屋へ戻った。

セイルクは部屋に入ると椅子に腰掛けて、一緒に置かれている丸いテーブルに顔から突っ伏した。
今日一日の出来事と、クレアの『緊急連絡先』の正体に困惑しているようだった。

「聞いたことあると思ったら公子様じゃねぇか……………」

改めてさっきの態度を少し後悔しながら、頭を冷やす。
その状態が少しの間続いていると、扉がノックされる音が聞こえた。

控えめにコンコン………とノックするのはきっとミュゼだろう。
セイルクは体を起こして扉を開けると、案の定、目の前には下を向いたミュゼが立っていた。

「どうした?なんかあったか?」

セイルクがそう聞くと、ミュゼは小さく頷いてセイルクの部屋に入って扉の鍵を閉めた。
ここまでする理由がわからないでミュゼの言葉を待っていると、ミュゼはゆっくりと教えてくれた。


「私…………、今日よりも前にクレアさんの顔を見たことがあって。
その…………クレアさんは、多分、というかほぼ確実に、西部で懸賞金がかけられてる指名手配犯……………だと思う」

「………は?」

セイルクは言葉を失うほかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

悪徳領主の息子に転生しました

アルト
ファンタジー
 悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。  領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。  そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。 「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」  こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。  一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。  これなんて無理ゲー??

処理中です...