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第4章ーー想いーー

第33話

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 王宮に戻り、アレクさんとベンジャミンさんと共にリアム様のところへ行った。
 相変わらず綺麗なその顔は、ようやく逃げ腰ではない私を見て少しホッとしたような安堵の表情を浮かべていた。


「どうだった?」


 楽園のことだろうか、それともお墓のことだろうか。
果たしてその問いがどちらを指すのかは分からなかったけど、どちらにしても感想は同じだ。


「すごく素敵でした」


 明日から、いよいよ楽園は動き出す。私は専ら門を通る人たちのこともよく観察できる駐在所が活動拠点となる。
 時には楽園の中を歩き、時には駐在所の屋上でもスキル保持者を探知することになると思うけど。


「‥そうか」


 腕を組んで小さく笑ったリアム様に、アレクさんが近付いていく。2人がこうして並ぶと、本当眩いというか‥その美しいDNAが露見されるというか。
 リアム様の頭の上に、アレクさんがポンっと手を置く。絶賛成長期だというリアム様とアレクさんの身長差は20㎝以上はあるだろう。
 まぁ確かに出会った頃よりはほんの少しその差が縮まっているようにも見えなくもないけど。


「言いたいことあるんじゃないの?リアム」


 アレクさんが諭すように柔らかくそう告げると、リアム様がばつが悪そうにその長い睫毛を伏せた。


「‥‥悪かったな、エレン」


 元々リアム様はとても真っ直ぐな方。多少意地っ張りというか、空回りしている時もあるけど、この時ばかりは素直にそう言葉を落とした。


「いいえ‥私もすみませんでした」


 あからさまに避けてしまった。それが解決に繋がるわけでもなく、ただの逃げだということにも気付かないまま。アレクさんがいなければ私はまだ逃げ続けたままだっただろう。


「女心に関しては、ベンジャミンさんにしっかりと教えてもらおうね。頼むよ、ベンジャミンさん」


 アレクさんの完璧な笑顔に、ベンジャミンさんの顔が引きつった。
 これは差し詰め、笑顔の圧力というか‥リアム様を空回りさせることは吹き込むな、ということだろうか。


「は、はい。もちろんでございます‥」


 こうして私たちはまた以前のような穏やかな心持ちで明日のオープンに臨めるのだろう。それぞれが抱く気持ちは変わらないにしても‥心を晴れやかにして、明日からまた頑張らないと‥と決意を新たにした。

 オープンしたって、消去保持者がそんなにすぐに見つかるわけもない。もっともっと宿屋も増やしたい。例えばビーチに浮かぶ小屋なんかがあっても素敵だし、浮遊のスキルを活かして空に浮かぶ宿があっても素敵だ。

 アレクさんとはあとどのくらい一緒にいれるんだろう。









 夜空を見上げながら、アレクは1人夜風を浴びていた。入り組んだ王宮にあるこのバルコニーは言わば穴場であり、アレクのお気に入りだ。


 ザッと足音が響いて振り返れば、風に吹かれる長い前髪を邪魔そうに流すベンジャミンがいた。


「ベンジャミンさん‥
どうしたの?怖い顔して」


 何故この場所がバレたのか。
アレクは思いを巡らせて察した。

 リアムがエレンに対する恋心を自覚した途端、その恋敵はある種の裏切り者ということ。

 アレクがひっそりと抱く厄介な気持ちは、あろうことかこの厄介な側近に筒抜けで、おまけにどこに裏切り者がいるかまで分かってしまうベンジャミンにとって、アレクが身を隠せる場所はないらしい。


「‥お気付きなんでしょう?
エレン様のお気持ちを‥」


 ベンジャミンがアレクの横に腰を掛けてそう言葉を落とす。
 アレクは視線を星空に戻して、小さく笑った。


「‥エレンちゃんは分かりやすいからね」


 彼女はすぐに顔に出るから、と更にアレクが笑う。


「アレク様の願いがすぐに叶うとは思えません。数年、もしくは数十年‥中途半端に彼女を縛ってしまっては、貴方がいなくなった後のエレン様の苦しみは更に増してしまいます」


「うん、わかってるよ」


「それに、何十年と共に過ごせば‥アレク様のスキルの本当の酷さに気付かされるでしょう」


 老いていくエレンと、若く爽やかなままのアレク。それは、美に意識を高く持つ女性であれば誰しもが抱く葛藤となり得る。


「‥大丈夫。心配しないで。
俺は、エレンちゃんの心まで縛るつもりはないよ。
リアム‥もしくは他に良い人が現れてくれることを願ってるところさ」


 アレクの黒い髪が揺れる。温かく優しく人々を包み込む彼は、本来こんなにも儚く切ない人間だ。


「‥‥アレク様を見ているのは辛いです。
ただ、リアム様にもエレン様にも幸せになって頂きたい。
私は、アレク様のお気持ちを応援することはできません」


 ベンジャミンが、伏せ目がちに言う。
若い王を支える為に、心を鬼にして王の幸せを願うこと。それがベンジャミンの使命だった。


「心配してくれてありがとう。
人の気持ちは揺れ動いて、変わってくものさ。
もうエレンちゃんを傷付けたくないから、彼女の気持ちを蔑ろにはしないけど‥
自分のこの気持ちを叶えようとは思ってない。
見守っていくだけだよ」


 アレクは立ち上がり、ベンジャミンに「おやすみ」と言ってその場を去っていった。


 せめて、アレクが悪い人ならばこちらまで複雑な気持ちにならないで済むのに‥、とベンジャミンは小さく息を吐きながら思った。


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