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第5話

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 抉られた左目には義眼が嵌め込まれていた。左目の人工的な紅色の瞳は、何度鏡で見ても吐き気がした。団長も、「その義眼で見つめられると呪われそうだ」と吐き捨て、私に眼帯を与えた。

 その義眼が、眼帯の奥で嫌に疼く。眠りについていたトラウマが、眼帯の奥からじわりじわりと私を飲み込もうとしていた。

「そんなに怯えた顔をするなよアイナァ」

 見ていて気分が悪くなるような狂気じみた笑顔を貼り付けて、チャーリーさんが椅子から立ち上がった。団長に目で合図をすると、団長や上層部の人たちはその場から去っていった。

 ‥‥何で出ていくの?
そもそもなんで私は呼び出されたの‥?

「お前の右の目玉には価値がある。だがもう取らねぇよ。
その目玉はお前の証明だからなぁ」

「‥‥証明?」

「あぁ。“異物のアイナ”である証明だ。
証明できなくなれば価値が下がるのは当然だろう。いちいち魔力がないことで証明させるのはかったるいからな。‥お前は需要があるから俺もこうして考えてやってんのさ」

 ‥‥需要。‥確かに、私は良い客引きだった。
珍しいものに人々は集まる。醜いこの容姿にも、異世界の子どもというレッテルにも、あるべき能力を持たない不能さにも。

ーー可哀想、気持ち悪い、面白い、変なの。
人々はそうやって私を見る。この先もずっと。

「‥何が目的ですか」

 この世界で‥魔力を持たず人以下の扱いをされる私が生きていける場所は少ない。だから贅沢は言わない。今の生活のままで十分だった。
 人は変化を嫌うという。まさに今がそれだ。私の環境が変わろうとしていることは察しがついた。

「なぁに、客層を変えるだけさ」

「‥客層?」

「あぁ、ファミリー向けではなく、特殊嗜好の変態向けになぁ」

 ーーーあぁ。
なるほど‥。そういうことね。確かにそっちの方が儲かるかもしれないわね‥貴方達のような汚い大人は。

 嫌な笑顔を浮かべながら、チャーリーさんは一歩一歩私に近付いてくる。
人権なんてないのはもうとっくに分かってる。生き方を選べない立場なのも分かってる。

 だけど、嫌だよ‥
私だって普通に生きたい。

 心がどうしても拒否を起こして、思わずポケットに入れていたお守りの紙に触れた。今朝の出来事を思い出して、思わず目頭が熱くなる。
 宝箱でもあればお守りを大切にしまっておけるのに、私の持ち物は今着ているこのワンピースしかないの。

 ポケットから紙を取り出して、魔法陣を見つめる。
魔法が使えないことなんて、分かってるよ‥。

 でも‥‥
もう一度、あの人に会いたい‥。

 叶うわけもない願望。
ただ何故か、願った途端に私のすぐ背後から大きな物音が聞こえた。


「ーーーあぁ?!」

 チャーリーさんが素っ頓狂な声をあげる。
振り返った私は息をするのも忘れてしまった。

「「‥‥え?」」

 私も思わず驚きの声が漏れた。
私と声を被せたのは、今朝のあの男の人だった。

 何故か突然、私が一番会いたかった人が現れてくれたのだった。

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