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4-フランケンシュタインの怪物に一握の温もりを
それなら私は
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助けられなかった、両方とも。
いや、何をもって助けたと言うべきか。
キャンプに戻った時、少女は人の形を失っていた。かといって変異しきってもおらず、もはやなんでもない、これに似た生き物は地球上には存在せず、自分の足で立つ事すら覚束ない。
「現状に満足できんというなら変化を求めなければならない、それがどのような手段であれ、どのような過程であれ」
技術は技術でしかないと男は言った。
前進を戒めてはならないと男は言った。
進化が神の意志であるならば止まりもしよう、諦めもしよう、祭壇に祈りを捧げて、心穏やかに待てばいい。だが加護は無い、神託は無い。
この世界に神はいない、自らの足で進むしかない。
「とはいえ、看過できぬのも事実か……好きにしろ、それが正解だ」
右手1本で槍を持ち上げる、刃は下へ。
「ぁ……」
僅かに肉を裂く音がして、切っ先が床に達した。
「りが……と……」
『報告、連中集まり出した、牢屋と研究室』
『研究室は爆薬仕掛けてるから大丈夫、牢屋は……』
槍を引き抜いて背を向ける、ホテルを出る。
まだすべて終わっていない。
-数十分後、牢獄。
耳障りな交響曲はようやく止まる、エンジニアが寄ってたかっても停止できなかったプログラムは最後まできっちり稼働し、不気味に笑うコウモリのシルエット絵と、Good Nightmare(良い悪夢を)という文字列を残して、代わりにサーバーの中身すべてを奪っていった。監視カメラの映像は元より、柵の開閉システムすら破壊されている。
「室長!」
「遅い! 所長はどうした!」
「その……殺されていました、腕と足を……」
「ッ……」
一体何が起きたのだ、頭を抱えながらリブロは思う。昨晩まではたまらないほどに上機嫌だった、祝賀会の準備すら進めていた。このあたりでは"バンカー"と呼ばれる拠点の目に止まって、有用性をアピールできればもっと大規模な研究を支援してくれるかもしれない、そんな時に。
疑問の念も浮かばない致命傷である、実験体は残らず死に、ナノマシン生産設備は爆破された。これでは研究は続けられない、たとえ続けたとして、元通りになるまでどれほどかかるか。
「住人の証言です、曲が鳴り始めてすぐに銃声を聞いたと」
「あ…のクソアマども!」
このままなら泣き寝入りだったろうが、幸いにして痕跡があった。どれもこれもあの少女の来訪がきっかけだ、まさか誰にも目撃されずにここまでの事をする手練れだとは思わなかったが、現実問題、これが可能な人間な他にいない。
「探し出せ! 絶対に責任取らせてや……」
探し出せ、とは言ったが、その必要は無かった。
背後で起きたコツリ、という音に振り返る。整った顔立ちと、舞い上がる空色のショートサイドポニーには不釣り合いなミリタリーカラーのフリースジャケットとカーゴパンツで、着地のために膝を大きく曲げつつ、身長と同程度の槍を両手に握っている。槍の刃根元には何らかの液体を貯めた円筒があり、用途は不明、認めるや緑色の発光を起こす。
「な……!」
目が合った瞬間、背筋が凍りつく。額に黒いレンズのゴーグルを乗せた少女は目が冷めきっていた、怒りも喜びも、その他あらゆる感情が存在せず、ただ、こちらに対する殺意だけはひしひしと伝わってくる眼光である。
懐の拳銃で、と思っていた、目が合うまでは。
「ひ……!」
悲鳴が漏れた頃には少女はリブロの前にはおらず、左後方で部下の首が飛ぶ。振り返るまでの僅かな時間でもう2人が絶命、もうどうやっても間に合わないタイミングでその場は大混乱を起こした。
ありえない、あのような少女がする動きではない。物心つく前から訓練を積んでいてもここまでにはまずならなかろう。というより銃火器を差し置いて女性が近接武器を極める意味はあるだろうか。
いや、ひとつだけ、該当する存在に心当たりがある。
「まさかお前……前所長が開発した遺伝子操作の強化人間……!」
などと、呆気に取られている内に部下は1人残らず血を噴いて倒れていた。槍を払えば血が飛び散り、しかし少女には一滴の返り血すら無い。
この場の何人が武装していたか、といえば、この状況である、全員にハンドガンが支給されていた、すぐに発砲できる状態でトリガーに指をかけていた者も多かったろう。にも関わらず1発の銃声も鳴らなかったという事はつまり、人差し指をほんの少し動かす事すら許されなかった、という事だ。
「……は…はは……すげえ……!」
10秒はかからなかったその行いにもはや恐怖など通り越し笑いが込み上げる。
そもナノマシンは前所長の自殺を引き金に始まった代替研究である、元はここはゲノム編集、遺伝子操作を主とする研究施設だった。その最後の成果として生み出されたのが"強化試験体6号"、研究所を逃げ出した後野垂れ死んだと聞いていたが。
間違いない、恐怖しか伴わない見開かれた目が振り返ってリブロを捉えても笑いは止まらず、浮かぶのは感嘆、ナノマシンなどに頼らずとも人はここまで行けるという事実のみ。
「完璧だ!」
と
その言葉を最後に、リブロの意識は消し飛んだ。
いや、何をもって助けたと言うべきか。
キャンプに戻った時、少女は人の形を失っていた。かといって変異しきってもおらず、もはやなんでもない、これに似た生き物は地球上には存在せず、自分の足で立つ事すら覚束ない。
「現状に満足できんというなら変化を求めなければならない、それがどのような手段であれ、どのような過程であれ」
技術は技術でしかないと男は言った。
前進を戒めてはならないと男は言った。
進化が神の意志であるならば止まりもしよう、諦めもしよう、祭壇に祈りを捧げて、心穏やかに待てばいい。だが加護は無い、神託は無い。
この世界に神はいない、自らの足で進むしかない。
「とはいえ、看過できぬのも事実か……好きにしろ、それが正解だ」
右手1本で槍を持ち上げる、刃は下へ。
「ぁ……」
僅かに肉を裂く音がして、切っ先が床に達した。
「りが……と……」
『報告、連中集まり出した、牢屋と研究室』
『研究室は爆薬仕掛けてるから大丈夫、牢屋は……』
槍を引き抜いて背を向ける、ホテルを出る。
まだすべて終わっていない。
-数十分後、牢獄。
耳障りな交響曲はようやく止まる、エンジニアが寄ってたかっても停止できなかったプログラムは最後まできっちり稼働し、不気味に笑うコウモリのシルエット絵と、Good Nightmare(良い悪夢を)という文字列を残して、代わりにサーバーの中身すべてを奪っていった。監視カメラの映像は元より、柵の開閉システムすら破壊されている。
「室長!」
「遅い! 所長はどうした!」
「その……殺されていました、腕と足を……」
「ッ……」
一体何が起きたのだ、頭を抱えながらリブロは思う。昨晩まではたまらないほどに上機嫌だった、祝賀会の準備すら進めていた。このあたりでは"バンカー"と呼ばれる拠点の目に止まって、有用性をアピールできればもっと大規模な研究を支援してくれるかもしれない、そんな時に。
疑問の念も浮かばない致命傷である、実験体は残らず死に、ナノマシン生産設備は爆破された。これでは研究は続けられない、たとえ続けたとして、元通りになるまでどれほどかかるか。
「住人の証言です、曲が鳴り始めてすぐに銃声を聞いたと」
「あ…のクソアマども!」
このままなら泣き寝入りだったろうが、幸いにして痕跡があった。どれもこれもあの少女の来訪がきっかけだ、まさか誰にも目撃されずにここまでの事をする手練れだとは思わなかったが、現実問題、これが可能な人間な他にいない。
「探し出せ! 絶対に責任取らせてや……」
探し出せ、とは言ったが、その必要は無かった。
背後で起きたコツリ、という音に振り返る。整った顔立ちと、舞い上がる空色のショートサイドポニーには不釣り合いなミリタリーカラーのフリースジャケットとカーゴパンツで、着地のために膝を大きく曲げつつ、身長と同程度の槍を両手に握っている。槍の刃根元には何らかの液体を貯めた円筒があり、用途は不明、認めるや緑色の発光を起こす。
「な……!」
目が合った瞬間、背筋が凍りつく。額に黒いレンズのゴーグルを乗せた少女は目が冷めきっていた、怒りも喜びも、その他あらゆる感情が存在せず、ただ、こちらに対する殺意だけはひしひしと伝わってくる眼光である。
懐の拳銃で、と思っていた、目が合うまでは。
「ひ……!」
悲鳴が漏れた頃には少女はリブロの前にはおらず、左後方で部下の首が飛ぶ。振り返るまでの僅かな時間でもう2人が絶命、もうどうやっても間に合わないタイミングでその場は大混乱を起こした。
ありえない、あのような少女がする動きではない。物心つく前から訓練を積んでいてもここまでにはまずならなかろう。というより銃火器を差し置いて女性が近接武器を極める意味はあるだろうか。
いや、ひとつだけ、該当する存在に心当たりがある。
「まさかお前……前所長が開発した遺伝子操作の強化人間……!」
などと、呆気に取られている内に部下は1人残らず血を噴いて倒れていた。槍を払えば血が飛び散り、しかし少女には一滴の返り血すら無い。
この場の何人が武装していたか、といえば、この状況である、全員にハンドガンが支給されていた、すぐに発砲できる状態でトリガーに指をかけていた者も多かったろう。にも関わらず1発の銃声も鳴らなかったという事はつまり、人差し指をほんの少し動かす事すら許されなかった、という事だ。
「……は…はは……すげえ……!」
10秒はかからなかったその行いにもはや恐怖など通り越し笑いが込み上げる。
そもナノマシンは前所長の自殺を引き金に始まった代替研究である、元はここはゲノム編集、遺伝子操作を主とする研究施設だった。その最後の成果として生み出されたのが"強化試験体6号"、研究所を逃げ出した後野垂れ死んだと聞いていたが。
間違いない、恐怖しか伴わない見開かれた目が振り返ってリブロを捉えても笑いは止まらず、浮かぶのは感嘆、ナノマシンなどに頼らずとも人はここまで行けるという事実のみ。
「完璧だ!」
と
その言葉を最後に、リブロの意識は消し飛んだ。
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