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6-"G"線城のアリア

亡霊騒ぎ 始

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「あそこ」

 鍵は?と現地住民に聞いた結果、ノイシュヴァンシュタイン的な超立派かつ高所にある古城を指差された。

「大昔の地主さんの住まい、このトンネルもあそこに住んでた人が作ったんだって」

「…………」



 説明しよう。

 第57作戦、作戦名"アマリリス"が発動された。動員戦力、展開方法、攻撃手段など述べなければならない項目は山ほどあるが、その作戦が立案された理由のみ言っておくと「資源確保は安定してきたけど工場の生産能力低すぎ!」「じゃあ敵の工場奪えばよくね?」という旨の会話による。これはAI側の拠点を奪取する占領戦だ、必要な人員は10人20人ではきかず、戦場まで運ばなければならない物資も相応の量になる。サーティエイトは今まで移動手段をヘリコプターに頼っていたのだが、やはり搭載量を踏まえるとこうならざるを得ない。
 山岳地帯の森の中を這う朽ちた道路にはハーフトラック、前輪がタイヤで、後輪がキャタピラというヘンテコトラックが2台停まっている。乗せているのはサーティエイトを含めた1個小隊13名、及びその装備と、山の斜面に設置してこいと命令された小型のレーダー機材だ。目的地は今いる山の反対斜面、到達するには尾根まで登って越えるか、目の前にあるトンネルを通らねばならない。崩れかけのアスファルト道はトンネル入口で終わっており、森の中を徒歩で荷揚げするのは不可能なので、当然、小隊長殿はトンネルを選んだ訳だが、核攻撃にも耐えられそうな分厚い扉には鍵がかかっていた。

「……」

「……何故、今まで開けようとしなかったのかしら?」

「大人達は何度も考えたみたいだけどさ、役に立ちそうなものたくさんありそうだし、隠れ家になりそうだし。でもあの城とこことの間にはAIの巡回ルートがあるんだ、向かった人が何人も帰ってなくて、それに……その……」

「何?」

「出る、って噂なんだ、幽霊」

「…………………」

 まだ10にも満たないような少年からそんな話を聞かされて、シオンとレアは生暖かい笑みを浮かべつつ城を見る。
 このトンネル入口から少し戻った場所、谷の反対側にあるちょっと低めの山頂ピーク付近だ、かなり巨大な西洋式の城が立っていた。1本の尖塔を持つ本館を最奥部に、ふたつの副建造物をそれより手前に持ち、それらの間が庭となる。さらに手前には独立した尖塔と正門があるが、周囲のほとんどが断崖絶壁となっているため、正面方向にしか塀がなくともかなり防御力が高いように見える。壁は白色、屋根は濃い青で、見れば見るほどノイシュヴァンシュタイン城に似ている。

 なおノイシュヴァンシュタイン城とは、名前を言ってはいけないあのネズミが所属するあの会社のあの城のモデルになったと噂されるドイツの城である。

「昔死んだ偉い人達の怨念だって、城に近付くと」

「あ、もういい、ごめんなさいね、ありがとう」

 続きを話そうとした少年にレアは何か小包みを持たせ、手を振って去っていく彼を見送る。その後、視野を広げて現在地から城までのルートを確認、所々崩れているが、半分キャタピラのハーフトラックなら走破は可能そう。

「先行って大丈夫そうだったら呼んで頂戴?」

「なんでそんな非効率な事しなきゃならねーんですか、行くなら一緒でしょ」

 無事に?中隊長代理を解任され小隊長に戻ってきたレアに対し、これまた無事に復帰したシオンは言う。本作戦に向け指揮系統はかなり整理されていて、整え終えた時、何故か彼女の指揮下にサーティエイトがあった。

「行くなら俺が」

「いや俺が」

「俺が俺が」

「レア派の男どもは留守番してろ色々面倒そうだ」

 怪談系、気になる女性、吊り橋効果、レアの指揮下にある3部隊のうちひとつがやたらぐいぐい来る理由はそれで説明可能である。もうひとつは"その件"の抗争について中立だが、であるが故、こちらのすったもんだを尻目に扉の状態確認に没頭中。動力は復帰できたらしく、鍵さえあれば開くとのこと。しばし黙ってそれを見つめていると、やがてメルが両手をひらひら振りながら引き上げてきた。

「まさかの物理ロック、ディンプルシリンダー錠、鍵がなきゃ開かない」

「ハッキングでどうにかできねーですか?」

「物理ロックって言ったじゃん、電子ロックだったら秒で開けてるよ」

 要するに、付いているのは鍵穴だけ、鍵を回せば電流が流れ動作するとのこと。マイコンすら付いていないそれにはハッキングなんて高尚なもんは通用せず、かといって手持ちの道具でシリンダーを破壊する事もできず、やはり鍵がなければこの道を通る事はできない。
 で、鍵があるというのがあの城。

「あーだこーだ言ってないで探しに行った方がいい」

「仕方ない……ハーフトラック使いますよ、サーティエイト乗車。……フェルト、隠れるな」

「やだ」

「はよ乗って」

「やだ! むり! やだ!!」

「意外すぎるぞ拷問姫……」

「だって違うもん! オバケは科学による解明がなされてないもん! 斬っても撃っても死なないやつなんか会いたくないよぉ! しかももうすぐ日暮れじゃん!」

「ヒナ先生」

「はいよ」

「や゛ーー!! あ゛ーー!!」

 全力拒否するフェルトがヒナにひょいと持ち上げられたのを見届けてからシオンはハーフトラックの運転席に乗車、刺さったままの鍵を回してエンジンを始動させる。太陽の位置は低い、フェルトの言う通り着く頃には沈んでいるだろう。
 半ば肝試しだ、間違いなく。

「いってらっしゃーい」

「小隊長、レア! オマエも乗るんだよ!!」
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