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8-Fake Fate Fay

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 工場東端 フレスベルクから300m
 308部隊"サーティエイト"
 ヒナ



「落ちるぞ!」

 シオンが叫んだ直後、すぐ近くで爆炎が上がり、地面が大きくたわむ。あれほどの地下施設を納めているのだ、ヘリコプターなんか墜落したら当然崩落が進む。

『中隊本部から全隊へ、パイロットの着地地点に一番近いのは?』

「たぶん私達になると思うけれど」

『レア小隊、働きすぎだな……でも仕方ないか、2人を救出してくれ』

「わかった。私達だけで行くわ、残りは退路を確保しておいて頂戴」

 ふたつのパラシュートは共に工場内、似たような場所に降りていった。合流は簡単そうだがアサルトギア、フレスベルクの攻撃を常に受ける事になる、既に逃げ遅れている現在、荷物を抱えて撤収できるかはちと怪しい。ついでに言うとサイクロプスも離脱が確認されていない、工場のどこかにはいる筈。幸い、2機以外の敵戦力はひとつ残らず倒れているので、戦えるとは行かなくとも何か壁になるようなものさえあれば、それで攻撃を防いでいる間に逃げられる。

「手早く済ませましょう、今のところ視界から外れてるみたいだから静かに……」

 なんて考えながら、使えるものは無いかとあたりを見回そうとした瞬間、また地面がたわんだ。

『衝撃に備えろーッ!』

 フレスベルクが歩き出したのかと思ったが、そうではなかった、震源は下方にあり、ナイトメアからの通信を伴っている。続けて断続的に、おそらく巨大な物体が地下施設の階層構造をぶち破って上昇してくる事に起因する音と振動に襲われ、まもなく地表に到達、地面が盛り上がる。

「どはっ!?」

 轟音と共に現れたのは真っ黒な、フレスベルクとは別の巨人である。曲線が目立つそちらとは違いほとんどの部位が直線の組み合わせで、見るからに装甲が薄く痩せっぽち、頭部には大量の小型カメラによる複眼が並ぶ。装備は右前腕直付けのガトリングガン、それと両肩にそれぞれ細長い菱形形状の追加ブースター、計2基を背負っており、上下から顔を覗かせたノズルから火を噴き、機体本体に繋がるアームがブースターごと向きを変える事で制御している。また左側のブースターには右側には無いパーツが備わっていて、ぱっと見、日本刀の鞘に見えた。

『よぉーーしぃ! どうなるかと思ったがむしろ好都合だ! 落ちたヘリのパイロットとやらを連れてこい! コクピットに叩き込んで操縦させる!』

「ナイトメア!? それに乗ってんの!?」

『ああ"乗って"るさ! 一切のAI制御を認めないクソOSに舌打ちしながら操縦桿握ってスロットルペダル踏み潰してる!』

 上がってきた勢いでジャンプし、すぐ着地、速度を保ってフレスベルクへ体当たりする。ヘリコプター最後の一斉射撃に少なからず怯んでいた相手は押し飛ばされ一時工場敷地外へ、しかしナイトメア機の動きは非常に悪く、殴られてすぐ戻ってきた。

「もっと踏ん張んなさいよザコ!」

『おい撤回しろ! こちとらスティック2本とペダル2個でこの機体動かしてんだぞ! 3キロ先のシカ撃ってからもう一度言え!』

 無茶言うな、思いながらヒナはフェイが降りていった方向へと駆けていく。ナイトメアの言い分から察するにあの黒い機体にはコクピットがありインターフェイスが人間専用なのだろう、なんで?とは思うのだが一番そう思ってるのは彼女に違いないので口には出さず、とにかくマトモに操縦できそうな人物を。

「フェイ? フェイさん? あの、無事でいらっしゃられますか?」

『いたい……』

「いつものフェイだ」

 不用意に発言して超キレられた総隊長を見てきた手前、シオンは恐る恐る安否確認してみたが、ヘッドギアに届いたのは聞き慣れたクリアボイスである、サブパイロットの大騒ぎをBGMに伴っている。ナイトメアがボコられるのを尻目に着地地点まで走っていってみれば、フェイは建物の壁にもたれかかり慣れない手つきでハンドガンのスライドを引っ張っていて、その上方ではメカニックコンビの片割れが何かの突起にパラシュートを引っ掛けてしまったため着地できずにいた。高さ3m、絶妙に低い。
 シオンがフェイに駆け寄る間、ヒナは振り返って後方を警戒しておく。2機の巨人は離れて戻ってスタート地点近く、こちらが離れたので500mほどの距離がある。ナイトメアの黒い方は体当たりを繰り返すのみながらブースター出力で優っているらしく、首根っこを掴まれつつその場を維持したまま、120mm砲の内側に入り込んで発砲を許していない。ただしそれだけである、勝てるとはとても言えない。

「降ろして……」

「フェイ、怪我は?」

「右足首捻挫したかも」

「本当に捻挫ですか?」

「わからない」

「メル子、何か添え木になるものを」

「そこの鉄筋でいい?」

「降ろして……」

「じゃあフェイ、墜落したばっかで悪いんですが次はアレに乗って貰います」

「えぇ……」

「レア、中隊本部に連絡を」

「もうやってる」

「ヒナ先生、運べますか?」

「はいよ」

「待って動かし方知らな…マニュアルは?」

「降ろしてぇぇぇぇ……!」

 なんて、シオンから大型ナイフを受け取ったメルがそこらに積まれていた鉄筋を適切サイズにカット、フェイの足にテープで固定する。レアは中隊本部へ保護成功を通達、余った鉄筋にフェルトが槍をくくり付ける中、ヒナは彼女の背中と膝下に手を回してひょいと持ち上げた。

「私もお姫様抱っこされたい……てかお姫様抱っこしたいぃぃ……!」

「動かなーいで」

「うほぉっ! フェルト氏もうちょい安全な助け方をですな!」

 柄の長さが4mくらいになった槍を使って宙ぶらりんクーを救出するフェルトを一瞥、目を戻せばナイトメアがフレスベルクから離れるところだ。ガトリングガンから弾丸をぶちまけて相手を退がらせ、自分も後退、適度に発砲を切り上げて機体の正面をこちらへ。

「歩くくらいはできるのに……」

「急いでるからちょっと我慢して」

 というかいかにヒナとて軽々とできるものではない、ヒナがハイパワーなのは手足だけ、お姫様抱っこにおいて最も重要なのは腰である。いきなり自重が倍近くなるのだ、どれだけ体重に自信があっても「全然重くないよ!」というのは基本嘘だと思って頂きたい。とにかく足元、胸部のほぼ真下まで彼女を連れていく。

『上がってこい!』

「誰?」

「知らない方がいいかも」

 プシュン、と空気の漏れる音と共に胸部装甲を開放、コクピットを露出させ、足掛けのあるワイヤーを垂らしてきた。そこまで走っていってフェイに掴ませ、高速で引き上げられていくのを見届ければヒナの仕事は完了した。

 が、息をつく前にフレスベルクの120mm砲がこっちを向いているのを見つけてしまい。

「まず……」

「離れろ!」

 ピクリとも反応できない速度でそれは火を放ち、
 事あるごとにたわんでいた地面が崩壊する。
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