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28 大人しい人は怒ると怖いとか

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「これからロベリア嬢の元へ行くが…覚悟をしておいた方がいい。」

「えっと……それはどういう意味ですの…?」

「勤勉な生徒会メンバーにあれだけ言われる人間だ、とだけ言っておこう」

私が薄々感じていたことが現実なのなら、かなり関わり合いにはなりたくないなと思ってしまうがここはぐっと我慢だ。
どこかの教室へと向かっているのか、依然として迷いなく進む足取りに置いてかれぬようについて行く。
向かっている先は────図書室、だろうか。
どこからか女の猫撫で声というのが表現としては似合いそうな声が、何を言っているのかは分からないが漏れて聞こえてくる。

「図書室……ですか?」

「彼女が足げく通っているらしいと報告があった」

報告、とは誰からなのかは少し恐ろしく思うところだけれどあえて私は何も突っ込まないでおこうと密かに思った。
確か図書室を管理する司書さんの他に形式上の図書委員があり、その顧問がエレン先生だった記憶がある。
これはもしかしなくとも……

「それってもしや……エレン先生……」

「どうだろうな」

まだなんとも言えませんがご愁傷さまですエレン先生……。
アルベリックさんはなんの躊躇いもなく図書室の扉を開いた。

「……!」

「アルベリック様ぁ…!」

突然開いた扉の音にエレン先生は瞠目してこちらを見ているが、その横の女生徒はアルベリックさんを見受けると途端にアルベリックさんに媚びるような声を出した。
外にいる時も中々な声だったけれど、実際に聞くと吐き気さえ催しそうな嫌悪感あるものだった。
この場にいる全員が顔を顰めてる事にこれ本人気が付いてないのかしら……?
……ごめんなさいアルベリックさん、私覚悟が足りてなかったみたいだわ…。

「……イリス様、アルベリック様…どうされました……?」

助け舟が来たとしても私達を巻き込まないように気丈に振る舞うエレン先生には感服である。
でもこれは助けを求めてもいいと思いますよ……。

「生徒会の仕事がてんてこ舞いなのでロベリア嬢を回収しに」

そう言えば図書室に入っても尚、学園仕様のオドオドした態度に戻っていないアルベリックさんに私は驚いた。
一体どうしたというのだろう、最早態度大きかろうと取るに足らない存在だとでも言いたいのか…。
令嬢相手なのに回収しにとか言ってしまっているし……物みたいだわ……

「あ…ああ……そうなんですか……」

「ええ~でもぉ、私が行ったって邪険にされちゃって仕事振ってくれないんですよぉ~酷くないですかぁ?」

「今は小さな子供でも理解出来る内容の仕事でさえ回らない。まさか、生徒会に入っておきながらそれさえ出来ないと言うのか?」

初めて会ってからというもの、彼がここまでブリザードを吹かす相手は初めてかもしれない。
基本的には相手の事を尊重するような(?)態度のアルベリックさんがここまで圧力的な言葉を発する時が来ようとは。

「……っ!!で…でもぉ、私いま図書委員のお手伝いを……」

「こちらは司書さんもいらっしゃいますから構いませんよ」

「本来の仕事を放っておいて何を言っている。そういう事は仕事を済ませてから言うんだな」

「っ……も、申し訳ありませんでした……!すぐに参ります!!」

今にも怯えて泣き出しそうな表情のロベリア嬢ははしたないのも気にせず走り去って行った。
確かにあんな射抜くような目で見られて凄まれてしまえば萎縮するよね……。
しかも初めからアルベリックさんがあの態度だった為にリナリアに関係あるのかどうかも分からなかった。

「なんだか……ありがとうございます。最近彼女には手を焼いていたところでしたから……」

「……大した事ではありません…彼女の問題行動は生徒会も困っていましたので…」

ロベリア嬢がいなくなった途端に学園仕様に戻るアルベリックさんにほんの少しおかしくてクスリと笑った。

「最近図書室だと言うのに彼女を含む数人の生徒が何かの算段を立てているのか騒いでいたのが発端だったんですが…どうしてこうなったのやら……」

疲れたようにため息をつくエレン先生は本当にご愁傷さまである。
しかしこの発言に気になる点が幾つかあることに気付くとそんな労いの気持ちも吹き飛ぶ。

「エレン先生!その数人の生徒は誰だったか覚えていらして!?」

「え!?ええと……ロベリア嬢の印象が強かったので誰かは……どうかされたのですか?」

「……そうですの…いいえ、お気になさらないで」

何かリナリアいじめのヒントを手に入れられるかと思ったけれど見事外れてしまった。
今の所はロベリア嬢がそれに加担していたということしか分からなかったけれどそれでも十分な収穫かしら。
彼女を調べていくうちになにか掴める事だろう。

「用が済みましたので私達はこれで失礼しますねぇ……お騒がせして申し訳ありませんでした…」

「っ…失礼しますわ、エレン先生。」

考え始めた私を見たアルベリックさんはそそくさと私を連れて図書室を出た。
咄嗟に挨拶をして連れられていくと、生徒会室には戻らないのか別の廊下を歩いていた。

「……俺が先走ったせいで得られた情報は少なかったな…すまない」

「いえ!むしろ何だかスカッとしましたわ」

確かにあまり大した情報は得られなかったけれどあれは見ていて性格が悪いがスカッとした。
それに、ヒントが何も無い状態からは脱した訳だし何も得られなかった訳では無い。

「そうか……俺はこれから生徒会室へ戻るが君は寮に戻るといい。死屍累々の生徒会メンバーを見ても何も面白くはないからな」

「分かりましたわ、色々とありがとうございましたアルベリック様」

私も手伝えることはないかと声をかけようとしていたけれど、先回りして断られてしまった手前、言い出せなくなってしまった。
大人しくその言葉に礼を述べると、ふわりと頭を下げて寮への道へ進み始めた。


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