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30 早まるなんて聞いてません

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予定通り始まった劇の練習に私は最初こそ真面目に取り組んでいたのだが、休憩を挟んでからというもの、リナリアの姿が見当たらない。
流石に主役が居なければ練習もままならないので、役を持つ多くの人間はこの異常事態に気付いていた。
私はこの状況にいっそ気を失いたくなった。
何がどうしてリナリアは居ないのか、それを考えて行き着く先はどうやっても閉じ込められているのではないかとそれしか考えられない。
きっと体調が悪くて動けないんだろうとかそんな思考になれないのは何故なのだろう。

「さっきから主役のリナリア嬢が居ないけどどうしたのかな?」

「主役がいなければ練習どころではないだろう、一体何をしているんだ?」

「何かあったんですかね……練習を途中で放り投げるような奴ではないんですが…」

「私、探して参りますわ」

ハイド、ディモル、ムーランが口々に疑問を口にするものだから、私は妙な不安からか居てもたってもいられず、くるりと踵を返して扉に向かおうとすると私の手首を掴み誰かが私を引き止めた。

「待って、僕も行くよ」

「ハイド様……?」

デジャヴな引き止められ方ではあったものの、妙に焦燥の滲むハイドに止められて私は困惑せざるを得なかった。
行くなとは言わないけれどついて行くと言い出したハイドにウィリアム王子も横から現れて頷いた。

「ネシイ ヤハガウ ホスガサ デナンミ」

「お二人が行くなら俺も行きますよ!」

「この流れで行かないのも退屈だしな」

何故か増えていく攻略対象により結成された捜索隊にはいつの間にかエレン先生まで混ざっていた。
なんでも「仮にも授業を潰した準備時間の事なので」とか言っていたと思う。
正直目立つのでそんなにぞろぞろ連れ歩きたくなかったのだけど…。

「……案外、見つかりませんわね…」

「一体どこに行ってしまったんだか…」

「まさか帰ったなんてこともないでしょうから校舎内には居るでしょう」

「……なんだか嫌な予感がする」

そう呟いたハイドにはある意味共感するわ……これは本当に閉じ込め事案確定なのではなかろうか。
もしかしてと思い、学園祭での閉じ込めイベントの閉じ込められる予定の教室へ向かうことを提案してみると、何でそこなんだと疑問に思っていそうな表情をする攻略対象達だったが、ハイドとウィリアム王子だけは神妙な顔で了承してくれた。
この前からなんだかこの二人は息が合っているというか、仲が良くないかしら…?


提案した教室へと近付くとリナリアの声と思しき女生徒の声が聞こえてくる。
その声は困った声色をしているので私は思わず顔を顰めてしまう。

ああ、やっぱりなのね……。

「なにか声が聞こえるな」

「これ……リナリアの声ですよ!」

「閉じ込められていたのですか…!?」

「こんな悪質な事、一体誰が……」

攻略対象達はリナリアが閉じ込められていることに驚きや疑問を口々に言うが今は彼女の救出でしょうに。
私はあくまで何も言わずに教室の扉へと手を掛けたが勿論の事ながら開かない。
鍵が掛かっているのか、扉に細工をしているのかはなんとも言えないのでここは教師のエレン先生に何とかしてもらう他ないだろう。

「エレン先生、扉が開きませんの。この教室の鍵をお持ちではないかしら?」

まあ閉じ込められてるんだから鍵くらい掛かっているだろうし余程悪質なものでない限り鍵は元に戻されていて、鍵さえあれば開けることは可能だろう。
まさか鍵を犯人が隠し持ってるなんて事は流石にない、扉を壊さなくてもいい様な程度のはず……。

「この教室の鍵は普段使わないので職員室ですね……取ってきます」

「お願いしますわ」

「リナリア!大丈夫!?」

「その声は……ディムなの?……よかった…閉じ込められてしまったみたいで……」

私がエレン先生に鍵をお願いしている間にディモルはリナリアに無事を確認してくれていた。
幼馴染の声を聞いて安心したのか、リナリアの声はほっとした声だった。
さすがに今回は人為的なためか、リナリアは言い訳もせず閉じ込められたと言った。
まあ確かに誰かに見つけられなければ朝まで見つからなかったかもしれないのだし、いくらリナリアが優しいからって閉じ込めてきた奴をかばってやる必要は無いと思う。
しかしどうしてこの段階でリナリアは閉じ込められたのだろう、この時点ではいつもの嫌がらせなんかが横行している的な事が書かれていたような気がするのに。
私は未だにリナリアいじめの犯人を特定出来ていないのでその意図も、それに及ぶ頃合が把握出来ないのだ。
複数犯か、単独犯かも分からない私は流石に自分で犯人を特定することを諦め始めていたのだけどこんな事をどうやって他の人に説明するというのだろう。
確固たる事実がない以上は学校の人間に協力を頼んでも、逆に私が利用されてしまうかもしれないと思うと迂闊には頼ることも出来なかった。

「……それで、イリス嬢はどうしてこの場所が分かったの?」

神妙な表情は崩すことなく話しかけてきたハイドに私は動揺する事となる。

これってもしかして…

私が疑われていたりします!?


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