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42 垣間見たもの

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どうして。


嗚呼、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


私が彼をここまで歪めてしまったというの?


これでは救いがない、誰も報われない。


血で染まる義弟、壊れた義父、贈られた生首。


駆け巡る記憶は全て赤に塗り潰される。


あの頃は確かに幸せだったはずなのに───。


最期に見た義弟の顔は涙に濡れて許しを乞うのに彼はそれでもその行為をやめなかった。


どんな死に様だったのか、きっとそれはこの光景が語るのだろう。


下から眺めるの表情はなぜだか酷く矛盾していた。


幸の多くない人生だったようにも思える、だけどどうしてかそれを恨めない。


曖昧ではっきりとしないその幻のような映像に、けれど内臓まで引きずり出されそうなほど吐き気を感じた。


ぐるぐる、ぐちゃぐちゃ、ぐわんぐわん


そこに平衡感覚なんてなかった。


突然それは治まると辺りは真っ白な世界に変わる。


白い天井、白い壁、白いカーテン。


並ぶベッドは病院のそれ。


隣にはふわりと綻ぶ笑顔の青年。


優しい空間だった。


だけど彼の笑顔はとても悲しそうな笑顔だった。


『きっと、今度は貴女を……そんなことを望むのは…あまりに贅沢なんでしょうか……』


次第に伏せられる淡い色の瞳、悲しげに歪む表情。


ああ……そんな顔なんてさせたくなかったのに。


『僕の命がまた……報われないのは構わない…だからもう一度、もう一度だけ……本当に彼女を救える力を……』


──望むことはいけないことなんでしょうか……。


消えるような声、落ちる花弁。


まるでそれは花が散るように静謐な空間に溶けて行った。


『どこに居たって逃がさない。お前はどう足掻いたって未来永劫私の物だ……愚息が心中を謀るだなんて思わなかったが……魂は巡るものだ、また探せばいい』


嗤う声はどこまでも私の耳に付いた。












「っ!?……ゆめ……?」

「お嬢様……!大丈夫ですか…?酷くうなされていたようですが……」

心配そうな表情のナズナが視界に入ると、ぼんやりとしていた頭はようやく現実に戻ってきた。
壮大な何かを見ていたような気がした。
映画を一本見終えたかのような現実味のない感覚、あれは一体なんだったのか。
夢の中の私はまるで首を絞められているかのような視点の時に泣いていた青年を義弟と認識していた、だとするのならあれはもしかして────。

「お嬢様……?やはりお身体が優れませんか……?」

「ううん、大丈夫よ。少し変な夢を見ただけだから」

変な夢、そう喩えられたらどんなにいいだろう。
これは紛れもなく前世の私に関係した記憶なのだろう。
未だに詳細には思い出せていない私の前世かこの記憶。
これは……私ろくな死に方してないのかもしれないわね……。

「そう、変な夢を……」



───ああ、心臓が五月蝿くて仕方がない。

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