夢店屋

内海 裕心

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夢店屋 case5

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 将来の夢が叶う確率は、六人に一人というデータがある。確率で表すと16.6%であり、数字だけ見ると多いように感じる。だが、それがその人の本当の夢なのかどうかは分からないのだ。小学校の頃に本当になりたいと思った夢も、現実味がなければ、中学高校と、現実的な夢へと変わる。それは本当に夢と呼べるのだろうか。たとえその夢を叶えた後も、人間の夢は終わらない。しかし、大人になるに連れて、人間の夢は、より現実的になり、小さくなっていく。  僕ら二人のような人間はその、一般的な人間の傾向には当てはまらなかったようだ。  僕らは小学生の夢をいつまでも見続けているのだ。僕はもう諦めてしまったが、彼女はまだ、夢への希望を捨ててはいなかった。  「夢を見てもらう前に、一つだけ注意事項があります」 「注意事項?」 「ええ、夢を見せる代わりに、お代としてあなたのいちばん大切なものを頂きます」 「ふぅん。別にそんなことどうだっていい」 「そうですか」   彼女はいてもたってもいられないような、とにかく早く夢が見たいという様子だった。  「では、本題に入りましょう。今からいくつかの質問をします。これは夢を見るにあたって重要な質問なので、真剣に正直に答えてください」 「はい」 「あなたは、なぜ夢店屋を利用しようと思ったんですか?」 「復讐を果たした結果が見たいからです」 「復讐?」 「はい」 「復讐っていうのは、何の、誰へ対する?」 「私の、家族を奪ったものへ対してのその復讐です」 「あなたは、それ以来ずっと復讐を夢見てきたと?」 「はい」 「分かりました。では、今から始めたいと思います」   僕はそう言って、ドリームマシンの準備をした。   彼女はヘッドセットを頭に着けて、ベットに寝転んだ。   彼女は、ゆっくりと目を閉じて、眠りにつくのだった。   復讐。   ある日、目覚めた朝、私は何故かこのひとつの単語が思い浮かんだ。   私の生活からは無縁の言葉だった。これまでに人を恨んだことも、恨まれたこともおそらく無い。   平々凡々と平和に暮らしてきて14歳になった。   テストが近いから、復習という単語と間違えたのかもしれないと思ったけれど、ハッキリと復讐の文字は私の脳内に刻まれていた。   そんなことは気にせず、私はいつもの日常を過ごした。   はずだった。   その日は、普通に学校に通い、家に帰ってきた。   自宅のドアを開ける、いつもは、帰宅のドアを開け閉めする音に気づき、家族がおかえりと挨拶する。   それが今日は無い。   出かける時は、いつも何かしら母は言うものだ。   私は不安になってリビングの扉を急いであげた。   電気は付いてなくて暗い。誰もいないリビング。私は嫌な予感がして、指に汗を滲ませながら、照明のスイッチに触れた。   電気をつけた瞬間、私は驚愕した。   最初は、脳の処理が追いつかず、そこに何があるか分からなかった。   家族団欒のリビングにそれがあることが違和感しかなく、異様な雰囲気を演出していた。   リビングの真ん中に、縄が吊るされ、その近くには椅子がひとつある。縄には首がかかっており、その人体の手と足はぶらんと垂れ下がっていた。  私が、母が首を吊って死んでいることを理解した時には、私はその場で崩れ落ちて、意識を失っていた。   私は目を覚ました後、警察に通報した。   母を自殺に追いやった何かが私には分からなかった。     母は、私には一切悩みなどは見せなかった。私の前ではいつも明るく振舞っていたが、それは嘘だったのだろうか。   私は、その真相を確かめるために、今日一日の流れを思い出すことにした。   母は、朝、私が出かける前に、いつものように朝食を作ってくれて、そのまま私を送り出した。   それは何の変哲もない、朝の日常の光景だっただろう。母は私の前では何一つとしておかしな様子を見せなかった。母は私よりも早く起きるから、その前に何かがあったのかもしれないが、それは確かめようがない。少なくとも私の前では、いつもの母だった。   私が学校に行ってる間は、母はどう過ごすのだろうかと考えを巡らせてみた。   掃除、洗濯、夕ご飯の準備。一般的な家事をこなして、暇な時間はドラマを見て過ごす。   これが私の知る限りの母のルーティーンだ。   母の推定死亡時刻は、午後3時ごろ。母は2時頃に、お昼ご飯を食べ終わり、いつもドラマを見ていると私は知っていた。   現場検証が終わった我が家でビデオをつけてみる。母はいつもリアルタイムでドラマを見るのではなく、録画をして暇な時間にまとめてみるタイプだった。   月曜9時からのドラマが録画されていて、事件当日の今日は火曜日であり、その録画ビデオにはnewの文字がなかった。   つまり、母は、今日もいつもの様に午後2時頃、自殺する直前にドラマを見ていたということになる。   ここで出てくる当然の疑問は、今日自殺をする人間が、ドラマを見るだろうかというものだった。しかも死ぬ直前に。   不可解なことはこれだけではなかった。母はどうも、午前中に買い物に出かけていたようなのだ。   警察の調べにより、母の財布からレシートが見つかった。    そのレシートの内容には、生活必需品のティッシュペーパーやトイレットペーパー、カップラーメンなどの食品が記載されており、なんら主婦の買い物に変わりはなかった。   自殺を図る前にこのような買い物をするのだろうか?   私の中の疑念は膨れ上がっていき、私は母は自殺ではなく、他殺ではあるという方向へと向かっていった。   この不可解な点は警察も疑問であり、自殺と他殺の両面で捜査されることとなった。   私には学校へ通っていたというアリバイがあり疑われる余地もなかった。   真っ先に疑われたのは、父だった。   父は単身赴任で、大阪で一人で暮らしていた。私たちのために必死に働いてくれているのだと思っていた。   だが、警察の調べで、父は既に企業にリストラされていたらしい。そして職を探して転々としていたということが警察の調べでわかった。娘の私にはそれは知らされておらず、母と父との間だけの秘密だったらしい。おそらく、私を心配させないためだろう。   事件当日、母は父と何度も電話をしていたことが母の携帯電話の履歴からわかっていた。   そして父は多額の借金を抱えているという事実も判明した。リストラを受けた後、悪徳商法をしている悪徳業者に引っかかり、借金を抱えた。簡単に言えば、うまい話に騙されたのだ。また母に保険金がかかっていることもわかった。父がその借金返済に当てるために、母を保険金殺人として殺害したのでないかという仮説が出ていたが、私は違うと思った。父は少なくともそんな事をする人では無いと思った。   結局、私の想像通りに、実際、父はその日は大阪にいたというアリバイが証明された。   では、誰が母を殺したのだろうか。   私はそれを直感で、導き出した。それは誰でも、自然に導き出せる答えだったかもしれない。   おそらく犯人は、父が多額の借金を抱える原因を作った相手である。   父は騙されたのだ。リストラされ、職を転々とする中で、色々な繋がりが増えた。そこで出会った悪人に、まんまと上手い話をされ釣られた。   それを相談しなかった父にも罪はある。   だがあくまで父は被害者だった。   私は、黒幕を暴くため警察と協力することになった。   もちろん父もだ。   父が犯人発見の一番のキーマンであり、父の情報が鍵を握っていた。   父の携帯には、犯人候補と思われる人物の履歴が3人ほど残っていた。   1人目は、父が職探しをしている時にたまたま出会い、仲良くなり、職探しを共にした男。父をうまい話でたらし込んで、多額の借金をしてしまうきっかけを作った張本人。名前は野田と言うらしい 2人目は、借金元の悪徳業者野取締役。名前は、上野というらしい。 3人目は、その取引の仲介人だった。桜井という名前の男だ。   警察の捜査が進む中、その3人の中で、東京へと来た男が1人居た。  それは1人目の野田という男だった。   男は、うまい話で父を騙し、一緒に騙されるフリをして契約にこぎつけた言わば仕掛け人だ。   さらに分かったことがある。 そいつは、父とおなじ会社で働いていていたのだ。   父とそいつの関係性は父が上司、男が部下であり、そこでの因縁が事件を起こしたのではないかという仮説が出てきていた。   警察の調べでわかった通り、もうこの男が母を殺した犯人だということは明白だった。   あとは、警察に任せて、奴が処罰を受けるのを待つのみだった。   私は一刻も早く、こいつに報いが起きて欲しいと思っていた。   しかし、私が思い描くような結果には至らなかった。奴は証拠不十分として、裁判で無罪判決を受けたのだ。   証人として私も壇上に立ち、演説したがそれは無意味だった。   警察や司法を頼った私が馬鹿だった。   彼らは私の想いなんてどうでもいいのである。彼らにとってはこれもよくある1つの些細な事件に過ぎないのだろう。事件がどんな結果に至ろうとも一件略着が着けばいいのである。  私は、警察や司法にもう頼らないと誓った別に、私のために行動してくれないのならば、一人で行動するのみである。   そこで私は、初めて気づいた。   私の心の中に、無念や寂しさ、悲しみだけでなく、犯人達に復讐心が芽生えていることを。   その私の復讐心が、一人で誰の力も借りず、行動することを駆り立てた。   私は、無罪になった野田への殺人計画を考え始めた。   私は、野田を殺害する方法を一日中練り続けた。その結果、たどり着いた答えは毒殺だった。   私は女性であり、力もないことからそれが一番の方法であると考えた。   しかし毒をどのように手に入れ、そしてどう奴に接近するかが問題だ。   毒は、薬品よりも生物毒を選ぶことにした。薬品は手に入れることは難しいが、生物毒ならトリカブトなどが入手できるだろう。  どのように接近するかについては、警察とのコネがある。接近できるチャンスは必ず訪れるであろう。特に裁判の再審を求めることが出来ればそこで必ず奴と出会える。   私はその機会を待ち、ついに訪れた。   それは警察を介してではなく、野田個人からの機会だった。父を食事に誘ったのだ。   野田には、容疑者でありながら、無罪を勝ち取ると、父と会おうとする薄情さがあり、とんでもない奴だと思った。   私はその食事会について行くつもりだ。   奴とは容疑者が拘留されている場所で、面談して以来だった。   奴が食事をとる時、こっそりと水をすり替えて私はトリカブト毒入りの水にした。   奴はそれに気づかず、水を一気に飲み干した。   その水が口から喉へそして胃へと流し込まれていく様に、私は釘付けだった。   奴は首を傾げ、苦いと言って数秒間止まった。   様子がおかしくなり、毒が回ったのか、喉元を押え苦しみ始めた。   最終的には、泡を吹いて倒れた。   周りにいた誰もが、野田に駆け寄り心配していた。   私を含めて。でも、その心配の様子の裏で、私は、ほくそ笑んでいた。    私は復讐を果たしたのだ。   奴が苦しみ、もがきながら死んでいく様は、滑稽で、憐れで、無様で痛快だった。   私は何度も奴の死に様を思い出しては、快感を覚えた。   私にもやれば、出来るのだと思った。   だが数日経つとその快感を薄れていった。   味のしなくなったガムのように、一度もう快感を感じれないと思ってしまうとすっきりと晴れ晴れとした心は一瞬にして消えうせ、、曇り始める。   私は、やつを殺した犯人だと疑われている。だから曇っているのか。そういう訳では無い。   ただ気分が晴れなかった。達成感に満たされていたが、それも終わり、私の心には、何も残らなかった。   私は、まだ復讐が全て終わったいないからそういう気持ちになるのだと思った。   野田だけじゃない。私の家族を追い詰めた人間はあの組織の人間達もだ。同類なのである。   そいつらが報いを受けなければ、私の復讐心はまだ満たされないと思った。   私は、組織の内部へと潜入した。ただの清掃員として。   この世にナイフを持った清掃員は私しか居ないだろう。   容疑者として、上がっていた組織の人間の2人。名前は確か、上野と桜井。  櫻井は、契約者で、上野は、その最高幹部。   私は先ず、桜井を探すことにした。顔はしっかりと覚えていた。   警察との捜査で、二人の写真付きの資料を見ていたからだ。おそらく、悪徳業者の企業として、警察も目を付けていたのだろう。   私が清掃員としてその組織のビルで働き始めてから1週間程がたった時、ようやくチャンスは訪れた。   しかもまとめてだ。   あの契約者、桜井と組織の幹部である上野の二人が談笑しながら歩いていて、オフィス内のトイレへと入っていったのだ。   私は、咄嗟にナイフを取りだし、男子トイレへ入っていたふたりの後をつけ、  後ろから一人の男の心臓にナイフを突き刺した。おそらく桜井だろう。   桜井はうがああと大きな声を上げてその場に倒れた。奴は、もう動かなくなっていた。   もう一人の男は気が動転し、私に許しを乞うていたが、関係ない。   私は、奴らを殺した。   三人を殺した罪に問われた私の刑は、懲役二十年だった。強い恨みと悲しみから刑は軽くなったものの、私にはそんなことどうでもよかった。    それよりも、心に何も残らなかったということだ。それが何よりも残念だった。全ての復讐を果たせば、私の復讐心を満たし、大きな幸福に変わると思った。無念の母の想いを晴らし、全てをやり遂げた私を誇れる自尊心が身につくと思った。でも、結局残ったのは、何もかも失った虚しみと悲しみだけだったのだ。   それを感じたことが、この人生において、一番の不幸だった。   その不幸を感じながら、私はじわじわと弱っていき、獄中で死亡した。  「おはようございます」  「うぅ、、ここは?」  「ここは夢店屋の店内ですよ」  「店内か、、、そうか、私、夢を」  「えぇ。現実と思ってしまうほどリアリティのある夢ですから」  「私の大事なものを奪うの言っていましたよね」  「はい」  「それはなんなのですか?」  「ずばり言うと、あなたのいちばん大切なものは、復讐心でした」  「やはり」  「心当たりがあったんですね」  「まぁ、あの事件から私はずっとそれに駆られてましたから」  「心の中で少しホッとしてるんじゃないですか?」  「そうですね。よく分かりませんが、今はとっても穏やかな気分なんです」  「でも、復讐心が消えた私にはもう生きる活力源も何も無い」  「なるほど」  「せめてあの夢みたいに、復讐を果たしてそして全て取り返しがつかなくなっても、罪を償うというやることがあった方が良かったのかもしれない」  「それは極論だと思いますよ」  「そうでしょうか」  「あなたが刑務所に入って懲役を受けること以外にもあなたの使命はまだあります」  「ほんとですか?」  「はい。それを見つけてないだけなんですよ」  「復讐心に駆られて、願望をそれだけにしてしまったから、それ以外の夢を見つけられなかった。でもこれから見つけていけばいい」  「あなたは、私と働いて、色々な人に夢をさせましょう。そしてあなたの夢を見つけていきましょう」  「、、、、あなたって不思議で冷たい方だと思っていました」  「ミステリアスでクールな印象ってことですね、悪くないです」   彼はそう言って自慢げな態度を取った。  最初の仕事モード?の様子とは打って変わっておちゃらけた態度だった。  「ふふ、意外と優しい人なんですね」  「さあどうでしょう。僕は他人の夢にしか興味ありませんから。夢の後押しのためならどんな人にも手を差し伸べます。そういう人間なんです」  「へぇ、おかしな人ね」   私はそう言って、くすりと笑った。   夢。それは、人間であれば誰もが抱くもの。   夢。それは、人間であれば誰もが見るもの。   その夢は、どんな夢であっても、とても儚く、そして美しいものである。   その夢が叶わないものであったとしても、ここでは、夢を通して体験出来る。   今日も私は、夢を通して、誰かの夢を彼と見る。   そうして、いずれ、私の夢が見つかるようにと夢見て。
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