あの子に会いたい

いそ

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あの子に会いたい

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 中野伸一は今年三十になる、しがないサラリーマン。恋人はいなくて趣味も特にない、友達もそんなに多くない、他人から見るとつまらない生活を送っているように見えるだろう。中野自身も今の生活に楽しさは感じていなかった。ただ日々の仕事をこなし、休日は寝ているだけだ。                
 そんな日常の中、中野はテレビのニュースを見ていた。しっかりと見ていた、というわけではなく、テレビをつけて、ぼんやりとながめていたのだ。大谷のホームラン、選挙の結果ときて次は国際ニュースが始まった。何でも南アジアのある国で内戦が始まって、難民が多数発生して隣国に難民キャンプが設置されているそうだ。中野は(ふーん。)と関心もなさげに見ていたが、難民キャンプの様子が映った途端、雷に打たれたかのように衝撃を受けた。その難民の中の女の子に一目惚れしたのだ。(かわいい。かわいい。めっちゃタイプ。)これまでの人生で女性に一目惚れしたことなどなかった。テレビはすぐに画面が切り替わって、別のニュースをやっていた。中野はその女性のことが忘れられなかった。普段は積極的に行動することなどないのだが、テレビ局に電話を掛けた。
「さっきやってた難民キャンプのニュースについて質問があるんですが。」
と伝えると、奇跡的に番組のディレクターに電話を繋いでもらえた。ディレクターは人道的な見地から中野が興味を持ってくれてる、と勘違いしていた。中野もその事をうすうす感づいていたが、ディレクターと話を合わせた。ディレクターの話によると内戦しているのはAという国で、隣りのB国に難民キャンプが設置されているのだそうだ。そして内戦はますます激化して難民の数もまだまだ増えそう、とのことだった。ディレクターはあまりこのような問題に興味を持ってくれる人がいない中、わざわざ電話を掛けてまで質問してくれる中野に「興味を持ってくれて嬉しい」と伝えてくれた。中野は若干の後ろめたさを感じながらも、ディレクターの、VTRを送ってくれる、という提案に小躍りしていた。                               VTRが届くまでの中野は恋する乙女状態だった。ぼんやりしたり、やる気を出したりの繰り返しだった。同僚も何か変だ、と気付いて        「どうしたの?中野くん。何かいいことあった?」
と聞いてきたが中野は
「いや…。」とうやむやな返事をした。
 三日ほど経ってとうとうVTRが届いた。中野はオタクでもないのに「開封の儀」を行った。そしてパソコンと接続し、VTRを見た。ニュースでやったのはディレクターズカットバージョンだったらしく、このVTRは一時間ほどの長いVTRだった。中野は最初からゆっくりと見ていった。着弾するミサイル、破壊されるアパート、デモ行進などの映像の後、いよいよ難民キャンプの映像が始まった。中野はまばたきもせず映像に夢中だった。するとあの子が出てた。中野は映像を止め、アップにしてみた。(やっぱりかわいい。)中野はいろんな角度からのあの子を印刷した。そして刑事事件を追う捜査官みたいに、部屋にベタベタと貼った。中野は誰に、という訳ではなく「どうだ。」と誇った。中野の思いはただ一つ。この難民の女の子に会いたい、というものだった。そのためには何をすればいいか、と考えていた。(難民キャンプの場所はだいたい分かった。けどすんなりと行けないだろう。紛争地だから外務省の何とか勧告みたいなのにも引っ掛かってるだろうし。となると難民を支援したい、という建前で行くしかないかな。あのディレクターさんに人を繋いでもらって。)そう思って中野はディレクターにお礼の電話をした。向こうも機嫌が良く
「難民問題とか興味あるの?」
と聞いてきた。中野は罪悪感もなく
「はい。」
と答えた。ディレクターは
「A国の難民問題に詳しい椎名さんという方がいるんだけど会ってみる?」            中野は二つ返事で
「はい、お願いします。」
と言った。中野は小さくガッツポーズをして(一歩前進。)と叫んだ。
 何日かして難民問題に詳しい椎名さんから電話が掛かってきて、一度会おう、ということになった。椎名さんは二十年ほど前からA国について研究している学者だった。中野は椎名さんも騙している気がしたが、自分の欲望の前にはどうしようもなかった。会って話してみると、椎名さんは博識な上に行動力もある人だった。年を聞いてみると三十八歳。中野ともそんなに年齢は変わらない。中野は少し自分が情けなくなった。でも椎名さんは中野のことを難民問題に関心のある社会派の青年だ、と思ってくれているようだ。椎名さんは年に何度か難民キャンプに食料や衣類を届けているらしく、今年も三ヶ月後に行く予定らしい。中野は自分が難民問題にめちゃくちゃ興味があることをアピールして椎名さんに連れて行ってもらおうとした。そのアピールは功を奏し、そんなに興味があるのなら、と連れて行ってもらえることになった。それからの三ヶ月は中野にとって一番楽しかった時間かもしれない。寝ても覚めてもあの子のことを考えていた。不思議と仕事にも熱が入り、過去最高の営業成績を記録した。同僚や先輩からは「どうした?何かあったか?」と聞かれたが中野は黙ってニヤニヤするだけだった。(今の俺、充実してる!)
 さていよいよ出発の日。中野は有給がたっぷりあったので仕事を休むことには何の問題もなかった。同僚からは                  「どこか行くの?」
と聞かれたが、お茶を濁した。中野は荷物の中にあの子へのプレゼントを忍ばせた。場違いかな、と思ったが、かわいいぬいぐるみだ。空港に行き、椎名さんやその他のスタッフと合流した。ディレクターさんも見送りに来ていた。簡単な挨拶をして椎名さん率いるボランティアグループは飛行機に乗り込んだ。中野は離陸する飛行機の中で感慨深さに耽っていた。(いよいよ会えるんだ。)初めてテレビで見てから、彼女への思いはますます強くなっていた。
 長時間のフライトの後、ようやくB国の首都の国際空港に着いた。難民キャンプはA国との国境近くなので、ここからまだまだ遠い。国内線に乗り換えて、そこから車で三日ほどかかるのだ。しかし、やっと、とうとう着いた。目の前には何度も映像で見た難民キャンプがある。椎名さんがキャンプの代表と喋っている。中野はキャンプの中を目で追った。すると水を汲んで帰ってくるあの子を発見した。中野の目から自然と涙が溢れた。
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