一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第30話 湖畔の村と謎の水妖精

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ファルコンヒルズを後にしたトウマは、次の街を目指して山道を下っていた。本来なら街道沿いに進めば三日ほどで魔導都市レオンバーグに到着する予定だった。しかし、二日目の昼頃、見慣れない獣道を発見してしまった。

「あれ?こんな道あったっけ?」

地図には載っていない小さな道が、山の向こう側に続いている。普通なら気にも留めないところだが、トウマの好奇心がうずいた。

「まあ、少し見てみるだけなら」

そう呟いて、トウマは獣道に足を向けた。

――――――

獣道は思っていたよりもしっかりとした道で、人の足跡も残っている。歩いて一時間ほどすると、木々の隙間から美しい湖が見えてきた。

「おお、こんなところに湖があったのか」

湖面は鏡のように静かで、周囲の山々を完璧に映し出している。その美しさに思わず見とれてしまう。

湖の畔には小さな村があった。家々は木造で素朴な作りだが、どこかメルヘンチックな雰囲気が漂っている。煙突からは白い煙がのんびりと立ち上り、平和そのものの風景だった。

「人里があるなら、一泊させてもらおうか」

トウマは村に向かって歩き始めた。しかし、村に近づくにつれて違和感を覚えた。妙に静かすぎるのだ。

――――――

村の入り口で、トウマは一人の老人に出会った。腰が曲がった小柄な男性で、心配そうな表情を浮かべている。

「旅の方……もしや冒険者さんですか?」

「ああ、そうだ。一晩泊めてほしいんだが、頼めるか?」

「え、ええ。それはもちろん構いませんが……」

そう答えながらも、老人の表情は変らなかった。

「何か問題があるのか?」

「……問題、そうですね。実は、今この村は困ったことが起きていまして……」

「困ったこと?」

トウマは首をかしげた。村の様子を見る限り、特に異常は感じられない。

「えぇ。湖に住む水妖精が怒ってしまって、村の子供たちが湖に近づけなくなってしまったんです」

「水妖精?」

「はい。この湖には昔から水妖精が住んでいて、村の守り神として大切にしてきました。でも、一週間前から機嫌を損ねてしまって……」

老人の説明によると、村の子供たちが湖に近づくと、水妖精が現れて追い払うようになったらしい。しかも、その時の水妖精は今までとは違って、とても悲しそうな表情をしていたとのことだった。

「子供たちは湖で遊ぶのが日課だったんです。ですが、今は近づくことも許されず、皆元気がありません」

確かに、村を見回すと子供たちの姿が見当たらない。普通なら元気よく走り回っているはずなのに、家の中にこもっているようだった。

「なるほど。それで困ってるってことか」

「ええ。村長も頭を悩ませております。もしよろしければ、お話だけでも聞いていただけませんか?」

トウマは少し考えた。明日にはレオンバーグに向かう予定だったが、時間厳守の依頼があるわけでもない。それに、子供たちが遊べずにいるのは気になった。

「分かった。話を聞かせてもらおう」

――――――

老人に案内されて村長の家を訪れると、五十代の女性が出迎えてくれた。村長のエヌーシャは、優しそうな顔立ちだが、眉間には深い皺が刻まれている。

「旅の方がいらしてくださるとは。ありがとうございます」

「いえいえ。それで、水妖精の件だが」

エヌーシャは深いため息をついた。

「実は、私たちにも心当たりがありまして……」

「心当たり?」

「一週間前、村の者が湖の水を汲みに来たんです。ですが、その時にうっかり持っていた古い薬瓶を湖に落としてしまって」

エヌーシャの説明によると、村人は薬草を漬け込んだ瓶を持参していたが、水を汲む際に誤って湖に落としてしまったという。瓶の中身は害のない薬草エキスだったが、湖の水が少し濁ってしまった。

「それが原因で水妖精が怒ったのかもしれません。もちろん、その者は薬瓶を落としたを謝ったのですが、水妖精は悲しそうな表情を浮かべて水の中に消えてしまったという話でした。それ以降、村の大人たちは余計な怒りを買うかもしれないと考え、湖には近づいていません」

「なるほど」

確かに、湖の守り神である水妖精からすれば、人間が湖を汚したと感じるのは当然かもしれない。

「子供たちはどうしてるんだ?」

「家の中で元気なく過ごしています。あの子たちにとって、湖は遊び場であり、特別な場所だったんです」

エヌーシャの表情がさらに暗くなる。

「特別な場所?」

「はい。この村の子供たちは、幼い頃から水妖精と一緒に遊んで育つんです。水妖精は子供たちに泳ぎを教えてくれたり、湖の魚たちを紹介してくれたり……」

それを聞いて、トウマは胸が痛んだ。子供たちにとって、水妖精は友達のような存在だったようだ。

「その水妖精に嫌われてしまって、子供たちはとても傷ついているんです」

――――――

話を聞いた後、トウマは湖の畔に向かった。夕日が湖面を金色に染めている中、静かに水面を見つめていると、小さな波紋が現れた。

「出てきたな」

水面から顔を出したのは、手のひらほどの大きさの美しい水妖精だった。青い髪と透明な羽を持ち、宝石のような瞳をしている。しかし、その表情は確かに悲しげだった。

「人間……どうしてここに?」

水妖精は警戒するような目でトウマを見つめる。

「俺はトウマだ。村の人から話を聞いた」

「…………」

水妖精は何も答えず、ただじっとトウマを見つめている。

「薬瓶のことだろ?湖が汚れて怒ってるんだな」

水妖精の瞳に涙が浮かんだ。

「違う……」

「え?」

「汚れたことは……悲しいけど、それだけじゃない」

水妖精の声は蚊の鳴くように小さかった。

「じゃあ、何が問題なんだ?」

「子供たち……私のこと、嫌いになっちゃった」

「は?」

トウマは困惑した。村の人の話では、水妖精が子供たちを追い払っているということだったが。

「薬瓶が落ちた時、私、慌てて大きな水しぶきを上げちゃった。それで子供たちがびっくりして……」

「それで?」

「『妖精さんが怒ってる』って言って、みんな逃げちゃった。それから一度も遊びに来てくれない」

水妖精は涙をポロポロと流し始めた。

「私、怒ってなんかいない。ただ、びっくりしただけなのに……」

――――――

真相が分かって、トウマは苦笑いした。これは完全に誤解だった。

「つまり、お前は子供たちを追い払ったんじゃなく、子供たちが勝手に怖がって来なくなったってことか」

「うん……」

水妖精はしゃくりあげながら頷く。

「でも、湖に近づこうとする子供がいると、姿を現すんだろ?」

「だって、謝りたくて……でも、私の顔を見るとみんな逃げちゃう」

なるほど、子供たちは水妖精が現れるたびに「怒って追い払いに来た」と勘違いしていたのだ。

「謝りたいなら、ちゃんと言葉で伝えなきゃダメだろ」

「でも、また怖がられるかもって思ったら、すぐに言葉が出なくて……」

「まぁ、気持ちは分からなくもないけどな」

そう言ってトウマは水妖精の頭を優しく撫でた。

「それなら一緒に村に行こう。きちんと話し合えば、きっと分かってもらえる」

「本当?」

悲しげだった水妖精の瞳に、希望の光が宿った。

「ああ。子供たちも、本当はお前と遊びたがってるはずだ」

――――――

翌朝、トウマは村の広場に子供たちを集めてもらった。七人の子供たちは、皆不安そうな表情をしている。

「みんな、湖の妖精さんに会いたくないか?」

「でも、妖精さん怒ってる……」

一番小さな女の子が不安そうに呟く。

「実は、妖精さんは怒ってないんだ。むしろ、みんなと仲直りしたがってる」

トウマが手招きすると、水妖精が恐る恐る姿を現した。子供たちは身を寄せ合って身構える。

「妖精さん、みんなに言いたいことがあるんだってさ」

水妖精は震え声で話し始めた。

「あの……あの時、私、怒ってなかった……ただ、びっくりしただけ。湖が汚れちゃって、悲しかったけど、みんなのことは大好き」

子供たちの表情が少しずつ和らいでいく。

「みんなが来てくれなくて、とても寂しかった。ごめんね、怖がらせちゃって」

水妖精がポロポロと涙を流すと、一人の男の子が前に出た。

「妖精さん、僕たちもごめんなさい。勝手に怖がって、話も聞かないで逃げちゃって」

「私もごめんなさい!妖精さんはいつも優しかったのに」

子供たちが次々と謝り始める。水妖精も嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、また一緒に遊んでくれる?」

「うん!」

子供たちの元気な返事が村に響いた。

――――――

その日の午後、湖には子供たちの笑い声が戻った。水妖精は嬉しそうに子供たちと一緒に湖で遊んでいる。

「冒険者さん、本当にありがとうございました」

エヌーシャ村長がトウマに深々と頭を下げる。

「いや、大したことじゃない。ただの誤解だったからな」

「でも、もしあなたがいらっしゃらなければ、このまま誤解が続いていたかもしれません」

確かに、あのままでは水妖精の本心を知ることは難しかっただろう。

「お礼と言っては何ですが、今夜は村の料理をご馳走させてください」

「それは嬉しいな」

湖の魚を使った料理と、村で作られた野菜の煮込みは絶品だった。子供たちも一緒に食卓を囲み、水妖精との思い出話で盛り上がる。

「妖精さんがね、湖の底に沈んでる宝物を見せてくれたんだ!」

「僕はお魚さんと話せるようになったよ!」

トウマは子供たちの無邪気な笑顔を見ながら、温かい気持ちになった。

――――――

翌朝、村を出発する前に、トウマは再び湖を訪れた。水妖精が水面に顔を出す。

「トウマ、ありがとう」

「気にするな。元気でやれよ」

「うん。あっ、最後に一つだけお願いがあるの」

「何だ?」

「あの薬瓶、取って貰うことはできる?湖をきれいにしたいの」

「ああ、そうだったな」

トウマは服を脱いで湖に入った。深く潜って湖底を探すと、確かに古い薬瓶が沈んでいる。

「これか」

瓶を回収して水面に上がると、水妖精が嬉しそうに手を叩いた。

「これで湖もきれいになるか?」

「うん!ありがとう!」

その後、村の子供たちに見送られながら、トウマは再び旅路に就いた。振り返ると、湖では水妖精と子供たちが楽しそうに遊んでいる。

「あの瓶の件がなければ、誤解も生まれなかったかもしれないが……」

でも、結果的に水妖精と子供たちの絆はより深まったようだ。時には、ちょっとした出来事がきっかけで、大切なことに気づけることもある。

「まあ、それも含めて旅の面白さか」

トウマはそんなことを考えながら街道に戻り、次の目的地であるレオンバーグに向かった。
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