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雪解けの心、静かな図書室
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教室の窓から見える桜が風に揺れていた。高校二年生の春、新学期が始まって一週間が経とうとしていた。私、水城遥は、クラス替えで知った顔もちらほら見える中、まだどこか居心地の悪さを感じていた。
「水城さん、これ貸してくれない?」
隣の席の加藤美月が消しゴムを求めてきた。彼女とは中学の時にも同じクラスだったが、あまり話したことはない。
「どうぞ」
私は自分の消しゴムを差し出した。美月は満面の笑顔で受け取る。その笑顔が、どこか眩しく感じた。
「ありがとう!水城さんって優しいよね。あ、放課後図書室に行くんでしょ?私も行こうかな」
どうして知ってるの?と聞きたかったが、口には出さなかった。私は確かに毎日放課後に図書室に行くが、それを知っている人間は少ないはずだ。
「まぁ、行くけど…」
「じゃあ一緒に行こう!」
断る理由も見つからず、私は曖昧に頷いた。
――――――――――――――――――――――――
放課後、約束通り美月と一緒に図書室へ向かった。廊下の窓からは、夕暮れ前の柔らかな光が差し込んでいる。
「ねぇ、水城さんは何を読むの?」
「小説、かな」
「へぇ、やっぱり!水城さんって本当に物静かで、なんだか神秘的な感じがするよね」
神秘的?私はただの地味な女子だと思っていた。クラスでも目立たないようにしているし、友達も少ない。そんな私のことを美月がどう思うのか、少し気になり始めた。
図書室に着くと、いつもの静けさが私を包み込む。ここが私の居場所だった。
「わぁ、すごく静かね」
美月が小声で言う。確かに放課後の図書室は人が少なく、今日も数人が本を読んでいるだけだった。
「あっ、佐伯くんだ」
美月が指さす先に、一人の男子生徒が座っていた。佐伯陽介。彼もまたクラスでは目立たない存在だが、成績はトップクラスで、たまに図書室で見かける。
「佐伯くん、こんにちは!」
美月が声をかけると、佐伯くんは驚いたように顔を上げた。彼の瞳は、透き通った琥珀色で、思わず見入ってしまう。
「あ、加藤さん…それと水城さん」
私の名前を言われて少し驚いた。佐伯くんが私の名前を知っているとは思わなかった。
「二人とも図書室に来たの?」
「うん!水城さんと一緒に来たんだ。佐伯くんもよく来るんだね」
「まぁ、ね」
佐伯くんは照れくさそうに微笑んだ。その表情が、どこか新鮮に感じた。
「じゃあ、私たちは本を探すね」
美月が言うと、佐伯くんは軽く手を振った。
――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、水城さん」
本棚の間で美月が突然声をひそめた。
「佐伯くん、かっこいいと思わない?」
「え?まぁ…普通じゃない?」
正直、あまり気にしたことがなかった。
「えー、そうかな?私、佐伯くんのこと、ちょっと気になってるんだ…」
美月の頬が僅かに赤くなる。彼女が佐伯くんに好意を持っていることが伝わってきた。
「そうなんだ…」
「でもね、佐伯くんって誰とも親しくしてないから、どうアプローチしていいか分からなくて…」
美月の悩みが私に打ち明けられることに、少し戸惑いを感じた。私はアドバイスなんてできない。恋愛経験はゼロだし、佐伯くんとも話したことはほとんどない。
「水城さんならアドバイスくれるかなって…」
「え?私が?」
「だって水城さんも物静かじゃない?同じタイプの人だと思って」
そんな単純な問題ではないと思ったが、美月の真剣な眼差しに、何か言わなければと思った。
「まず…彼の好きなものを知ることから始めれば?彼が読んでる本とか…」
私が言うと、美月の顔が明るくなった。
「それいいね!さすが水城さん!」
美月は嬉しそうに手を叩き、すぐに佐伯くんの方へと向かっていった。残された私は、複雑な気持ちで二人を見つめる。なぜか胸がざわついた。
――――――――――――――――――――――――
それから数日間、美月は佐伯くんに積極的に話しかけるようになった。私も時々図書室で三人一緒になることがあったが、基本的には見守る立場だった。
ある日の放課後、私は一人で図書室にいた。美月は部活があって来れないと言っていた。
「あの、いいですか?」
静かな声に振り返ると、そこには佐伯くんが立っていた。
「佐伯くん…」
「一人?加藤さんは?」
「美月は部活」
「そっか…実は話があって」
佐伯くんは私の隣に座った。近くで見ると、彼の横顔はとても整っていて、思わず見とれてしまう。
「加藤さんのこと、どう思う?」
突然の質問に戸惑った。
「えっと…明るくて優しい子だと思うけど」
「そうだよね。でも、正直少し困ってて…」
佐伯くんの表情が曇る。
「加藤さんが最近よく話しかけてくれるのはうれしいんだけど、どうも恋愛感情みたいなものを感じて…でも僕には好きな人がいるんだ」
ああ、やっぱり。美月の一方的な恋だったんだ。でも佐伯くんに好きな人がいるというのは意外だった。
「そうなんだ…」
「うん、でもその子に告白する勇気がなくて…」
佐伯くんが俯く。彼のその姿が妙に可愛らしく感じた。
「その子は誰なの?」
言ってから後悔した。余計なことを聞いてしまった。
佐伯くんはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げ、まっすぐ私の目を見た。
「…水城さん、なんだ」
一瞬、時間が止まったような感覚に襲われた。耳が聞き間違えたのかと思ったが、佐伯くんの真剣な表情がそれを否定していた。
「え…?」
「中学の時から、図書室で本を読む姿を見ていた。話したことはなかったけど、水城さんの物静かな雰囲気が好きで…」
突然の告白に、どう反応していいか分からなかった。頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。
「ごめん、急に言って。驚かせたよね」
佐伯くんは申し訳なさそうに微笑んだ。その優しい笑顔に、私の心臓は早鐘を打ち始めた。
「い、いえ…ただ、びっくりして…」
「信じられないよね。でも本当なんだ」
佐伯くんは真剣な眼差しで続けた。
「だから、加藤さんには申し訳ないけど、僕の気持ちを伝えないといけないと思って…水城さんにも相談したかった」
「わたし…どうすればいいのかわからなくて…」
初めての告白に戸惑いながらも、どこか嬉しさも感じていた。
「答えは今じゃなくていい。ただ、加藤さんにはちゃんと話さないといけないと思って…水城さんと相談したかったんだ」
佐伯くんの誠実さが伝わってきた。こんな風に思ってくれる人がいたなんて…知らなかった。
「美月には、私から話してみる」
「本当に?ありがとう」
佐伯くんの表情が明るくなる。その笑顔に、胸がキュッと締め付けられる感覚があった。
――――――――――――――――――――――――
翌日、昼休み。私は美月を屋上に呼び出した。
「どうしたの?珍しいね、水城さんから呼び出すなんて」
美月は不思議そうな表情をしていた。
「えっと…佐伯くんのことなんだけど」
その言葉に美月の表情が明るくなる。
「え?何かあったの?」
「実は…佐伯くんには、好きな人がいるみたい」
美月の表情が一瞬で曇った。
「そう…なんだ。やっぱりね…」
「ごめんね…」
「ううん、水城さんが謝ることじゃないよ。教えてくれてありがとう」
美月は強がろうとしているが、目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「誰なの?もし…知ってたら」
この質問は予想していた。でも、どう答えればいいのか。正直に言えば、私と美月の関係は壊れてしまうかもしれない。でも嘘をつくのも違うと思った。
「私」
一言だけ口にした。美月の目が大きく見開かれる。
「え…?」
「佐伯くんが好きな人…それは私みたい」
美月は言葉を失ったようだった。数秒間の沈黙が流れた後、彼女はふっと笑った。
「そっか…水城さんか。なんか…分かるかも」
「え?」
「だって水城さんって、静かだけど、すごく魅力的じゃない?私も水城さんに惹かれて友達になりたいと思ったんだから」
美月の言葉に驚いた。そんな風に思われていたなんて。
「佐伯くんも、きっと同じものを感じたんだと思う」
「でも、美月が好きなのに…」
「うん、正直ショックだけど…でも、二人とも大切な友達だから、応援したい」
美月の目から一筋の涙が流れた。それでも彼女は笑顔を崩さない。その強さに胸を打たれた。
「美月…」
「ねぇ、水城さんは佐伯くんのこと、どう思ってるの?」
その質問に、自分自身の気持ちを初めて真剣に考えた。佐伯くんのことを好きかどうか…。
「わからない…でも、嫌いじゃない。むしろ…」
告白されて初めて気づいた。佐伯くんの存在が、実は私の中で特別だったのかもしれない。図書室で見かけるたび、どこか安心感を覚えていた。それは単なる友情ではなく、もっと深いものだったのかもしれない。
「ふーん、まだ気づいてないんだね」
美月が意味深に微笑む。
「何に?」
「水城さん、佐伯くんのこと好きなんじゃない?」
その言葉に、心臓が跳ねた。好き?私が佐伯くんを?そんなこと考えたこともなかった。でも、昨日の告白で感じた胸の高鳴りは何だったのか。
「分からない…でも、話を聞いた時、嬉しかった」
素直な気持ちを口にした。
「それって、好きってことだよ」
美月の言葉に、何かが腑に落ちた気がした。そうか、これが恋なのか。
「美月…ごめん」
「謝らないで。恋は誰のものでもないから。それに…」
美月は少し寂しそうに微笑んだ。
「私、諦めるの早いんだ。きっとすぐに次の人を好きになるよ」
その言葉に、胸が熱くなった。美月の優しさに、涙が出そうになる。
「ありがとう…」
「それより!」
美月は突然元気な声を出した。
「早く佐伯くんに返事しなきゃ!待たせちゃかわいそうじゃない?」
「でも…」
「大丈夫、私が後押しするから!」
美月は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、少し寂しさを含んでいたが、とても温かかった。
――――――――――――――――――――――――
放課後、再び図書室へ向かった。佐伯くんはいつもの席で本を読んでいた。
「あの…」
声をかけると、佐伯くんはハッとした表情で顔を上げた。
「水城さん…」
「話があるんだけど…いい?」
佐伯くんは頷き、二人で図書室の隅に移動した。窓から差し込む夕日が、図書室を優しいオレンジ色に染めている。
「加藤さんとは…話した?」
「うん、話したよ」
「そうか…彼女、怒ってた?」
「ううん、むしろ…応援してくれるって」
佐伯くんの表情が驚きに変わる。
「本当に?加藤さん…優しいんだね」
「うん、とても」
しばらくの沈黙の後、私は勇気を出して口を開いた。
「あのね、佐伯くん…」
緊張で声が震える。でも、言わなければならない。
「わたし…佐伯くんのこと、好きかもしれない」
言葉にした瞬間、自分の気持ちが明確になった。そう、私は佐伯くんが好きだ。それは静かに、でも確かに育っていた感情だった。
佐伯くんの目が大きく見開かれる。
「本当に…?」
「うん…昨日言われるまで気づかなかったけど、佐伯くんのことを考えると、胸がドキドキして…これが好きってことなんだと思う」
拙い告白だったが、佐伯くんの顔に笑みが広がった。
「嬉しい…本当に嬉しい」
彼の手が、そっと私の手に重なる。温かい。
「水城さん…いや、遥さん。付き合ってください」
正式な告白に、頬が熱くなる。
「うん…よろしく、陽介くん」
初めて名前で呼んだ。それだけで、なんだか特別な関係になった気がした。
陽介くんの瞳が、夕日に照らされて美しく輝いていた。
――――――――――――――――――――――――
次の日、教室で美月が私たちに声をかけてきた。
「おはよう!二人とも」
相変わらず明るい声だ。昨日のことがあったのに、普通に接してくれる美月に感謝した。
「おはよう、加藤さん」
陽介くんも普通に挨拶を返す。
「ねぇ、二人とも放課後図書室行く?私も行きたいな」
「え?でも…」
私は戸惑った。美月は本当に大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ。友達として一緒にいたいな…それに」
美月はくすっと笑った。
「二人の恋の行方、見守りたいし!」
その言葉に、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった。陽介くんも照れた様子で頷いている。
「うん、もちろん」
「やった!じゃあ放課後ね!」
美月は元気よく席に戻っていった。
「加藤さん、強いね…」
陽介くんが小声で言う。
「うん…美月はすごいよ」
「でも、彼女のおかげで僕たちは結ばれたんだよね」
そうだ。もし美月が積極的に陽介くんに話しかけなければ、私たちはこうして結ばれることはなかったかもしれない。運命というものは、本当に不思議だ。
「ねぇ、陽介くん」
「なに?」
「これからも図書室で一緒に本を読もうね」
「うん、もちろん」
陽介くんの笑顔が、春の陽射しのように温かかった。
静かな図書室で始まった私たちの恋。美月も含めた三人の関係は、これからどうなっていくのだろう。でも今は、この幸せな気持ちを大切にしたい。これが私の、初めての恋の形。
窓の外では、桜の花びらが風に舞っていた。新しい季節の始まりを告げるように。
「水城さん、これ貸してくれない?」
隣の席の加藤美月が消しゴムを求めてきた。彼女とは中学の時にも同じクラスだったが、あまり話したことはない。
「どうぞ」
私は自分の消しゴムを差し出した。美月は満面の笑顔で受け取る。その笑顔が、どこか眩しく感じた。
「ありがとう!水城さんって優しいよね。あ、放課後図書室に行くんでしょ?私も行こうかな」
どうして知ってるの?と聞きたかったが、口には出さなかった。私は確かに毎日放課後に図書室に行くが、それを知っている人間は少ないはずだ。
「まぁ、行くけど…」
「じゃあ一緒に行こう!」
断る理由も見つからず、私は曖昧に頷いた。
――――――――――――――――――――――――
放課後、約束通り美月と一緒に図書室へ向かった。廊下の窓からは、夕暮れ前の柔らかな光が差し込んでいる。
「ねぇ、水城さんは何を読むの?」
「小説、かな」
「へぇ、やっぱり!水城さんって本当に物静かで、なんだか神秘的な感じがするよね」
神秘的?私はただの地味な女子だと思っていた。クラスでも目立たないようにしているし、友達も少ない。そんな私のことを美月がどう思うのか、少し気になり始めた。
図書室に着くと、いつもの静けさが私を包み込む。ここが私の居場所だった。
「わぁ、すごく静かね」
美月が小声で言う。確かに放課後の図書室は人が少なく、今日も数人が本を読んでいるだけだった。
「あっ、佐伯くんだ」
美月が指さす先に、一人の男子生徒が座っていた。佐伯陽介。彼もまたクラスでは目立たない存在だが、成績はトップクラスで、たまに図書室で見かける。
「佐伯くん、こんにちは!」
美月が声をかけると、佐伯くんは驚いたように顔を上げた。彼の瞳は、透き通った琥珀色で、思わず見入ってしまう。
「あ、加藤さん…それと水城さん」
私の名前を言われて少し驚いた。佐伯くんが私の名前を知っているとは思わなかった。
「二人とも図書室に来たの?」
「うん!水城さんと一緒に来たんだ。佐伯くんもよく来るんだね」
「まぁ、ね」
佐伯くんは照れくさそうに微笑んだ。その表情が、どこか新鮮に感じた。
「じゃあ、私たちは本を探すね」
美月が言うと、佐伯くんは軽く手を振った。
――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、水城さん」
本棚の間で美月が突然声をひそめた。
「佐伯くん、かっこいいと思わない?」
「え?まぁ…普通じゃない?」
正直、あまり気にしたことがなかった。
「えー、そうかな?私、佐伯くんのこと、ちょっと気になってるんだ…」
美月の頬が僅かに赤くなる。彼女が佐伯くんに好意を持っていることが伝わってきた。
「そうなんだ…」
「でもね、佐伯くんって誰とも親しくしてないから、どうアプローチしていいか分からなくて…」
美月の悩みが私に打ち明けられることに、少し戸惑いを感じた。私はアドバイスなんてできない。恋愛経験はゼロだし、佐伯くんとも話したことはほとんどない。
「水城さんならアドバイスくれるかなって…」
「え?私が?」
「だって水城さんも物静かじゃない?同じタイプの人だと思って」
そんな単純な問題ではないと思ったが、美月の真剣な眼差しに、何か言わなければと思った。
「まず…彼の好きなものを知ることから始めれば?彼が読んでる本とか…」
私が言うと、美月の顔が明るくなった。
「それいいね!さすが水城さん!」
美月は嬉しそうに手を叩き、すぐに佐伯くんの方へと向かっていった。残された私は、複雑な気持ちで二人を見つめる。なぜか胸がざわついた。
――――――――――――――――――――――――
それから数日間、美月は佐伯くんに積極的に話しかけるようになった。私も時々図書室で三人一緒になることがあったが、基本的には見守る立場だった。
ある日の放課後、私は一人で図書室にいた。美月は部活があって来れないと言っていた。
「あの、いいですか?」
静かな声に振り返ると、そこには佐伯くんが立っていた。
「佐伯くん…」
「一人?加藤さんは?」
「美月は部活」
「そっか…実は話があって」
佐伯くんは私の隣に座った。近くで見ると、彼の横顔はとても整っていて、思わず見とれてしまう。
「加藤さんのこと、どう思う?」
突然の質問に戸惑った。
「えっと…明るくて優しい子だと思うけど」
「そうだよね。でも、正直少し困ってて…」
佐伯くんの表情が曇る。
「加藤さんが最近よく話しかけてくれるのはうれしいんだけど、どうも恋愛感情みたいなものを感じて…でも僕には好きな人がいるんだ」
ああ、やっぱり。美月の一方的な恋だったんだ。でも佐伯くんに好きな人がいるというのは意外だった。
「そうなんだ…」
「うん、でもその子に告白する勇気がなくて…」
佐伯くんが俯く。彼のその姿が妙に可愛らしく感じた。
「その子は誰なの?」
言ってから後悔した。余計なことを聞いてしまった。
佐伯くんはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げ、まっすぐ私の目を見た。
「…水城さん、なんだ」
一瞬、時間が止まったような感覚に襲われた。耳が聞き間違えたのかと思ったが、佐伯くんの真剣な表情がそれを否定していた。
「え…?」
「中学の時から、図書室で本を読む姿を見ていた。話したことはなかったけど、水城さんの物静かな雰囲気が好きで…」
突然の告白に、どう反応していいか分からなかった。頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。
「ごめん、急に言って。驚かせたよね」
佐伯くんは申し訳なさそうに微笑んだ。その優しい笑顔に、私の心臓は早鐘を打ち始めた。
「い、いえ…ただ、びっくりして…」
「信じられないよね。でも本当なんだ」
佐伯くんは真剣な眼差しで続けた。
「だから、加藤さんには申し訳ないけど、僕の気持ちを伝えないといけないと思って…水城さんにも相談したかった」
「わたし…どうすればいいのかわからなくて…」
初めての告白に戸惑いながらも、どこか嬉しさも感じていた。
「答えは今じゃなくていい。ただ、加藤さんにはちゃんと話さないといけないと思って…水城さんと相談したかったんだ」
佐伯くんの誠実さが伝わってきた。こんな風に思ってくれる人がいたなんて…知らなかった。
「美月には、私から話してみる」
「本当に?ありがとう」
佐伯くんの表情が明るくなる。その笑顔に、胸がキュッと締め付けられる感覚があった。
――――――――――――――――――――――――
翌日、昼休み。私は美月を屋上に呼び出した。
「どうしたの?珍しいね、水城さんから呼び出すなんて」
美月は不思議そうな表情をしていた。
「えっと…佐伯くんのことなんだけど」
その言葉に美月の表情が明るくなる。
「え?何かあったの?」
「実は…佐伯くんには、好きな人がいるみたい」
美月の表情が一瞬で曇った。
「そう…なんだ。やっぱりね…」
「ごめんね…」
「ううん、水城さんが謝ることじゃないよ。教えてくれてありがとう」
美月は強がろうとしているが、目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「誰なの?もし…知ってたら」
この質問は予想していた。でも、どう答えればいいのか。正直に言えば、私と美月の関係は壊れてしまうかもしれない。でも嘘をつくのも違うと思った。
「私」
一言だけ口にした。美月の目が大きく見開かれる。
「え…?」
「佐伯くんが好きな人…それは私みたい」
美月は言葉を失ったようだった。数秒間の沈黙が流れた後、彼女はふっと笑った。
「そっか…水城さんか。なんか…分かるかも」
「え?」
「だって水城さんって、静かだけど、すごく魅力的じゃない?私も水城さんに惹かれて友達になりたいと思ったんだから」
美月の言葉に驚いた。そんな風に思われていたなんて。
「佐伯くんも、きっと同じものを感じたんだと思う」
「でも、美月が好きなのに…」
「うん、正直ショックだけど…でも、二人とも大切な友達だから、応援したい」
美月の目から一筋の涙が流れた。それでも彼女は笑顔を崩さない。その強さに胸を打たれた。
「美月…」
「ねぇ、水城さんは佐伯くんのこと、どう思ってるの?」
その質問に、自分自身の気持ちを初めて真剣に考えた。佐伯くんのことを好きかどうか…。
「わからない…でも、嫌いじゃない。むしろ…」
告白されて初めて気づいた。佐伯くんの存在が、実は私の中で特別だったのかもしれない。図書室で見かけるたび、どこか安心感を覚えていた。それは単なる友情ではなく、もっと深いものだったのかもしれない。
「ふーん、まだ気づいてないんだね」
美月が意味深に微笑む。
「何に?」
「水城さん、佐伯くんのこと好きなんじゃない?」
その言葉に、心臓が跳ねた。好き?私が佐伯くんを?そんなこと考えたこともなかった。でも、昨日の告白で感じた胸の高鳴りは何だったのか。
「分からない…でも、話を聞いた時、嬉しかった」
素直な気持ちを口にした。
「それって、好きってことだよ」
美月の言葉に、何かが腑に落ちた気がした。そうか、これが恋なのか。
「美月…ごめん」
「謝らないで。恋は誰のものでもないから。それに…」
美月は少し寂しそうに微笑んだ。
「私、諦めるの早いんだ。きっとすぐに次の人を好きになるよ」
その言葉に、胸が熱くなった。美月の優しさに、涙が出そうになる。
「ありがとう…」
「それより!」
美月は突然元気な声を出した。
「早く佐伯くんに返事しなきゃ!待たせちゃかわいそうじゃない?」
「でも…」
「大丈夫、私が後押しするから!」
美月は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、少し寂しさを含んでいたが、とても温かかった。
――――――――――――――――――――――――
放課後、再び図書室へ向かった。佐伯くんはいつもの席で本を読んでいた。
「あの…」
声をかけると、佐伯くんはハッとした表情で顔を上げた。
「水城さん…」
「話があるんだけど…いい?」
佐伯くんは頷き、二人で図書室の隅に移動した。窓から差し込む夕日が、図書室を優しいオレンジ色に染めている。
「加藤さんとは…話した?」
「うん、話したよ」
「そうか…彼女、怒ってた?」
「ううん、むしろ…応援してくれるって」
佐伯くんの表情が驚きに変わる。
「本当に?加藤さん…優しいんだね」
「うん、とても」
しばらくの沈黙の後、私は勇気を出して口を開いた。
「あのね、佐伯くん…」
緊張で声が震える。でも、言わなければならない。
「わたし…佐伯くんのこと、好きかもしれない」
言葉にした瞬間、自分の気持ちが明確になった。そう、私は佐伯くんが好きだ。それは静かに、でも確かに育っていた感情だった。
佐伯くんの目が大きく見開かれる。
「本当に…?」
「うん…昨日言われるまで気づかなかったけど、佐伯くんのことを考えると、胸がドキドキして…これが好きってことなんだと思う」
拙い告白だったが、佐伯くんの顔に笑みが広がった。
「嬉しい…本当に嬉しい」
彼の手が、そっと私の手に重なる。温かい。
「水城さん…いや、遥さん。付き合ってください」
正式な告白に、頬が熱くなる。
「うん…よろしく、陽介くん」
初めて名前で呼んだ。それだけで、なんだか特別な関係になった気がした。
陽介くんの瞳が、夕日に照らされて美しく輝いていた。
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次の日、教室で美月が私たちに声をかけてきた。
「おはよう!二人とも」
相変わらず明るい声だ。昨日のことがあったのに、普通に接してくれる美月に感謝した。
「おはよう、加藤さん」
陽介くんも普通に挨拶を返す。
「ねぇ、二人とも放課後図書室行く?私も行きたいな」
「え?でも…」
私は戸惑った。美月は本当に大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ。友達として一緒にいたいな…それに」
美月はくすっと笑った。
「二人の恋の行方、見守りたいし!」
その言葉に、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった。陽介くんも照れた様子で頷いている。
「うん、もちろん」
「やった!じゃあ放課後ね!」
美月は元気よく席に戻っていった。
「加藤さん、強いね…」
陽介くんが小声で言う。
「うん…美月はすごいよ」
「でも、彼女のおかげで僕たちは結ばれたんだよね」
そうだ。もし美月が積極的に陽介くんに話しかけなければ、私たちはこうして結ばれることはなかったかもしれない。運命というものは、本当に不思議だ。
「ねぇ、陽介くん」
「なに?」
「これからも図書室で一緒に本を読もうね」
「うん、もちろん」
陽介くんの笑顔が、春の陽射しのように温かかった。
静かな図書室で始まった私たちの恋。美月も含めた三人の関係は、これからどうなっていくのだろう。でも今は、この幸せな気持ちを大切にしたい。これが私の、初めての恋の形。
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