彼の瞳に映るのは~人形王子の愛~

黒木メイ

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 翌日、アンジェラが学園に行くとブライアンは体調を崩したのか休んでいた。
 心配だとは思ったものの、正直昨日の今日で顔を合わせないですんだことにホッとする。

 ところが、ブライアンは翌日どころか数日経っても学園にこなかった。さすがにアンジェラも心配になる。
 見舞いに行きたいところだが、アンジェラがいきなりクーパー侯爵家を訪ねるわけにはいかない。
 ブライアンとソフィーの婚約解消のきっかけになったのは間違いなくアンジェラだ。どちらの家からもウーズナム男爵家実家に抗議はなかったようだが、少なからずいいイメージはもたれていないだろう。
 アンジェラにできることは、ただブライアンの快復を祈ることだけだ。

 ――――あの時のブライアン様、何かおかしいと思っていたけど体調不良だったのね。はやくよくなってくれるといいけど。

 理由がわかってしまえば、愛しい恋人に会いたいという気持ちが一気に膨れ上がる。
 同時に、あの日あの場から逃げ出したことに若干の罪悪感も生まれる。
 その罪悪感を直接ブライアンに会って消してしまいたかった。


 ◆


 ブライアンがいない学園生活。ブライアンがいなければアンジェラは一人だ。
 ブライアンと一緒にいる時はブライアンのことしか考えていなかったから気にならなかったが……こうして一人で一日を過ごすのは正直寂しい。

 ――――入学当初はたくさんの男子生徒達に囲まれていたのに。

 いつから他の人達と話さなくなったのだろうかと考え、すぐに気づいた。ブライアンと恋仲になってからだ。それまではいろんな男子生徒から言い寄られていた。
 まあ、当然の結果といえば当然なのだが……。なんとなく心がざわつく。

 ふと、向かいから歩いてきた男子生徒と目が合う。
 アンジェラはニコリと微笑みかけてみた。
 男子生徒の反応はアンジェラの想像とは全く違っていた。

 男子生徒は一瞬見惚れたような顔をした後、ハッと我に返り、辺りを見回しながら慌ててどこかへ行ってしまったのだ。

 ――――なに今の? なんだか、嫌な感じだわ。まるで避けられたような。

 けれど、アンジェラに心当たりはない。苛立ちがこみあげてきた。

 ――――なんで、誰も私に話しかけてこないのよ。

 女子生徒達から避けられるのは、自分で言うのもなんだが……わかる。
 むしろブライアンが側にいない今、陰湿ないじめが始まってもおかしくない……と覚悟していたくらいだ。
 直接何か言ってくるような人はいないが、皆まるでアンジェラのことを透明人間かのように避けている。これくらいならアンジェラは痛くもかゆくもない。

 ――――そういえば……この学園に入ってから普通に会話したのって、同性ではソフィー様くらいね。

 今更ながらそんなことに気づいた。ブライアンのことがなければ、もしかして友人になれたりしたのだろうか、と想像しそうになって慌てて首を横に振る。
 自分のしたことを考えれば、今更無理だ。というのは、さすがのアンジェラだってわかる。
 ブライアンを選んだ時から覚悟していたことだ。

 昼食の時間。少々感傷的になったアンジェラは、とぼとぼといつもの場所に向かう。
 移動中、珍しく一人で歩いているデビッドを見かけた。

 デビッドと言えば、ブライアンと恋仲になる前まで何かとアンジェラに親切にしてくれた人だ。……ちょっといいかもと思った人でもある。

 特にナニカがあったわけではないが、あの頃の二人の間には甘酸っぱい空気が流れていたのは確かだ。
 男性からの好意に敏感なアンジェラはデビッドからの好意にも当然のように気づいていた。

 その時のことを思い出し、懐かしくなったアンジェラはデビッドに声をかけた。
 特に他意は無かったのだが……
 デビッドはアンジェラの顔を見るやいなや眉をひそめ、背を向けて去って行った。

 ――――嘘でしょ?! 今、絶対聞こえていたわよね?! なんで無視するわけ?!

 もしかして、私がブライアンを選んだから怒っているのだろうか?
 いや、でも今の感じはそういうのではなかったような……。
 まるで私のことを警戒していたような……って、なんで私がそんな目で見られないといけないわけ?!

 軽いショックと怒りを覚えるアンジェラ。
 誰にでも優しいと名高い王太子デビッドに避けられるというのは結構効く。

 代わりに、その辺を歩いていた男子生徒を捕まえた。

「ちょっと、いいかしら」
「え? ぼ、僕ですか?!」

 怯えながらもソワソワしたような男子生徒。その顔に既視感を覚え……思い出した。
 ――――そういえば入学当初、隣の席だった人だわ。

「お昼、まだなら一緒に食べない? 独りだと味気なくて」

 軽い気持ちで誘ったのだが、返ってきたのは……
「ひぃぃぃ! いえ、あの、僕は食堂で食べるんで」
「あら……そう」

 ――――ひぃぃぃって何よ! 私が何かしたみたいじゃない。なんで私がそんな態度とられないといけないわけ?!

 ぎろりとアンジェラは男子生徒を睨みつける。今にも逃げ出しそうな男子生徒の腕を無理矢理引いて歩きだした。

「ちょ、ぼ、僕一緒は無理だって断りましたよね?!」
「そんなことわかってるわよ。少しだけ聞きたいことがあるの。ここでは聞けないから移動するだけよ」
「そ、それならまあ。て、手を離してください。僕逃げないんで」

 疑いながらも放す。男子生徒は言った通り大人しくついてきた。
 人気のない、ブライアンと過ごしているいつもの場所。話すだけなので二人とも立ったままだ。
 アンジェラはイライラしながら質問をした。

「どうして私を避けるの? あなただけじゃなくて他の人達も……私あなた達に何かしたかしら?」
「そ、それは」

 気まずげに視線を泳がせる男子生徒。

 苛立ちがピークに達したアンジェラは男子生徒に詰め寄った。
「話してくれるまで逃がさないから。さっき、私達が一緒にいたのを何人かに見られているわ。休み時間が終わっても二人とも戻らなかったら……きっと明日からあなたも有名人になれるわね」

 想像したのか一気に青褪める男子生徒。
 アンジェラの脅しはよく効いたらしい。

「は、話しますからそれだけはやめてください」
「じゃあ、早く話して」

 男子生徒はゴクリと唾を飲み込み、意を決したように口を開いた。
「ぼ、僕達が恐れているのはアンジェラ様…… ではなくブライアン様です」
「え?」

 思わぬところでブライアンの名前が出てきて、目を瞬かせる。
 ――――あの冷静沈着なブライアン様が、私が誰かと話すだけで怒り狂うとでも思っているのかしら?
 確かにあの整った顔で怒られたら怖そうだが、それは考えすぎだと笑い飛ばそうとして……男子生徒が顔面蒼白で震えていることに気づいた。

「ね、ねえ。もしかして、過去に何かあったの?」

 そっと距離を詰めて尋ねると、男子生徒は小声で教えてくれた。



「な、によ……それ」

 男子生徒が話し終わる頃にはアンジェラは放心状態になっていた。
 男子生徒が教えてくれた『ブライアン』はアンジェラが『ブライアン』だった。
 話し終えたからか、すでに男子生徒は目の前から消えている。逃げたのだろう。

「まさか……でも、そんな」

 頭の中がグルグルして、思考が定まらない。アンジェラは思わずその場に座り込んだ。
 男子生徒から聞いた話が、繰り返し頭の中で流れている。

 ブライアンとソフィーの婚約が元々政略的なものだったという噂はアンジェラも知っていた。
 でも、『ブライアンがソフィーに執着している』という噂については知らなかった。

 その噂の発信源は、二人の関係に横恋慕しようとした人……と仲が良かった人達だ。当の本人達は黙秘しているか学園から姿を消しているので、真実はわからず仕舞い……だった今までは。

 今回の婚約解消騒動に乗じて、情報が漏れたらしい。
 アンジェラがたまたま掴まえた男子生徒は情報通だったらしく結構深いところまで知っていた。

 ブライアンはソフィーには表面上冷たく接していた癖に、その裏では異様な独占欲を発揮していたそうだ。
自分のクーパー侯爵家から派遣した侍女をつけ、逐一ソフィーの行動を報告させていた』
『ソフィーが身に纏うものは全てブライアンが選んだもので統一。ブライアンもその対となる服を作り、ソフィーと会わない日でもおそろいの服を身に纏って過ごしていた』
『ソフィーがその日に食べる物を事前にリサーチし、自分も同じ物を食べていた』
 等、思わず耳を疑うような行動ばかりをとっていたというのだ。

 その話を聞いて、「そこまで愛されていたなんて羨ましい!」とは、アンジェラはならなかった。
 それよりも、最初に聞いた『二人の関係に横恋慕しようとした人達』の行く末が気になった。
 でも、そこはきっと知ってはいけないところなのだろう。

 同時に、それならなぜブライアンはアンジェラを選んだのかという疑問が生まれる。
 ブライアンの愛情表現が本当に噂通りなら、自分がソフィー程愛情を向けられているとは思えない。
 いや……向けられても嫌なのだが。アンジェラは束縛されるのは嫌なのだ。

 今まであったブライアンへの愛がゴリゴリと削られていく。
 ――――お祖母様……。本当にブライアン様は私の運命の相手なの?

 不安がこみあげてくる。
 皆から避けられているということは、それだけ噂が回っているということだろう。
 ブライアンのことを信じたいが、あの日のブライアンがフラッシュバックする。
 ――――もしかして、噂のせいでブライアン様も休まざるを得なくなっているのかしら。

 噂が本当だとしたら、自分はどうしたらいいのだろうか。
 今更、ブライアンと別れるなんて考えたくない。
 けれど、今までのように一緒にいるのは……怖い。
 第一、自分はブライアンに本当に愛されているのかもわからない。

 アンジェラは、もう何を信じていいのかわからなかった。
 今まで育ててきた気持ちが、思い出が、全てが揺らぐ。

「このままじゃあ、ダメだわ。確かめないと……」

 アンジェラは痛む胸を押さえながら呟いた。
 いったい、自分はどんな結末を望んでいるのか。
 それすらもわからないが……このまま放置するのはもっとダメだということだけはわかる。
 早いうちに確かめないと、きっと取り返しがつかなくなる。そんな予感がした。
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