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九
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「もうわかったんですか?! さすがデビッド様ですね!」
もっと時間がかかるかと思っていたが、デビッド達は翌日には再びアンジェラの元へやってきた。
期待に胸弾ませたアンジェラだが、デビッドは苦笑しながら首を横に振る。
「いや、申し訳ないが『確実な解決策』を見つけたわけじゃないんだ」
「え?」
戸惑うアンジェラにエンリカがぐいっと身を寄せ、小声で囁く。
「過去の記録を調べていて思いついた策なんですわ。今回のように生霊が相手の場合は『もう憑いていたくない』と思わせる必要があるようですから……」
アンジェラは目を瞬かせた。
「どうかしら?」
「それでいきましょう」
――――さすがエンリカ様だわ。
今日も仲良く手を繋いで帰る二人を見送りながら、アンジェラは気合を入れた。
『ブレスレットはもうないのだから必要ないのでは?』なんて野暮な言葉はもちろん一言も口に出していない。二人のおかげでようやく決着がつきそうなのだから。
デビッドがある程度の前準備はしてくれるらしい。後はアンジェラの頑張り次第。
作戦決行の日。
アンジェラはソファーに座り、その時が来るのを待っていた。
ノック音が鳴る。すぐさま返事をすれば扉が開いた。入ってきたのはソフィーとその婚約者マルコ・アコルシだ。
まだ婚約してそんなに経っていないはずだが、どうやら二人の仲は良好なようだ。ソフィーもブライアンと婚約していた時よりもよっぽど幸せそうに見える。
――――もしかして、デビッド様が助言してくれたのかしら?
どちらにしろ、効果は覿面のようだ。ブライアンがマルコを睨みつけている。
――――あの視線だけで人を殺せそうね。
ただ冷めているだけの眼差しとは違う。明確な殺意を含んでいる眼差しだ。ここずっとアンジェラはブライアンから睨みつけられていたが、その時の目とは比べ物にならない。
初めて見るブライアンの表情にアンジェラの背中から冷や汗が流れた。
ブライアンがマルコ達に近づく。幽体のブライアンに何ができるというのか……と思いつつも、嫌な予感がしたアンジェラは声を張り上げた。さっと自分の身体をブライアンの前にねじ込む。
「ソフィー様!」
「は、はい!」
「と、マルコ様。わざわざきていただきありがとうございます。こちらにおかけください」
戸惑いながらも座るソフィー。マルコはアンジェラを訝しげに見ている。
仕方がないとわかっていながらも、今その視線を向けられるのは少々辛い。
さすがのアンジェラだってここ数日ずっとブライアンから睨まれ続けて疲弊しているのだ。
まぁ、デビッドのおかげでブライアンの本質を知ることができたので、今では恐怖よりも怒りの方が勝っているが。
アンジェラは己を鼓舞して、口を開いた。
「ソフィー様にお聞きしたいことがあります。単刀直入に尋ねますが……ソフィー様はブライアン様に特別な感情をお持ちでしたか?」
あまりにもストレートで失礼な質問なことは重々承知だが、今は必要なことだ。
この質問に反応したのはソフィーよりもマルコ、そしてブライアンだった。
先程までマルコへの敵意を浮かべていたのに、途端にソフィーにちらちら視線を送り始めるブライアン。
その様子を見ているだけで正直イライラする。
どうして今更そんなことを聞くんだと今にも食ってかかってきそうなマルコを制して、ソフィーはアンジェラをジッと見た。
アンジェラも真っすぐに見つめ返す。
ソフィーはそれだけで何かを感じとったのか、アンジェラに安心させるように微笑みかけた。
「デビッド様から、アンジェラ様の質問には嘘偽りなく答えるようにと申し付けられております。ですから、今からお伝えするのは紛れもない私の本心です。……私は、今も昔もブライアン様に特別な感情を持っていません」
「それは……本当に?」
「ええ、アンジェラ様やマルコ様の前でこんな事を言うのは躊躇われますが……私もブライアン様と婚約してすぐの頃は『いつかブライアン様のことを好きになれたら』そう思っていた時期もありましたわ。ですが、ブライアン様にその気がないことはすぐにわかりましたから。それどころか、ブライアン様は私のことを嫌っていましたし。……ですから、私早々にブライアン様へ個人的な感情を抱くことも、求めることもしないと決めましたの」
寂しそうに呟くソフィーを心配するように寄り添うマルコ。そんなマルコの顔を見て大丈夫だと微笑み返すソフィー。形だけの婚約者同士にはとうてい見えない。見えない絆がもう二人の間では結ばれ始めているのだろう。
ソフィーはもう一度アンジェラを見た。
「ですから、ブライアン様とアンジェラ様の仲を知った時も、婚約が解消された時も特に不満はありませんでしたわ。……ブライアン様があんなことになって心配する気持ちがないとは言いません。ですが、私は今後もブライアン様に近づく気はありません」
そう言って安心させるようにマルコの手を握り、アンジェラを見つめるソフィー。
アンジェラとしては『もう私とブライアン様はそういう関係ではないので』と弁解したいところだが、それを言ってもこじれるだけだと口を閉ざす。
少しの間に、ソフィーとマルコの距離が縮まっていた。
見つめ合う二人。アンジェラがいなければキス……とまではいかなくてもハグくらいはしそうだ。
むしろ遠慮せずにしてくれてもいいのだがと内心思いながらちらりとブライアンの様子を伺う。
ブライアンは衝撃を受けたような顔で固まっていた。かと思うとキッと鋭い視線を二人に向け襲いかかろうとする。ブライアンの怒りに共鳴したのか家具が激しく揺れる。小さな茶器や小物が浮かび上がった。
「伏せて!」
アンジェラの言葉にマルコがソフィーを抱きしめ伏せる。アンジェラも己の腕で頭を覆いながら伏せた。部屋の中を右往左往に物が飛び交い、割れる音がする。
しばらくして、静寂が訪れた。恐る恐る目を開くアンジェラ。
近くに割れた破片が転がっているのが目に入る。もしこれが飛んできていたらと思うとゾッとした。
次に、ソフィーを見る。
ソフィーはマルコのおかげで無傷だったようだが、マルコは所々血が滲んで怪我をしていた。
ソフィーが半泣きで何かを言っているが、マルコは自分の怪我よりもソフィーを慰めるのに必死のようだ。
そして、そんな二人を見ながらブライアンは腕をだらりと下げて立っていた。
アンジェラは震える足に喝を入れて立ち上がる。そして、ブライアンの背に声をかけた。
「もう、わかったでしょ。あなたが付け入る隙なんてどこにもないのよ。あなたは……最初から間違えていたの」
――――私が言える立場ではないけど。
特大ブーメランが自分にも刺さってジクジクと心が痛むが、気づかないフリをする。
婚約者として誠実にソフィーに接していたら今もソフィーの婚約者はブライアンのままだっただろう。けれど、その立場を自ら不意にしたのは他でもないブライアン自身だ。ブライアンもそのことがようやくわかっただろう。
ソフィーがやってきてから一度もアンジェラのことを見なかったブライアンが、ここにきてようやくアンジェラを見た。今にも泣き出しそうな、捨てられた子供のような目で。
アンジェラは思わず手を伸ばしそうになるのを耐え、黙ってじっと見つめ返す。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
ブライアンは諦めたように顔を歪め、目を閉じ、消えた。
口から微かな息が漏れると同時にアンジェラは膝から崩れ落ちた。
「アンジェラ様?!」
「大丈夫か?!」
「え、ええ。そんなことより、こんなことに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。特にマルコ様にいたっては怪我までさせてしまい……請求書は遠慮なくうちに回してください」
深々と頭を下げるアンジェラに二人は顔を見合わせる。
ソフィーはアンジェラの前に膝を着くと、そっとアンジェラに声をかけた。
「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。詳しいことは知らされていませんでしたが、デビッド様から『アンジェラ様に全面的に協力するように』と密命を受けてきましたから。ナニカが起きるかもしれないとは覚悟していました」
「まさか、こんなことが起きるとは思っていなかったが……もう大丈夫、なんだよな?」
「はい」
アンジェラは周りを見渡す。もうどこにもブライアンはいない。ポロリと涙がこぼれた。
◆
アンジェラは無事に学園を卒業した。ブライアンを除く他の人達も同様に。
ブライアンはというと、目を覚ましたものの、全身に怪我を負っていた上に、一部の記憶を失っていたそうで、療養に時間がかかることを見越して学園はそのまま退学となった。
噂によると、ソフィー様と婚約したことも全て忘れてしまっているらしい。おそらく、アンジェラのことはかけらも覚えていないだろう。
記憶喪失が一時的なものなのか、永久的なものかはわからないが、今後ブライアンとソフィーの運命が交わることは恐らくないだろう。
もし、記憶が戻ったとしてもブライアンにとっては生き地獄だろう。――――とアンジェラは思った。
卒業前にアンジェラとブライアンとの噂も消えたが、周りは腫れ物のようにアンジェラを避けた。
まあ、元々周りに人がいなかったアンジェラとしては以前とさほど変わらないが。
ただ、『運命の相手』も見つけられず、就職先も決まっていないという状況には困った。
いっそのこと家を出て平民になる道も……と考え始めた時に手を差し伸べてくれたのは、まさかのソフィーだった。
女神のように優しいソフィーがアンジェラに就職先を斡旋してくれたのだ。正確にはマルコが、だが。
ソフィーの婚約者であるマルコは国内随一の商会の跡取り息子だ。一応貴族位も持っている成り上がり貴族というやつである。
マルコは不満げだったがソフィーが言うならと、マルコが経営する店舗の住み込み店員としてアンジェラを雇ってくれた。
アンジェラは本当にいいのかと一度は断ろうとしたが、一応きちんとアンジェラの素質を精査してのことらしい。
貴族御用達の店舗なので、貴族対応や目利きを見込まれて、だそうだ。
基本単純なアンジェラはその一言でやる気を出した。
そして、驚いたことに同じ店舗には見覚えのある人物もいた。以前、話したことのある情報通の元男子生徒だ。男爵令息らしいが三男だから実家では役に立てることがないと悩んでいたところを、マルコに才能を見込まれ勧誘されたらしい。彼も住み込み店員だそうだ。一瞬、頭の中に一つ屋根の下というワードが浮かぶ。
「え? なんでアンジェラさんが」
「わ、私も従業員として雇われたの。よろしくね」
「へあ、あ、はい」
「……そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。こうみえて、私本当にソフィー様に感謝しているんだから。これからは心を入れ替えて、ソフィー様のために尽くして頑張るって決めたのよ!」
「そ、そうなんですね! それと、べつに嫌がってませんから! これは緊張してるだけですっ。こ、こちらこそよろしくお願いします!」
頬を赤らめ、必死に否定する男爵令息。つられてアンジェラの頬も熱くなる。
けれど、すぐに我に返った。
――――これからはソフィー様第一! 仕事第一で生きていくんだから!
祖母の意志も関係なく、両親や家のしがらみも関係なく、アンジェラが自分で決めた道だ。
色々仕込んでくれた祖母に感謝はしているが、これからはその力の使いどころは自分で決める。
今のアンジェラにとって『結婚=幸せ』ではない。
アンジェラはアンジェラなりの幸せを見つけ、己の力で掴んでいくのだ。これはその為の一歩。
アンジェラは気合を入れて、仕事に取りかかった。
もっと時間がかかるかと思っていたが、デビッド達は翌日には再びアンジェラの元へやってきた。
期待に胸弾ませたアンジェラだが、デビッドは苦笑しながら首を横に振る。
「いや、申し訳ないが『確実な解決策』を見つけたわけじゃないんだ」
「え?」
戸惑うアンジェラにエンリカがぐいっと身を寄せ、小声で囁く。
「過去の記録を調べていて思いついた策なんですわ。今回のように生霊が相手の場合は『もう憑いていたくない』と思わせる必要があるようですから……」
アンジェラは目を瞬かせた。
「どうかしら?」
「それでいきましょう」
――――さすがエンリカ様だわ。
今日も仲良く手を繋いで帰る二人を見送りながら、アンジェラは気合を入れた。
『ブレスレットはもうないのだから必要ないのでは?』なんて野暮な言葉はもちろん一言も口に出していない。二人のおかげでようやく決着がつきそうなのだから。
デビッドがある程度の前準備はしてくれるらしい。後はアンジェラの頑張り次第。
作戦決行の日。
アンジェラはソファーに座り、その時が来るのを待っていた。
ノック音が鳴る。すぐさま返事をすれば扉が開いた。入ってきたのはソフィーとその婚約者マルコ・アコルシだ。
まだ婚約してそんなに経っていないはずだが、どうやら二人の仲は良好なようだ。ソフィーもブライアンと婚約していた時よりもよっぽど幸せそうに見える。
――――もしかして、デビッド様が助言してくれたのかしら?
どちらにしろ、効果は覿面のようだ。ブライアンがマルコを睨みつけている。
――――あの視線だけで人を殺せそうね。
ただ冷めているだけの眼差しとは違う。明確な殺意を含んでいる眼差しだ。ここずっとアンジェラはブライアンから睨みつけられていたが、その時の目とは比べ物にならない。
初めて見るブライアンの表情にアンジェラの背中から冷や汗が流れた。
ブライアンがマルコ達に近づく。幽体のブライアンに何ができるというのか……と思いつつも、嫌な予感がしたアンジェラは声を張り上げた。さっと自分の身体をブライアンの前にねじ込む。
「ソフィー様!」
「は、はい!」
「と、マルコ様。わざわざきていただきありがとうございます。こちらにおかけください」
戸惑いながらも座るソフィー。マルコはアンジェラを訝しげに見ている。
仕方がないとわかっていながらも、今その視線を向けられるのは少々辛い。
さすがのアンジェラだってここ数日ずっとブライアンから睨まれ続けて疲弊しているのだ。
まぁ、デビッドのおかげでブライアンの本質を知ることができたので、今では恐怖よりも怒りの方が勝っているが。
アンジェラは己を鼓舞して、口を開いた。
「ソフィー様にお聞きしたいことがあります。単刀直入に尋ねますが……ソフィー様はブライアン様に特別な感情をお持ちでしたか?」
あまりにもストレートで失礼な質問なことは重々承知だが、今は必要なことだ。
この質問に反応したのはソフィーよりもマルコ、そしてブライアンだった。
先程までマルコへの敵意を浮かべていたのに、途端にソフィーにちらちら視線を送り始めるブライアン。
その様子を見ているだけで正直イライラする。
どうして今更そんなことを聞くんだと今にも食ってかかってきそうなマルコを制して、ソフィーはアンジェラをジッと見た。
アンジェラも真っすぐに見つめ返す。
ソフィーはそれだけで何かを感じとったのか、アンジェラに安心させるように微笑みかけた。
「デビッド様から、アンジェラ様の質問には嘘偽りなく答えるようにと申し付けられております。ですから、今からお伝えするのは紛れもない私の本心です。……私は、今も昔もブライアン様に特別な感情を持っていません」
「それは……本当に?」
「ええ、アンジェラ様やマルコ様の前でこんな事を言うのは躊躇われますが……私もブライアン様と婚約してすぐの頃は『いつかブライアン様のことを好きになれたら』そう思っていた時期もありましたわ。ですが、ブライアン様にその気がないことはすぐにわかりましたから。それどころか、ブライアン様は私のことを嫌っていましたし。……ですから、私早々にブライアン様へ個人的な感情を抱くことも、求めることもしないと決めましたの」
寂しそうに呟くソフィーを心配するように寄り添うマルコ。そんなマルコの顔を見て大丈夫だと微笑み返すソフィー。形だけの婚約者同士にはとうてい見えない。見えない絆がもう二人の間では結ばれ始めているのだろう。
ソフィーはもう一度アンジェラを見た。
「ですから、ブライアン様とアンジェラ様の仲を知った時も、婚約が解消された時も特に不満はありませんでしたわ。……ブライアン様があんなことになって心配する気持ちがないとは言いません。ですが、私は今後もブライアン様に近づく気はありません」
そう言って安心させるようにマルコの手を握り、アンジェラを見つめるソフィー。
アンジェラとしては『もう私とブライアン様はそういう関係ではないので』と弁解したいところだが、それを言ってもこじれるだけだと口を閉ざす。
少しの間に、ソフィーとマルコの距離が縮まっていた。
見つめ合う二人。アンジェラがいなければキス……とまではいかなくてもハグくらいはしそうだ。
むしろ遠慮せずにしてくれてもいいのだがと内心思いながらちらりとブライアンの様子を伺う。
ブライアンは衝撃を受けたような顔で固まっていた。かと思うとキッと鋭い視線を二人に向け襲いかかろうとする。ブライアンの怒りに共鳴したのか家具が激しく揺れる。小さな茶器や小物が浮かび上がった。
「伏せて!」
アンジェラの言葉にマルコがソフィーを抱きしめ伏せる。アンジェラも己の腕で頭を覆いながら伏せた。部屋の中を右往左往に物が飛び交い、割れる音がする。
しばらくして、静寂が訪れた。恐る恐る目を開くアンジェラ。
近くに割れた破片が転がっているのが目に入る。もしこれが飛んできていたらと思うとゾッとした。
次に、ソフィーを見る。
ソフィーはマルコのおかげで無傷だったようだが、マルコは所々血が滲んで怪我をしていた。
ソフィーが半泣きで何かを言っているが、マルコは自分の怪我よりもソフィーを慰めるのに必死のようだ。
そして、そんな二人を見ながらブライアンは腕をだらりと下げて立っていた。
アンジェラは震える足に喝を入れて立ち上がる。そして、ブライアンの背に声をかけた。
「もう、わかったでしょ。あなたが付け入る隙なんてどこにもないのよ。あなたは……最初から間違えていたの」
――――私が言える立場ではないけど。
特大ブーメランが自分にも刺さってジクジクと心が痛むが、気づかないフリをする。
婚約者として誠実にソフィーに接していたら今もソフィーの婚約者はブライアンのままだっただろう。けれど、その立場を自ら不意にしたのは他でもないブライアン自身だ。ブライアンもそのことがようやくわかっただろう。
ソフィーがやってきてから一度もアンジェラのことを見なかったブライアンが、ここにきてようやくアンジェラを見た。今にも泣き出しそうな、捨てられた子供のような目で。
アンジェラは思わず手を伸ばしそうになるのを耐え、黙ってじっと見つめ返す。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
ブライアンは諦めたように顔を歪め、目を閉じ、消えた。
口から微かな息が漏れると同時にアンジェラは膝から崩れ落ちた。
「アンジェラ様?!」
「大丈夫か?!」
「え、ええ。そんなことより、こんなことに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。特にマルコ様にいたっては怪我までさせてしまい……請求書は遠慮なくうちに回してください」
深々と頭を下げるアンジェラに二人は顔を見合わせる。
ソフィーはアンジェラの前に膝を着くと、そっとアンジェラに声をかけた。
「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。詳しいことは知らされていませんでしたが、デビッド様から『アンジェラ様に全面的に協力するように』と密命を受けてきましたから。ナニカが起きるかもしれないとは覚悟していました」
「まさか、こんなことが起きるとは思っていなかったが……もう大丈夫、なんだよな?」
「はい」
アンジェラは周りを見渡す。もうどこにもブライアンはいない。ポロリと涙がこぼれた。
◆
アンジェラは無事に学園を卒業した。ブライアンを除く他の人達も同様に。
ブライアンはというと、目を覚ましたものの、全身に怪我を負っていた上に、一部の記憶を失っていたそうで、療養に時間がかかることを見越して学園はそのまま退学となった。
噂によると、ソフィー様と婚約したことも全て忘れてしまっているらしい。おそらく、アンジェラのことはかけらも覚えていないだろう。
記憶喪失が一時的なものなのか、永久的なものかはわからないが、今後ブライアンとソフィーの運命が交わることは恐らくないだろう。
もし、記憶が戻ったとしてもブライアンにとっては生き地獄だろう。――――とアンジェラは思った。
卒業前にアンジェラとブライアンとの噂も消えたが、周りは腫れ物のようにアンジェラを避けた。
まあ、元々周りに人がいなかったアンジェラとしては以前とさほど変わらないが。
ただ、『運命の相手』も見つけられず、就職先も決まっていないという状況には困った。
いっそのこと家を出て平民になる道も……と考え始めた時に手を差し伸べてくれたのは、まさかのソフィーだった。
女神のように優しいソフィーがアンジェラに就職先を斡旋してくれたのだ。正確にはマルコが、だが。
ソフィーの婚約者であるマルコは国内随一の商会の跡取り息子だ。一応貴族位も持っている成り上がり貴族というやつである。
マルコは不満げだったがソフィーが言うならと、マルコが経営する店舗の住み込み店員としてアンジェラを雇ってくれた。
アンジェラは本当にいいのかと一度は断ろうとしたが、一応きちんとアンジェラの素質を精査してのことらしい。
貴族御用達の店舗なので、貴族対応や目利きを見込まれて、だそうだ。
基本単純なアンジェラはその一言でやる気を出した。
そして、驚いたことに同じ店舗には見覚えのある人物もいた。以前、話したことのある情報通の元男子生徒だ。男爵令息らしいが三男だから実家では役に立てることがないと悩んでいたところを、マルコに才能を見込まれ勧誘されたらしい。彼も住み込み店員だそうだ。一瞬、頭の中に一つ屋根の下というワードが浮かぶ。
「え? なんでアンジェラさんが」
「わ、私も従業員として雇われたの。よろしくね」
「へあ、あ、はい」
「……そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。こうみえて、私本当にソフィー様に感謝しているんだから。これからは心を入れ替えて、ソフィー様のために尽くして頑張るって決めたのよ!」
「そ、そうなんですね! それと、べつに嫌がってませんから! これは緊張してるだけですっ。こ、こちらこそよろしくお願いします!」
頬を赤らめ、必死に否定する男爵令息。つられてアンジェラの頬も熱くなる。
けれど、すぐに我に返った。
――――これからはソフィー様第一! 仕事第一で生きていくんだから!
祖母の意志も関係なく、両親や家のしがらみも関係なく、アンジェラが自分で決めた道だ。
色々仕込んでくれた祖母に感謝はしているが、これからはその力の使いどころは自分で決める。
今のアンジェラにとって『結婚=幸せ』ではない。
アンジェラはアンジェラなりの幸せを見つけ、己の力で掴んでいくのだ。これはその為の一歩。
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