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五
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差し出されたのは白百合の花束。白百合の花言葉は「純潔」「無垢」「威厳」。聖女に渡すのにはぴったりの花だが……ステファニアはちらりと差し出してきた人物に目を向けた。
一見すると美少女と見間違いそうなほど容姿の整った美少年と目が合う。最近聖騎士になったばかりの少年だ。聞いたところによると神に忠誠を誓ったらしい。少年を教会につれてきた聖女は自分の専属にするつもりだったようで残念がっていた。だからだろう……おしゃべりな聖女達が最近彼のことばかり話している。
花束を受け取るべきか迷っていると、徐々に少年の表情が暗くなっていった。まるで捨てられた子犬のような顔でチラチラとステファニアを見上げてくる。――――うっ、そ、そんな目で見ないでちょうだいっ。
謎の罪悪感が湧いてきて、ステファニアは無意識に花束に手を伸ばした。
――――これが大人の男性からなら断っていたけれど……。深い意味はなさそうだしいいわよね。花に罪はないもの。ありがたくちょうだいしましょう。
少年の表情がぱっと明るくなる。
ステファニアの手が花束に触れる瞬間、横から伸びてきた手が花束をかっさらっていった。少年の口から「あ」という声が漏れる。
「こちらの花は、ステファニア様の専属聖騎士である私が、ステファニア様に代わって、活けさせてもらいますね」
「え、ええ。頼んだわよ。ロザンナ」
「はい」
微かに笑みを浮かべ頷くロザンナ。でも、目は笑っていない。ロザンナに気圧されたのか、受け取ってもらえたことで満足したのか、少年は何も言わず頭を下げると逃げ出すように去っていった。
結局……この白百合の花束はどういう意図でくれたのだろうか。聞けなかった。それどころか……
「名前を聞き忘れてしまったわ。今度確認しに行きましょう。聖騎士団長に聞けばいいかしら?」
「いえ。必要であれば私が確認しに行きます」
「そうね……他の聖女達に聞かれたら面倒なことになりそうだし……頼んでもいいかしら?」
「もちろんです。……ただ、わざわざ確認する必要もないかと思いますが」
「そんなことはないわ。こんなに立派な白百合をいただいたんだもの。お礼の言葉だけでも伝えないと……それとも止めておいた方がいい理由が何かあるの?」
「いえ……ステファニア様があの少年を新たな婚約者にしたいとおっしゃるなら止めませんが」
「?! そ、そんなはずないでしょう! あの少年と私とでは片手の指におさまらないくらい歳が離れているのよ?!」
「だからといって結婚対象にならない、ということはありません。俗世では年の離れた夫婦というのも珍しくありませんから」
「え、ええ? 深読みのしすぎじゃないかしら。相手はまだ子供よ?」
信じられないという顔のステファニアにロザンナは真剣な顔で諭す。
「ステファニア様、ご自分が婚約された時の年齢をお忘れで?」
「それは……で、でも、さすがに……ねえ?」
「ステファニア様。自覚してください。ステファニア様は世間一般では結婚相手としてかなりの優良物件なのです。あの少年がどういうつもりかはわかりませんが、警戒しておいて損はないのですよ。実際、ステファニア様を狙っている男性は多いのですから。今はまだ『聖女』という肩書が防波堤になってくれていますが、その防波堤がなくなれば一斉に言い寄ってくるでしょう。飴に群がる虫のように、求婚者が」
わらわら飴に群がる虫を想像して、ぞっとした。肩を撫でながら震える。ようやく理解してくれたかとロザンナは嘆息した。そして、ステファニアに優しく微笑みかける。
「安心してください。ステファニア様に群がる害虫はこの剣でたたっきってやりますから」
「た、頼もしいわね。でも、手加減はしてあげてね」
話がきりのいいところで終わったので、二人並んで歩き始める。白百合を部屋に飾る為に自室へと向かう。その時、パタパタと走る音が聞こえてきた。息を切らし、姿を現したのはシモーナだ。
普段走ることなどないシモーナが珍しいと目を瞬かせる。
「どうしたの?」
ステファニアが聞けばシモーナは息も絶え絶えに話し始めた。
「きゅう、急患が、……でも、あの」
「急患がいるのね! ロザンナ、白百合をお願い。終わったら」
「すぐに向かいます」
シモーナが最後まで言うのを待たずにステファニアは行き先を医療支援棟へと変更した。ロザンナもすぐに動き出す。
「さあ、行きましょうシモーナ」
「でも、あのステファニア様っ」
「どうしたの?」
「っ……」
言葉に詰まるシモーナ。
「急患がいるのでしょう?」
「はい。ですが、その方がその、」
急患にもかかわらずシモーナがステファニアに任せるのをためらう相手。というより、診ることすらためらう相手なのかもしれない。ステファニアの頭に浮かんだのは一人の男性。気づけばステファニアは駆けだしていた。
「医療支援棟にいるのよね?」
「は、はい!」
すれ違う人々が驚いたように振り返るが気にはしていられない。ロザンナを待つ余裕もなかった。
医療支援棟には数名の聖女が入り口を塞ぐように立っていた。
「どいてちょうだい」
「どきません。彼はステファニア様に助けてもらう資格はありません。本来は教会を頼ることも許されない人です。私達がなんとかしますからステファニア様はお戻りください」
「いいえ。私が診ます。あなた達だけでは……シモーナでもどうにもならなかったから彼はここにいるのでしょう?」
痛い言葉だったのだろう。聖女達は口を閉ざす。
「お願い。お願いだからそこをどいてちょうだい」
「他でもないステファニア様がこう言っているのです。……そこをどきなさい」
ステファニアの前に立って、シモーナが命令する。この中で一番小さいはずのシモーナの背中が、今はとても大きく見えた。入口を塞いでいた聖女達が目と目を合わせ、下がっていく。
ベッドの上、ルカはまるで死人のような顔で横になっていた。恐る恐る手に触れ、ホッと息を吐いた。体温はかなり下がっているし、脈は遅くなっているが、生きている。よかった。
気持ちを切り替え、顔を、全身を確認する。
「栄養失調と睡眠不足、それに過労かしら。シモーナが見た時には他の症状はあった?」
「ありません。診察内容も一緒です。自宅で倒れたらしいので事件性も低いかと」
「そう。それなのに、なぜこんな……」
以前会った時とは悪い意味で別人だ。まさかルカの両親がと思い、いくらなんでもそれはありえないと否定する。
シモーナが施した癒しの力で安眠状態に入っているので睡眠不足は解消されるだろうが、他の症状が問題だ。
「これは……私にも、難しいかもしれないわね」
病気や怪我ならともかく、栄養失調、過労というのは聖女の力で治すのは難しい。睡眠不足にしても根本的な問題の解決には至っていない。
「ねえ、シモーナ」
「はい」
「そういえば、ルカ、卿はどうして、というかどうやってここに運ばれてきたの?」
「それは」
「俺が運んできたんだ」
「アルベルト様? いったい今までどちらに」
「ちょっと必要なものを買いにな」
「これ、ですか?」
アルベルトから受け取った袋の中を覗く。中に入っていたのは見覚えのあるような、ないような物だった。横からアルベルトの太い腕が伸びてきて、中から一つずつ取り出しながら教えてくれる。
「この細長いレンガの塊みたいなやつが冒険者の間では有名な『エネルギーバー』。所謂、栄養たっぷりの携帯食だな。それと、こいつは『疲労回復ドリンク』。名前の通り疲労を回復してくれるドリンクだ」
「なんと、そんな便利なものがあるのですね」
「ああ。冒険中だとどうしてもルカみたいに無茶しないといけない状況になることがあるからな」
「はあ。冒険者とはそんなに大変なのですね……っていうかそこまでわかっているのなら何故ルカ卿がこんな風になるまで放っておいたのですか?!」
「うーん、耳が痛い。いや、一応俺らもルカに忠告はしたんだぞ。このままだと倒れるぞって。でもルカもお年頃、というか反抗期っていうやつなのか言うことを聞かなくてだな~。……まあ、本当の理由は違うんだろうけど。とにかく、俺達にはどうしようもなかったんだって」
「それは……でも、このバーとドリンクだけでも渡していれば倒れることはなかったのでは?」
「それも渡したんだよ。でもなあこれってクソ不味いんだよ。とうていお貴族様が食うもんじゃないんだ。だからこそ、冒険者の間でしか流行ってないんだろうけど。……案の定ルカの口には全く受け付けなくてな。贅沢なやつだ」
「……」
つっこみどころが多すぎて何も言えずに黙っていると、手に持っているバーとドリンクを指さされた。
「だから、ルカが起きたらステファニアが無理やり口につっこんでやってくれ。そうすればさすがのあいつも食べるだろうから」
「え? いや、それはアルベルト様がやればいいのでは?」
「むさくるしい兄から食べさせられるのと、女神のような聖女様から食べさせてもらうのとどちらがいいと思う?」
「それは……いえ、でも私は」
ルカのタイプではないので無理だと思う。シモーナならと視線を向けたが勢いよく首を横に振られてしまった。
「いっそのことジュリア様をここに呼んで看病を」
「止め、て。ジュリアを呼ぶくらいなら、自分で、食べるかっコホッコホッ」
「ルカ?! ちょ、ちょっとまってちょうだい。お水を」
「あ、りがと」
水の入ったコップを渡す。さすがに寝起きにあのドリンクは可哀相だ。ルカは水を一気に飲み干した。生き返ったような息を吐き出す。
「迷惑をかけてごめんね」
「いえ……って何をしているのですか?!」
申し訳なさそうに謝ったかと思うと、ルカはおもむろに立ち上がった。案の定、足に力が入らず、こけそうになり、アルベルトに支えられている。
「これ以上迷惑をかけるわけにはいかないから帰ろうとしたんだけど……思ったよりも身体に力が入らないや」
「当たり前です! アルベルト様、ルカをもう一度寝かしつけてください!」
「おう」
「あ、ちょっと」
「いいですかルカ」
「は、はい」
「あなたは今まともに動ける状態ではないのです。ですから、私がいいというまではここで大人しくしていてください」
「え、い、いいの?!」
ルカの目が輝き、ステファニアは怯む。わざとらしい咳ばらいをして頷いた。
「仕方ありませんからね。ただし、食事の準備はアルベルト様、頼みましたよ」
「おう。明日も持ってくるからきちんと食べろよ」
「え、まさか、持ってくるってアレを?」
「先程、自分で食べると言いましたよね? 食べ終わるまで見張っていますからね。さあ、食べたら寝てください」
「は、はい」
苦しみながら食事をすませたルカにステファニアは癒しの力を使い、眠りに誘う。数秒後には寝息が聞こえてきた。
完全に寝たのを確認し、皆部屋を出る。アルベルトは家で待っている両親に報告するからと足早に帰って行った。見送る暇もなかった。
「よかったのですか?」
いつからいたのだろう。ロザンナが後ろから声をかけてきた。
ロザンナが何を言いたいのかわかっている。ステファニアがルカを許したことは先程の聖女達の口から聖職者達へと広まったのだろう。もしかしたらプリモ大司教の耳にももう届いているかもしれない。
ステファニアは深呼吸をした後、振り向いた。
「ええ。あそこで見放したら絶対に後悔していたもの」
他の聖女達からは許すのが早すぎると怒られるかもしれない。というか、怒られるだろう。でも、それでも後悔はしない。
あの時、ルカの裏切りに傷ついたのは本当。でも、今は納得している部分もある。なにより、ルカの苦しんでいる顔など見たくないのだ。私が。
◇
その夜、ステファニアはプリモ大司教に呼び出された。きっと、ルカのことだろうとお叱りを受ける覚悟で向かう。けれど、その覚悟は無駄になった。
「え? 王城で開かれるパーティーにゲストとして筆頭聖女が呼ばれているのですか?」
「そう。しかも、ご指名で、です」
「それはいったいなぜ」
「さあ、あの方の考えていることは私にもわかりませんから。ああ、服装は正装でいいとのことです。それと……パートナーにはアルベルト様をと」
「アルベルト様? 私は『聖女』として呼ばれたのでは……パートナーが必要ならば、プリモ大司教かロザンナが妥当ですよね? それなのになぜアルベルト様が……それもご指名なのですか?」
「ええ。そうなのです」
本当にわからないのだろう。プリモ大司教も困惑した顔になっている。きっと私も同じような顔をしているだろう。
「わかりました」
わからないことだらけだが、ステファニアはそう返すしかなかった。
一見すると美少女と見間違いそうなほど容姿の整った美少年と目が合う。最近聖騎士になったばかりの少年だ。聞いたところによると神に忠誠を誓ったらしい。少年を教会につれてきた聖女は自分の専属にするつもりだったようで残念がっていた。だからだろう……おしゃべりな聖女達が最近彼のことばかり話している。
花束を受け取るべきか迷っていると、徐々に少年の表情が暗くなっていった。まるで捨てられた子犬のような顔でチラチラとステファニアを見上げてくる。――――うっ、そ、そんな目で見ないでちょうだいっ。
謎の罪悪感が湧いてきて、ステファニアは無意識に花束に手を伸ばした。
――――これが大人の男性からなら断っていたけれど……。深い意味はなさそうだしいいわよね。花に罪はないもの。ありがたくちょうだいしましょう。
少年の表情がぱっと明るくなる。
ステファニアの手が花束に触れる瞬間、横から伸びてきた手が花束をかっさらっていった。少年の口から「あ」という声が漏れる。
「こちらの花は、ステファニア様の専属聖騎士である私が、ステファニア様に代わって、活けさせてもらいますね」
「え、ええ。頼んだわよ。ロザンナ」
「はい」
微かに笑みを浮かべ頷くロザンナ。でも、目は笑っていない。ロザンナに気圧されたのか、受け取ってもらえたことで満足したのか、少年は何も言わず頭を下げると逃げ出すように去っていった。
結局……この白百合の花束はどういう意図でくれたのだろうか。聞けなかった。それどころか……
「名前を聞き忘れてしまったわ。今度確認しに行きましょう。聖騎士団長に聞けばいいかしら?」
「いえ。必要であれば私が確認しに行きます」
「そうね……他の聖女達に聞かれたら面倒なことになりそうだし……頼んでもいいかしら?」
「もちろんです。……ただ、わざわざ確認する必要もないかと思いますが」
「そんなことはないわ。こんなに立派な白百合をいただいたんだもの。お礼の言葉だけでも伝えないと……それとも止めておいた方がいい理由が何かあるの?」
「いえ……ステファニア様があの少年を新たな婚約者にしたいとおっしゃるなら止めませんが」
「?! そ、そんなはずないでしょう! あの少年と私とでは片手の指におさまらないくらい歳が離れているのよ?!」
「だからといって結婚対象にならない、ということはありません。俗世では年の離れた夫婦というのも珍しくありませんから」
「え、ええ? 深読みのしすぎじゃないかしら。相手はまだ子供よ?」
信じられないという顔のステファニアにロザンナは真剣な顔で諭す。
「ステファニア様、ご自分が婚約された時の年齢をお忘れで?」
「それは……で、でも、さすがに……ねえ?」
「ステファニア様。自覚してください。ステファニア様は世間一般では結婚相手としてかなりの優良物件なのです。あの少年がどういうつもりかはわかりませんが、警戒しておいて損はないのですよ。実際、ステファニア様を狙っている男性は多いのですから。今はまだ『聖女』という肩書が防波堤になってくれていますが、その防波堤がなくなれば一斉に言い寄ってくるでしょう。飴に群がる虫のように、求婚者が」
わらわら飴に群がる虫を想像して、ぞっとした。肩を撫でながら震える。ようやく理解してくれたかとロザンナは嘆息した。そして、ステファニアに優しく微笑みかける。
「安心してください。ステファニア様に群がる害虫はこの剣でたたっきってやりますから」
「た、頼もしいわね。でも、手加減はしてあげてね」
話がきりのいいところで終わったので、二人並んで歩き始める。白百合を部屋に飾る為に自室へと向かう。その時、パタパタと走る音が聞こえてきた。息を切らし、姿を現したのはシモーナだ。
普段走ることなどないシモーナが珍しいと目を瞬かせる。
「どうしたの?」
ステファニアが聞けばシモーナは息も絶え絶えに話し始めた。
「きゅう、急患が、……でも、あの」
「急患がいるのね! ロザンナ、白百合をお願い。終わったら」
「すぐに向かいます」
シモーナが最後まで言うのを待たずにステファニアは行き先を医療支援棟へと変更した。ロザンナもすぐに動き出す。
「さあ、行きましょうシモーナ」
「でも、あのステファニア様っ」
「どうしたの?」
「っ……」
言葉に詰まるシモーナ。
「急患がいるのでしょう?」
「はい。ですが、その方がその、」
急患にもかかわらずシモーナがステファニアに任せるのをためらう相手。というより、診ることすらためらう相手なのかもしれない。ステファニアの頭に浮かんだのは一人の男性。気づけばステファニアは駆けだしていた。
「医療支援棟にいるのよね?」
「は、はい!」
すれ違う人々が驚いたように振り返るが気にはしていられない。ロザンナを待つ余裕もなかった。
医療支援棟には数名の聖女が入り口を塞ぐように立っていた。
「どいてちょうだい」
「どきません。彼はステファニア様に助けてもらう資格はありません。本来は教会を頼ることも許されない人です。私達がなんとかしますからステファニア様はお戻りください」
「いいえ。私が診ます。あなた達だけでは……シモーナでもどうにもならなかったから彼はここにいるのでしょう?」
痛い言葉だったのだろう。聖女達は口を閉ざす。
「お願い。お願いだからそこをどいてちょうだい」
「他でもないステファニア様がこう言っているのです。……そこをどきなさい」
ステファニアの前に立って、シモーナが命令する。この中で一番小さいはずのシモーナの背中が、今はとても大きく見えた。入口を塞いでいた聖女達が目と目を合わせ、下がっていく。
ベッドの上、ルカはまるで死人のような顔で横になっていた。恐る恐る手に触れ、ホッと息を吐いた。体温はかなり下がっているし、脈は遅くなっているが、生きている。よかった。
気持ちを切り替え、顔を、全身を確認する。
「栄養失調と睡眠不足、それに過労かしら。シモーナが見た時には他の症状はあった?」
「ありません。診察内容も一緒です。自宅で倒れたらしいので事件性も低いかと」
「そう。それなのに、なぜこんな……」
以前会った時とは悪い意味で別人だ。まさかルカの両親がと思い、いくらなんでもそれはありえないと否定する。
シモーナが施した癒しの力で安眠状態に入っているので睡眠不足は解消されるだろうが、他の症状が問題だ。
「これは……私にも、難しいかもしれないわね」
病気や怪我ならともかく、栄養失調、過労というのは聖女の力で治すのは難しい。睡眠不足にしても根本的な問題の解決には至っていない。
「ねえ、シモーナ」
「はい」
「そういえば、ルカ、卿はどうして、というかどうやってここに運ばれてきたの?」
「それは」
「俺が運んできたんだ」
「アルベルト様? いったい今までどちらに」
「ちょっと必要なものを買いにな」
「これ、ですか?」
アルベルトから受け取った袋の中を覗く。中に入っていたのは見覚えのあるような、ないような物だった。横からアルベルトの太い腕が伸びてきて、中から一つずつ取り出しながら教えてくれる。
「この細長いレンガの塊みたいなやつが冒険者の間では有名な『エネルギーバー』。所謂、栄養たっぷりの携帯食だな。それと、こいつは『疲労回復ドリンク』。名前の通り疲労を回復してくれるドリンクだ」
「なんと、そんな便利なものがあるのですね」
「ああ。冒険中だとどうしてもルカみたいに無茶しないといけない状況になることがあるからな」
「はあ。冒険者とはそんなに大変なのですね……っていうかそこまでわかっているのなら何故ルカ卿がこんな風になるまで放っておいたのですか?!」
「うーん、耳が痛い。いや、一応俺らもルカに忠告はしたんだぞ。このままだと倒れるぞって。でもルカもお年頃、というか反抗期っていうやつなのか言うことを聞かなくてだな~。……まあ、本当の理由は違うんだろうけど。とにかく、俺達にはどうしようもなかったんだって」
「それは……でも、このバーとドリンクだけでも渡していれば倒れることはなかったのでは?」
「それも渡したんだよ。でもなあこれってクソ不味いんだよ。とうていお貴族様が食うもんじゃないんだ。だからこそ、冒険者の間でしか流行ってないんだろうけど。……案の定ルカの口には全く受け付けなくてな。贅沢なやつだ」
「……」
つっこみどころが多すぎて何も言えずに黙っていると、手に持っているバーとドリンクを指さされた。
「だから、ルカが起きたらステファニアが無理やり口につっこんでやってくれ。そうすればさすがのあいつも食べるだろうから」
「え? いや、それはアルベルト様がやればいいのでは?」
「むさくるしい兄から食べさせられるのと、女神のような聖女様から食べさせてもらうのとどちらがいいと思う?」
「それは……いえ、でも私は」
ルカのタイプではないので無理だと思う。シモーナならと視線を向けたが勢いよく首を横に振られてしまった。
「いっそのことジュリア様をここに呼んで看病を」
「止め、て。ジュリアを呼ぶくらいなら、自分で、食べるかっコホッコホッ」
「ルカ?! ちょ、ちょっとまってちょうだい。お水を」
「あ、りがと」
水の入ったコップを渡す。さすがに寝起きにあのドリンクは可哀相だ。ルカは水を一気に飲み干した。生き返ったような息を吐き出す。
「迷惑をかけてごめんね」
「いえ……って何をしているのですか?!」
申し訳なさそうに謝ったかと思うと、ルカはおもむろに立ち上がった。案の定、足に力が入らず、こけそうになり、アルベルトに支えられている。
「これ以上迷惑をかけるわけにはいかないから帰ろうとしたんだけど……思ったよりも身体に力が入らないや」
「当たり前です! アルベルト様、ルカをもう一度寝かしつけてください!」
「おう」
「あ、ちょっと」
「いいですかルカ」
「は、はい」
「あなたは今まともに動ける状態ではないのです。ですから、私がいいというまではここで大人しくしていてください」
「え、い、いいの?!」
ルカの目が輝き、ステファニアは怯む。わざとらしい咳ばらいをして頷いた。
「仕方ありませんからね。ただし、食事の準備はアルベルト様、頼みましたよ」
「おう。明日も持ってくるからきちんと食べろよ」
「え、まさか、持ってくるってアレを?」
「先程、自分で食べると言いましたよね? 食べ終わるまで見張っていますからね。さあ、食べたら寝てください」
「は、はい」
苦しみながら食事をすませたルカにステファニアは癒しの力を使い、眠りに誘う。数秒後には寝息が聞こえてきた。
完全に寝たのを確認し、皆部屋を出る。アルベルトは家で待っている両親に報告するからと足早に帰って行った。見送る暇もなかった。
「よかったのですか?」
いつからいたのだろう。ロザンナが後ろから声をかけてきた。
ロザンナが何を言いたいのかわかっている。ステファニアがルカを許したことは先程の聖女達の口から聖職者達へと広まったのだろう。もしかしたらプリモ大司教の耳にももう届いているかもしれない。
ステファニアは深呼吸をした後、振り向いた。
「ええ。あそこで見放したら絶対に後悔していたもの」
他の聖女達からは許すのが早すぎると怒られるかもしれない。というか、怒られるだろう。でも、それでも後悔はしない。
あの時、ルカの裏切りに傷ついたのは本当。でも、今は納得している部分もある。なにより、ルカの苦しんでいる顔など見たくないのだ。私が。
◇
その夜、ステファニアはプリモ大司教に呼び出された。きっと、ルカのことだろうとお叱りを受ける覚悟で向かう。けれど、その覚悟は無駄になった。
「え? 王城で開かれるパーティーにゲストとして筆頭聖女が呼ばれているのですか?」
「そう。しかも、ご指名で、です」
「それはいったいなぜ」
「さあ、あの方の考えていることは私にもわかりませんから。ああ、服装は正装でいいとのことです。それと……パートナーにはアルベルト様をと」
「アルベルト様? 私は『聖女』として呼ばれたのでは……パートナーが必要ならば、プリモ大司教かロザンナが妥当ですよね? それなのになぜアルベルト様が……それもご指名なのですか?」
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本当にわからないのだろう。プリモ大司教も困惑した顔になっている。きっと私も同じような顔をしているだろう。
「わかりました」
わからないことだらけだが、ステファニアはそう返すしかなかった。
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