初めてのリアルな恋

黒木メイ

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二十五

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 華恋の両親との顔合わせ当日。森は緊張した面持ちで華恋と供に指定されたレストランへ向かった。レストランを予約したのは華恋の両親だ。森も聞いたことのある有名な高級レストラン。場所が場所なので、社内イベントの時に健太から渡されたスーツを再び引っ張り出した。今日は華恋も高級感漂うワンピースに身を包んでいる。

 森はそっと華恋を横目で見た。着飾った華恋は……惚れた欲目かもしれないが、いつも以上に可愛い。上品さと美しさがプラスされ、一般人離れしたオーラを放っている。森は歩むスピードを華恋に合わせ、隣に並ぶと不躾な視線を向けて来る輩に眼を飛ばした。次々に視線を逸らしていく輩を見て鼻を鳴らす。
 華恋が森を見上げると、森はいつもどおりの表情で首を傾げたのだった。


 高級レストランはホテルの高層階にある。エレベーターを降りて、森は足を止めた。つられて華恋も足を止める。珍しく緊張した様子の森を見て、華恋は口を開いた。

「大丈夫、だよ」
 そう言って腕に手を添える。
「あ、ああ」森は頷き返した。

 レストラン入口で華恋がスタッフに苗字を告げる。スタッフの眉が一瞬だけぴくりと動いた。華恋の顔が曇る。が、すぐにいつも通りに戻った。

 予約席に通される中、最初に聞こえてきたのは女性の笑い声。次に聞こえてきたのは男性の甘い口説き文句。何を話しているかまでは聞こえないが、男女二人の雰囲気が甘いのは何となくわかった。――――華恋と二人でくるのもいいな。
 多少なりとも影響を受けた森がそんなことを考えていると、まさかの案内された先にその男女がいた。男女の席は異常に近い。もはやくっついているといってもいい。こういう店で見る光景ではない。

 ――――まさかこの二人が?
 思わず森は華恋を見た。華恋は気まずげな笑みを浮かべて頷いた。もう一度男女に視線を向ける。子供がいるようには到底見えない若々しい美男美女。
 衝撃的な事実に森が固まっていると、華恋が森の手を引いて席に座るよう促した。

 とはいえ、挨拶もまだなのに座ることはできない。

「あの、初めまして」

 けれど、二人から返事は返ってこなかった。華恋が森の名を呼ぶ。

「せっかく挨拶しようとしてくれたのにごめんね。この二人、自分達が満足するまでいちゃいちゃしてからじゃないと周りに目が向かないの。もう座っていいよ」
「いや、でも」

 森は横目で華恋の両親に視線を向ける。華恋は溜息を吐き、立ち上がると二人に近づいた。そして、無理やり二人の後頭部を掴むと強引に唇と唇を重ねさせる。あまりにも強引な口づけだ。森は驚いて目を丸くした。数秒経ってから手を放す。
 両親は互いの目を見て頬を染めていた。――――え、今のでいいんだ。
 森が呆気に取られていると華恋が二人に声をかけた。

「母さん。父さん」

 返事は無い。華恋は仕方なくもう一度呼びかける。

「ママ。パパ」

 その単語を聞いて華恋の両親はようやく華恋達に視線を向けた。
「あら、華恋。いつからいたの?」
「さっき。こちら、私がお付き合いしている森 英治さん」
「ああ。あなたが……」

 そう言って、華恋の母親が森をじっと見つめる。森は慌てて背筋を正した。

「華恋さんとお付き合いしています。森 英治、と申します」
「そう。よろしくね」

 にっこりと微笑む母親とは対照的に父親の目は鋭い。何も言わず、森のことを睨み続けている。やはり、娘の彼氏は気にくわないのか。どう話しかけたものかと悩んでいると華恋の母親が助け舟を出してくれた。

恋爾れんじ君のことは気にしないで座ってちょうだい」

 戸惑いながらも森は座った。華恋はすでに座っている。さて、きちんと挨拶をしなければ……という森の意気込みは早々に握り潰された。目の前の夫婦によって。

「でね。恋爾君ったらその女をばっさり振ったかと思ったら、大勢の人がいる前で私への愛を語り始めちゃったの。私、恥ずかしくて恥ずかしくて」
「そんなこと言いながら、蓮華れんげは喜んでいただろ?」
「そんなこと……あるけど」

 頬を染め、見つめ合う夫婦はどちらかというと『新婚』というか『カップル』と言った方がしっくりくる。
 森は眉間に皺を寄せていた。先程から華恋とのことを話す隙を窺っているのだが、そんな隙が一向に訪れない。ずーっと二人のターンが続いている。惚気が止まらない。次第にもしやこれは華恋とのことを認めないという意趣返しなのではと疑い始めた。

 が、隣に座っている華恋を見て違うようだと思いなおす。
 華恋はハイライトが消えた目でもくもくと食事を進めていた。その表情に既視感を覚える。心がざわついた。このままではいけない気がした。

「あのっ」

 思い切って二人の話を遮る。不愉快そうに恋爾の眉が上がった。蓮華が小首を傾げ、森を見る。森は真剣な表情で二人を見つめ返した。

「今日会っていただいたのは、お二人に挨拶をしたかったからです。自分は華恋さんと真剣にお付き合いをしていて、将来は結婚を」
「あら! いつ?」
「え? いや、まだ先のことなので」
「決まったら早めに教えてちょうだいね! 色々と準備しないといけないから。ああ楽しみだわ~どんな衣装にしようかしら。ヘアスタイルやネイルも、考えることがいっぱいだわ」
「どんな衣装でも蓮華なら着こなすことができるさ。でも、そうだね。せっかくなら僕と御揃いの衣装をオーダーメイドしに行くのはどうかな?」
「素敵! そうしましょう!」
「ああ」

 蓮華が恋爾に抱き着き、恋爾も蓮華を抱きしめ返す。森はその光景を唖然と見ていたが、恋爾と目が合い、睨みつけられ慌てて視線を逸らす。
 そして、気づいた。娘の彼氏だから睨まれていたわけではないと。蓮華に近よるなと威嚇されていたのだ。

 いやいや、なんでだ。と心の中で突っ込みを入れた森。
 口を閉ざした森の腕を華恋が引く。

「英治さん」
「どうし、た」

 引き寄せられ、頬に柔らかなものが触れる。それが華恋の唇だと気付くまで数秒かかった。
 固まった森の横で華恋が真っすぐに両親を見据える。

「こういうことだから。私達の邪魔をしないでね。詳しいことが決まったら連絡するから。後は二人で楽しんで」
「もちろんよ。私達程ではないけどなかなか絵になるわね。さすが私達の愛の結晶愛娘だわ」
「そうだな」

 うんうんと頷き合う二人を無視して立ち上がる華恋。森も腕を引かれ立ち上がった。

「それじゃあ」
「ええ。あ、華恋。もし喧嘩するようなことがあったらいつでも連絡してちょうだい。仲直りのコツを教えてあげるから」

 一度足を止めた華恋だったが、すぐに再び歩き始める。食事の途中だが、そのことについて指摘するものは誰もいない。このタイミングでの解散は皆が望んだことだった。森もそれを理解して華恋の後に続く。ただ、帰り際に少しだけ振り向いて後ろを見た。

 華恋の両親は……すでに華恋達のことなど忘れ、二人の世界に入りこんでいた。森の眉間に皺が寄る。

 森は華恋の手を握り直すと歩くスピードを速めた。この場から遠ざかる為に。
 二人は目的もなく歩き続け、気づけば人気のない道を歩いていた。華恋が足をぴたりと止め、森も合わせて足を止める。
 手を繋いだまま、華恋は森を見上げた。

「ごめんね」
「え?」
「びっくりしたでしょう?」

 その対象が、華恋の両親を指していることには気づいた。気づいたが、なんと返していいのかわからない。そんな森の心境を理解しているように華恋は苦笑した。

「昔からそうなの。あの二人にとって、大事なのは互いだけ。他人は……娘であるはずの私ですらあの二人にとっては邪魔者で」
「っそんなこと「でも私は慣れているから! ただ、英治さんに申し訳なくて。せっかく、挨拶したいって言ってくれたのに……あんな……ごめん」
「華恋は謝る必要ないだろう。挨拶したいっていうのだって俺の自己満足だ。むしろ、俺の我儘に付き合ってくれてありがとう」
「そんなこと」「これからは」

 珍しく言葉を被せてきた森に華恋は顔を上げる。森が真剣な目で華恋を見ていることに気づいて口を閉ざす。

「俺がいるから。華恋には俺がついているから」
「っ」

 泣くつもりなんてなかったのに、涙がこぼれ、頬を伝う。森はその涙を拭うでもなく、華恋を優しく抱き寄せた。森のスーツに華恋の涙が吸い込まれていく。涙どころか化粧がスーツにつきそうで慌てて離れようとしたが、森は許してくれなかった。諦めて森を抱きしめ返す。心がポカポカした。この瞬間、華恋はようやく自分だけの居場所を見つけた気がした。
 しばらく抱きしめ合った後、どちらともなくそっと身体を離す。手を繋ぎ、二人は森の家へ向かって歩き始めた。
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