3 / 59
1.The day before -前日-
*
しおりを挟む****
決意した瞬間、俺は走っていた。
どうしてそんなに懸命になっているのか自分でもわからないまま、右手に何かを持って一直線に駆けている。なのになかなか速くならない。
思うようにならない身体に苛ついて足元を見てみる。そして気が付いた。
歩幅が狭い。すごく狭い。
そういえば、目線もいつもより低い。
止まらない脚に腕に視線を向けると、どう考えても幼いそれだった。
自分の意志では止まらない脚。幼い身体。
何かが変だと冷静に考えると、思い当たることがあった。
(夢か?)
身体が縮んだ夢でも見ているのかもしれないと客観的に考える自分もいて、尚更『これは夢だ』と納得しながらも『俺』は何かを目指して走り続ける。
後ろから『転ぶわよ!』と制する声もした。今より若い母親の声だ。でも『俺』は振り返ることなくまっすぐ前を向いて気にする素振りはない。
(おいおいどんだけ頑張んだよ俺)
(汗だくじゃねーか)
自分でツッコミたいくらい『俺』の息はきれぎれで、汗も滝のように流れてバタバタと落ちていた。
よくよく見れば周りの景色に見覚えがあった。
右側に続く住宅街。1軒だけ蔦がはっている家は俺が覚えている限りずっと空家だ。お化け屋敷と昔近所の連中から怖れられていた。
反対側には老人会や少年団が使用する市営グラウンド。
(この道……)
間違いない。
この『子供の俺』は俺の実家へと向かっている。
『龍!落としてる!』
何度声をかけられても振り向かなかった『俺』がその言葉にぴたりと止まり、振り返った。
暑い気温の時によく見られるコンクリートの地面がジリジリと揺らいでいて、向こう側に記憶の彼方にある若い頃の母親が微かに見える。
呆れたように笑う口元がわかった。手に何やら持ち、ヒラヒラと左右に振っている。『俺』は叫んだ。
『あーーーーー!』
そしてまた駆けだす。今度は母親へ向かって。
違う、母親が手にしている『それ』に向かって。
(……何だ?紙?)
『かえして!』
『いや返してっておかしいでしょ、お母さんアンタが落としたやつ拾ってあげただけなんだけど』
『はやく!はやく!』
『はいはい。できれば拾ったお礼を言ってほしかったなー』
『はい!ありがと!』
(すげぇ適当だな俺)
不思議なもので、今の自分よりも偉そうな『俺』に苦笑しながら客観的に続きを見ている。
母親が手の指の間に挟みピラピラと揺らされていた『それ』をひったくるように奪った『俺』は、すぐさま踵を返してまた走り出した。
小さな『俺』が早く届けたいとはやる気持ちを抑えられないのが、今の俺にもわかった。
だってこの感覚、知ってる。
(……夢じゃねぇな)
言うならば過去視、みたいなやつか?
昔の事はあまり覚えていない。写真嫌いなのは昔から変わっていないし思い出話をするタイプでもない。多分男なんてそんなもんだろう。彼女が出来た時に小さい時の写真を見せてと言われない限り引っ張り出してくるもんでもない。
(でもこれ、覚えてる気がする)
幼稚園くらいの頃、確かに俺は〝それ〟を誰かに見せるために走った。
長細い色紙。あれはきっと短冊だ。幼稚園でもらってきた、短冊。
それだけじゃない。俺は何かにつけて、俺の大事な――――
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる