この感情を何て呼ぼうか

逢坂美穂

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2.the first day. -1日目-

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 感動の再会とはとても言えない表情を隠さず全開にした龍は、両手を大きく広げた莉依子をまるっと無視をしてがっしりとその片腕をホールドした。
 そのまま半ば引きずるように駅前の広場にあるベンチに莉依子を座らせ、むっつりとした不機嫌顔で見下ろして訊ねてくる。

「なんで来たんだよ。こんな急に」

 凄むような低い声。
 当然と言えば当然だが、予想していたよりだいぶ酷い表情だ。
 ちらりと龍の顔を確認し、ひとつため息をついてから莉依子は答える。

「……夏休みだから」
「ああ……。そういやーでかくなったなお前。高校生だっけ?」
「ひっど!『だっけ?』って何よ大体龍が」
「で?夏休みの高校生がわざわざな・に・し・に来たんだよ」

 龍は莉依子の言葉を遮り、腕を組み直して嫌味のように『何しに』を強調しながらため息をついた。
 莉依子は龍の笑った顔が大好きだ。
 目の前の龍からそれが明らかに遠のいているのを感じ、少しだけ後悔する。

「選択間違ったかな……」
「は?せんたく?」
「ううんこっちの話」
「何だよそれ」
 
 ひとりごちたつもりが聞こえていたらしい。
 更に眉間の皺を深くした龍は、語尾を強くした疑問形で念を押すように訪ねてきた。けれど莉依子はそれに答えることはできない。
 後戻りなんてことも、今更出来ない。
 顔を上げてぱちりと目のあった龍を見つめると、莉依子は自分なりにとびきりな笑顔を作り、お願いした。

「ねえ龍ちゃん」
「ちゃんはもうやめろよ」
「じゃあ龍くん」
「気持ち悪い」
「茶化さないでちゃんと聞いてってば」
「はいはい。で、何」
「あのね。3日間だけ泊めて」
「は?」
 
 龍の口がポカンと開いた。
 莉依子は思わずにんまりしてしまう。
 
 そう、その顔が見たかった。
 外ではクールを装っているけれど、本当はクールどころじゃない。
 変わっていない。昔から。
 
 思いの外大声が出てしまったことにたじろいだ様子の龍は周囲を見遣った後、莉依子の隣に腰を下ろす。
 龍は心底疲れた顔をして、ハアァアと長いため息を吐いた。

「お前さ……何言ってんのかわかってんの」
「わかってるよ。龍ちゃんこそわかってるの?」
「だ、ば、お前な?いくらお前でもそれは、てかだからちゃんはやめろって」
「ただの『隣のクソガキ』を泊めることに何か抵抗でも?龍にーちゃん?」

 ぐ、と喉をつまらせる龍を見ていると心底楽しい。
 ヒトをいじめて楽しい趣向は持ち合わせていなかったはずだけれども。これは楽しい。
 ああ忘れてたと莉依子は呟いて、人差し指を立て龍へと続ける。

「彼女がいるなら妹ってことにしといて。それならめんどくさくないでしょ」
「いねーから小細工はいらねえ」
「いないの?」
「うっせぇな傷を抉るな。ただでさえ昨日から落ちてんだよこっちは。……で?なんでこんなとこまで来たんだよ?肝心の質問に答えてねーんだけど」
「え?」

 目を見開くのは莉依子の番だった。龍を見つめ返す。
 眉間に皺を寄せたまま、莉依子を見つめている龍の顔にはクエスチョンマークが書いてあった。
 何を言っているんだろう。
 ここまで会いに来たことだけが理由を体現しているというのに。

「会いに来たんだよ、龍ちゃんに」

 とても単純で、ひどく切実だ。



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