19 / 59
2.the first day. -1日目-
**
しおりを挟む
「ちょ、龍ちゃ」
「風呂はためていい。あと濡れたまま出てくるな。以上」
莉依子が振り返る暇も与えないまま、龍は勢いよく浴室の扉を閉めた。
「……なんかまずかった?」
「まずいどころじゃねーだろ馬鹿者」
独り言のつもりが浴室に響いた莉依子の声に、龍は浴室の外で答える。
浴室の扉は擦り硝子のような曇ったものになっていて、向こう側にいる影は見えていてもはっきりとは見えないようになっていた。
脱衣所から見ても、莉依子がはっきり見えないということだ。
それでも龍が腕を組んでいる様子だけは察することが出来た。
「勝手なことしたらダメかなと思って聞きに行っただけなんだけど……」
龍に対する気遣いが足りなかったことに、莉依子は肩と声を落とす。
「了承を得ようとしたお前の行動は責めてない。けどな、さすがに裸のままはおかしいだろ」
「………ごめんなさい。ちょっと考え事しててぼーっとしてたっていうか」
「あと少しは拭け。あー……ここからあっちまでびっしょびしょだマジで」
「それはホントにごめん」
浴室に戻って来る途中、数回龍が足を滑らせかけていたのは莉依子にもわかっていた。
「……まあいい。俺が拭いとくから。お前はゆっくり風呂に浸かってこい」
「うん、ありがとう。……ごめんね龍ちゃん」
「もういいって。ゆっくりな」
「………うん」
扉の向こうの龍が何やら動き、今度は身を屈めた。
タオルを持って床を拭きだしたのだろう。莉依子が風呂に入ると言った時の龍はテレビを見ていたから、今回の事で勉強の邪魔はしなかっただろうけど、それでもやはり落ち込んでしまう。
下着を隠したところまではせっかく女の子としての恥じらいを保てていたのに、よりによって裸のまま龍の前に立ってしまった。
身を屈めている龍の影が遠くなっていく。
脱衣所を出て、廊下より向こうへと移動していく。
『龍もお風呂は大好きなんだよ』
ふと、お母さんがそんなことを言っていたなと思い出した。
お風呂嫌いの莉依子を少しでも入らせるために、『龍は好きだよ』と言っていたのだろう。それでも莉依子は好きになれなくて、逃げる毎日を繰り返していた。
浴槽側の蛇口がうまく捻られなかった莉依子は、シャワーのノズルを浴槽に突っ込んでお湯をため始めている。
「おしりくらいは入れるかな?」
思っていたよりお湯がたまっているのを確認して、莉依子は浴槽へと身を沈めた。
膝を抱えてもまだ腰まですら入っていないぬるま湯。
熱いお湯よりも落ち着いて、膝をもっと抱え込んだ。
『ほーら、このくらいなら気持ちいいでしょう?』
瞼を伏せるとまた蘇ってくる。
厳しくて優しい、お母さんの声。
莉依子に向かって伸ばされる温かくて大きな手。ほんの少しガサガサしているのは、毎日働いていたからだ。
全部全部、まるで昨日の事のように思い出せる。
『風呂嫌いだからって別に死ぬわけじゃないし。そんなカリカリせんでもいいだろ』
『またお父さんはそんな事言って』
『母さんが細かいんだろう?』
『清潔にしておくことは悪いことではないんだから、いいの』
『まったく……』
莉依子の身体がぬるま湯に浸りはじめウトウトし始めた時には、お父さんまで登場してきた。
どれもこれも全てが優しくて、莉依子の目元に水や湯ではないものが流れてきた。
「風呂はためていい。あと濡れたまま出てくるな。以上」
莉依子が振り返る暇も与えないまま、龍は勢いよく浴室の扉を閉めた。
「……なんかまずかった?」
「まずいどころじゃねーだろ馬鹿者」
独り言のつもりが浴室に響いた莉依子の声に、龍は浴室の外で答える。
浴室の扉は擦り硝子のような曇ったものになっていて、向こう側にいる影は見えていてもはっきりとは見えないようになっていた。
脱衣所から見ても、莉依子がはっきり見えないということだ。
それでも龍が腕を組んでいる様子だけは察することが出来た。
「勝手なことしたらダメかなと思って聞きに行っただけなんだけど……」
龍に対する気遣いが足りなかったことに、莉依子は肩と声を落とす。
「了承を得ようとしたお前の行動は責めてない。けどな、さすがに裸のままはおかしいだろ」
「………ごめんなさい。ちょっと考え事しててぼーっとしてたっていうか」
「あと少しは拭け。あー……ここからあっちまでびっしょびしょだマジで」
「それはホントにごめん」
浴室に戻って来る途中、数回龍が足を滑らせかけていたのは莉依子にもわかっていた。
「……まあいい。俺が拭いとくから。お前はゆっくり風呂に浸かってこい」
「うん、ありがとう。……ごめんね龍ちゃん」
「もういいって。ゆっくりな」
「………うん」
扉の向こうの龍が何やら動き、今度は身を屈めた。
タオルを持って床を拭きだしたのだろう。莉依子が風呂に入ると言った時の龍はテレビを見ていたから、今回の事で勉強の邪魔はしなかっただろうけど、それでもやはり落ち込んでしまう。
下着を隠したところまではせっかく女の子としての恥じらいを保てていたのに、よりによって裸のまま龍の前に立ってしまった。
身を屈めている龍の影が遠くなっていく。
脱衣所を出て、廊下より向こうへと移動していく。
『龍もお風呂は大好きなんだよ』
ふと、お母さんがそんなことを言っていたなと思い出した。
お風呂嫌いの莉依子を少しでも入らせるために、『龍は好きだよ』と言っていたのだろう。それでも莉依子は好きになれなくて、逃げる毎日を繰り返していた。
浴槽側の蛇口がうまく捻られなかった莉依子は、シャワーのノズルを浴槽に突っ込んでお湯をため始めている。
「おしりくらいは入れるかな?」
思っていたよりお湯がたまっているのを確認して、莉依子は浴槽へと身を沈めた。
膝を抱えてもまだ腰まですら入っていないぬるま湯。
熱いお湯よりも落ち着いて、膝をもっと抱え込んだ。
『ほーら、このくらいなら気持ちいいでしょう?』
瞼を伏せるとまた蘇ってくる。
厳しくて優しい、お母さんの声。
莉依子に向かって伸ばされる温かくて大きな手。ほんの少しガサガサしているのは、毎日働いていたからだ。
全部全部、まるで昨日の事のように思い出せる。
『風呂嫌いだからって別に死ぬわけじゃないし。そんなカリカリせんでもいいだろ』
『またお父さんはそんな事言って』
『母さんが細かいんだろう?』
『清潔にしておくことは悪いことではないんだから、いいの』
『まったく……』
莉依子の身体がぬるま湯に浸りはじめウトウトし始めた時には、お父さんまで登場してきた。
どれもこれも全てが優しくて、莉依子の目元に水や湯ではないものが流れてきた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる