この感情を何て呼ぼうか

逢坂美穂

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3.the second day. -2日目-

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 こんな短い距離で電車を乗り換えるなんて迷ったりしないの、と聞いたらただひと言、「田舎者」と龍は笑った。
 自分だってほんの2年前までその田舎者だったくせに、妙に都会者ぶるところが腹が立つ。
 
 ……でも落ち着かないものは落ち着かないよ。

 大きな声で言えない今、心の中で吐き出した。
 莉依子は先ほど乗り換えた時から、だんだんと息苦しさを覚えていた。
 そもそも人がたくさんいる場所が得意ではない。のびのびと手足を伸ばせてゆったりと昼寝ができる、龍の実家のまわりのような空気が性に合っている。
 
 だけど、ここは全てが狭い。 
 龍を待っていた時にも思ったけれど、まず空が狭い。誇らしげに並んだ高い建物はどれも綺麗だし立派で、思わず言葉を失った。
 でもそれ以上に、大好きな空が切り取られた程度にしか見えないことに驚いて、寂しかった。

 龍はここでひとりで暮らしていて、寂しくなったりしないのかな。

 すぐ目の前で揺れる背中を見つめながら、莉依子はそんなことを思っていた。
 電車の揺れは正直、思っていたよりずっと心地良いものだった。車があまり得意ではないから、ついて行く気にはなっていたものの乗り物というだけで腰が引ける思いは少しだけあった。 
 でも今は目を瞑っているとうっかり眠ってしまいそうだ。

「降りるぞ」

 ぷしゅうと扉が開いた瞬間歩き出してしまった龍を慌てて追いかけながら、莉依子は手を伸ばして龍のTシャツの裾を掴む。そうしないと絶対にはぐれてしまう、こんな人の多い場所。
 掴まれたことに気付いた龍は1度歩みを止めて莉依子を振り向く。そして黙ったままホームに降りると人の波に乗らないよう端へと寄り、振り向いた。
 一瞬何か言いたそうな顔をしたものの、不安な莉依子の心中を見抜いたらしい。
 小さくため息をついてまた前を向く。

「ほら」

 そして視線は前へと向けたまま、龍はぶっきらぼうに右手を差し出した。

「え?」

 予想外な龍の行動に莉依子は戸惑う。
 じっとしていると、差し出された手が焦れたように動いた。手招きをするように4本の指を折り曲げては広げる仕草を繰り返す。

 ここに手を置け、ということなのだろう。
 おそるおそるそれに従い、龍の手のひらに自分の手を重ねてみた。ハァと小さく息を吐く音が聞こえた気がしたのは多分気のせいではない。

「迷子になっても困るからな」

 言葉と同時に力強く握られた手をそのままに、龍は歩き出した。手を繋いでいるというよりはまるで『父に連れられている娘』もしくは『兄に連れられている妹』の図だ。
 まず、並んで歩いていない。ひっぱられている。しかも引きずられるように。
 歩幅を合わせてくれる優しさなんてものはヒトカケラもない。多分彼女にはもっと優しくする男の子なのに。
 別に特別な女の子みたいに扱われたいわけではないし相手が『幼馴染』ということを踏まえたら仕方ないとは思うけれど、相変わらずと言うか。
 そういえば昨日龍に会えた時も、名前を叫んで騒ぐ莉依子の腕を強引に掴んで甘さも何もない状態で引きずられていたっけ。

 ……それでも、すごく嬉しい。

 人波を慣れたように縫って歩く龍の背中を見つめながら、莉依子は微笑んだ。

 夢だったんだよね、こうやって手繋いで歩くの。
 誰にも言ったことがないけれど。
 言ったら笑われるから、言えるはずがなかったけれど。

 龍が大好きだ。大好きで大事で仕方がない。
 だからこそ、ここに来た。


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