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4.the last day. -3日目-
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龍がいつもより目を開いて見ている。
口を挟もうとしてもその余地のない莉依子の言葉に圧倒されるかのように唇を引き結んで、それでも何か思う所があるらしく時折唇を開きかけては、また閉じていた。
いつもの莉依子なら龍が話しだすのを待ったかもしれない。
けれども、今は止まれそうになかった。
「龍ちゃん。私とどのくらいぶりに会った?」
「……………2年ぶりくらい」
「そうだね。龍ちゃん、お酒飲めるようになったんだもんね」
「…………」
龍がハタチになったのは春だった。
成人式はまだ先だ。
さすがにその時は帰るだろうからその時まで待てばいいと、お父さんは言っていたけれど。
龍の誕生日の夜、いつものように晩酌をするお父さんの背中は寂しそうだった。
「……私ね、龍ちゃんが優しいままですごく嬉しかったんだよ」
「……なんだそれ」
「帰ってこないからわからなかったんだもん。ここんとこずっとお母さんからの電話にも出ないし、声も聞けなくなってたから」
「…………」
「やっぱりずっと寂しかったよ。私も。……お母さんたちも」
意を決したように、莉依子は抱えた膝に埋もれつつあった顔を上げた。そして龍を見る。
龍が思わず返事を失ってしまったほど真剣な顔で、莉依子は続けた。
「ねえ龍ちゃん。勉強もバイトも忙しいのわかるし、友達とだって遊ぶんだろうし、毎日おうちに連絡してとは言わない。鬱陶しいって思うのもわかる。でも、忘れないでね。龍ちゃんが当たり前にあると思ってるものはずっとは続かないってことだけは、絶対に忘れないで」
電話台の前で佇む龍の母親の姿が莉依子の頭から離れたことはない。
年頃だし仕方ないわよね、成長の証よ、なんて笑ってくれるような母親が龍には居る。
それだけは忘れないでいてほしかった。
心の片隅に置いておいてくれていたら、きっと態度だって自然と変わってくるはずなのだから。
「………そんなこと、わかってる……」
しばらくの沈黙の後何かを堪えるように呟いた龍の声は、とても低かった。
「………色々言ってごめんね。優しいままで嬉しかったから、その優しいところを少しだけおうちのみんなにも見せてあげてほしいなって、そう思ったんだ」
莉依子だけが理解したところで仕方ない。
いくら伝えようと思ったところで限界があるのだ。何よりもう、限界が近い。
「………優しくなんて、ねぇけどな……」
「優しいよ」
即座に返答した莉依子に、龍は視線を投げる。
そしてもう1度深くため息を吐くと体勢を戻し、机の上に広げたテキストとノートを乱暴気味に閉じた。
莉依子は慌てた。
説教まがいのこと―――もう説教と言っていいだろう。結局自分が説教をしたことで龍の勉強を邪魔をしてしまったのかと今更ながら慌てて、抱えた膝を解いた。
そして筆記用具までも片付け始めた龍の腕を掴む。
「お、怒った?」
「……は?なんでだよ」
答える龍の顔はあくまで淡々としていて、いつもと変わらない。
変わらないからこそ莉依子には堪えた。
「だってお勉強の邪魔しちゃったし龍ちゃんやめちゃったし、あの……うるさいこと言ってごめんなさい」
間違ったことは言っていないと信じている。
だけど、龍の纏う空気が変わることに対して莉依子はとても敏感だ。
しょげて肩と頭を下げてしまった莉依子をじっと見ていた龍は、先程のため息を繰り返す。
莉依子は耳で捉えたそれに即座に反応し、ますます顔をあげられなくなってしまった。
―――間違ったことは何ひとつ言ってないけど、人に伝えるのは難しい。
わかってくれるって信じてるけど、信じてるよって気持ちを押し付けるのも嫌だ。
唇を噛みしめていると、龍の手が莉依子の頭にそっと置かれた。
最初は優しかったそれがだんだん強くなり、ぐしゃぐしゃと髪が掻きまわされる。
口を挟もうとしてもその余地のない莉依子の言葉に圧倒されるかのように唇を引き結んで、それでも何か思う所があるらしく時折唇を開きかけては、また閉じていた。
いつもの莉依子なら龍が話しだすのを待ったかもしれない。
けれども、今は止まれそうになかった。
「龍ちゃん。私とどのくらいぶりに会った?」
「……………2年ぶりくらい」
「そうだね。龍ちゃん、お酒飲めるようになったんだもんね」
「…………」
龍がハタチになったのは春だった。
成人式はまだ先だ。
さすがにその時は帰るだろうからその時まで待てばいいと、お父さんは言っていたけれど。
龍の誕生日の夜、いつものように晩酌をするお父さんの背中は寂しそうだった。
「……私ね、龍ちゃんが優しいままですごく嬉しかったんだよ」
「……なんだそれ」
「帰ってこないからわからなかったんだもん。ここんとこずっとお母さんからの電話にも出ないし、声も聞けなくなってたから」
「…………」
「やっぱりずっと寂しかったよ。私も。……お母さんたちも」
意を決したように、莉依子は抱えた膝に埋もれつつあった顔を上げた。そして龍を見る。
龍が思わず返事を失ってしまったほど真剣な顔で、莉依子は続けた。
「ねえ龍ちゃん。勉強もバイトも忙しいのわかるし、友達とだって遊ぶんだろうし、毎日おうちに連絡してとは言わない。鬱陶しいって思うのもわかる。でも、忘れないでね。龍ちゃんが当たり前にあると思ってるものはずっとは続かないってことだけは、絶対に忘れないで」
電話台の前で佇む龍の母親の姿が莉依子の頭から離れたことはない。
年頃だし仕方ないわよね、成長の証よ、なんて笑ってくれるような母親が龍には居る。
それだけは忘れないでいてほしかった。
心の片隅に置いておいてくれていたら、きっと態度だって自然と変わってくるはずなのだから。
「………そんなこと、わかってる……」
しばらくの沈黙の後何かを堪えるように呟いた龍の声は、とても低かった。
「………色々言ってごめんね。優しいままで嬉しかったから、その優しいところを少しだけおうちのみんなにも見せてあげてほしいなって、そう思ったんだ」
莉依子だけが理解したところで仕方ない。
いくら伝えようと思ったところで限界があるのだ。何よりもう、限界が近い。
「………優しくなんて、ねぇけどな……」
「優しいよ」
即座に返答した莉依子に、龍は視線を投げる。
そしてもう1度深くため息を吐くと体勢を戻し、机の上に広げたテキストとノートを乱暴気味に閉じた。
莉依子は慌てた。
説教まがいのこと―――もう説教と言っていいだろう。結局自分が説教をしたことで龍の勉強を邪魔をしてしまったのかと今更ながら慌てて、抱えた膝を解いた。
そして筆記用具までも片付け始めた龍の腕を掴む。
「お、怒った?」
「……は?なんでだよ」
答える龍の顔はあくまで淡々としていて、いつもと変わらない。
変わらないからこそ莉依子には堪えた。
「だってお勉強の邪魔しちゃったし龍ちゃんやめちゃったし、あの……うるさいこと言ってごめんなさい」
間違ったことは言っていないと信じている。
だけど、龍の纏う空気が変わることに対して莉依子はとても敏感だ。
しょげて肩と頭を下げてしまった莉依子をじっと見ていた龍は、先程のため息を繰り返す。
莉依子は耳で捉えたそれに即座に反応し、ますます顔をあげられなくなってしまった。
―――間違ったことは何ひとつ言ってないけど、人に伝えるのは難しい。
わかってくれるって信じてるけど、信じてるよって気持ちを押し付けるのも嫌だ。
唇を噛みしめていると、龍の手が莉依子の頭にそっと置かれた。
最初は優しかったそれがだんだん強くなり、ぐしゃぐしゃと髪が掻きまわされる。
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