この感情を何て呼ぼうか

逢坂美穂

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5.Next day. -翌日-

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 か、ぞ、く?
 今、間違いなく彼は家族って言った。
 私はこのおうちの家族になっても、いいの?
 すると私が返事をしたと思ったのか、全く同じように彼も首を傾けて、また嬉しそうに笑った。
 彼の後ろからお母さんの笑い声が聞こえる。

「やあねぇ龍。りいこちゃんは書けないでしょ」
「ぼくがかわりにかいてあげるの!」
「お父さんにはあげないの?待ってるよ」
「だめ! おかあさんとおとうさんのはぼくのおりがみでつくってあげるから! これはりいこにもってかえってきたの!!」
「本当にもう……」

 お母さんはため息をついているけれど、顔は笑っている。
 とても嬉しそうだ。
 今日はお父さんもお休みだし、とてもいい日で私は嬉しい。
 彼はというと、ぷくりと小さな頬をめいっぱい膨らませてお母さんを睨んでからもう一度私へと向いた。
 またお日さまみたいに笑う。

「ねえ、りいこはなんてかこう? おねがいごと、かなうといいね」






 龍はそういう子だった。
 優しくて、とにかく優しくて。
 思い出すだけで自然と口元が緩んだ。
  不思議と上手に扱える人の手に龍の筆箱から失敬したペンを持った瞬間に思い出したのは、幼い頃の優しい想い出。
 龍と会話ができて、龍に触れて、龍にお手紙を書ける日がくるだなんて、あの頃の私は思ってもいないだろう。

 ……最期になんて書こうかな。
 やっぱり、ありがとうはたくさん伝えたい。

 あの不思議な長細い紙を「短冊」と呼ぶことを知ったのはずっと後のことだけれど、今私が短冊に願いを書けるなら何て書こうと、ふと思う。

 もっと生きたい?
 もっとこのままでいたかった?

 自問自答を繰り返して首を振る。

 そんなことはもう、いい。
 私は充分だ。充分、倖せだったのだから。

 今私が願う事は、ただひとつ。

 龍がいつでもしあわせでありますように。
 龍がいつでも、笑っていられますように。





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