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3 近くて遠い

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 どうやって帰ったのか、よく覚えてない。
 コートを着たこともマフラーを巻いたことも靴をはいたことも覚えていない。
 気が付いたらマンションの、うちのドアの前に立っていた。
 外はとっくに暗くなっていて、マンションの廊下についてる灯に蛾が集まっていた。
 途中までユキがいたような気がしたけど、何を話したのか、そもそも話をしたのかももう覚えてない。
 3つ隣のドアにユキが入って行ったのかも、わからない。
 用があるとか言ってような気がするから、途中で分かれた気もしないでもない。
 全部わからない。
 友達に嫌われるのがこんなにショックだったなんて、自分が1番びっくりしてる。
 でもわかった。
 いつもヘラヘラ笑って適当に都合いいことばっか言って、決まったグループに入るのが嫌だとかカッコつけてその場その場を流してきたから、今私はこうなってるんだってこと。
 
「……あれ」
 
 ぼんやりした頭で鞄から取り出した鍵をさしこんで回すと、抵抗なく回った。
 
「もう帰ってる……?」
 
 ゆっくりドアをあけると、登校する時にはとっくになくなってたベージュのパンプスが綺麗に揃えて並べてある。
 ローファーを片足ずつ玄関に落としながら家に入った。

「汐里ちゃん?」
 
 名前を呼びながら廊下を進んで1番奥のリビングに辿り着くと、会社の制服のままの汐里ちゃんがソファに横になって眠っていた。
 いつも着替えないまま部屋中フラフラする私に「せめてジャケットだけでも脱いでハンガーにかけなさい。スカートのプリーツだってよれるよ」ってうるさいのは汐里ちゃんなのに。
 汐里ちゃんが働くようになって6年くらい経つけど、こんな格好、初めて見た。
 こんな時間に帰ってるのも珍しいし、もしかしたら体調が悪いのかもしれない。
 そう思って足音を立てないように汐里ちゃんに近付いて、ソファの横に膝をつく。
 斜めに流した汐里ちゃんの前髪にそっと手をさしこんで体温をみてみた。あったかいどころか、普通に冷たい。
 
「全然熱くないし」
「……ん……」
 
 綺麗にコームがかかってる睫毛が震えたと思ったら、汐里ちゃんの目がぱっちりと開いた。
 やばい、起こした。
 私は手を汐里ちゃんのおでこに当てたまま固まって、どうにか笑おうとする。
 
「悠? ……おかえり」
「あ、え、あ、汐里ちゃん、ただいまっていうかおかえり? ていうかごめん起こしたし」
「大丈夫。……熱、計ってくれてたの?」
「あー! うん、まあ」
 
 うまく笑顔をつくれないまま手を離すと、汐里ちゃんはゆっくり身体を起こした。
 
「ごめん寝ちゃってたね」
「いいんだけど……汐里ちゃん早くない?」
「熱はないんだけど体調あんまりよくなくて。半休とっちゃった。疲れかな」
 
 汐里ちゃんは背伸びをしながら立ち上がってソファに座り直す。
 欠伸をしてるし、やっぱり疲れてるんだ。
 色々言わなきゃいけない事はあるけど、とりあえず今確認したい事はひとつだった。

「汐里ちゃん……お母さん病院戻ったの?」
 
 リビングと襖を挟んでつながっている隣の和室が開いている。
 敷き布団も掛け布団もきちんと折り畳まれていて、誰もいなかった。汐里ちゃんは肩を竦めて言った。
 
「お昼前に連絡来てさ。熱出ちゃって。土曜に戻る予定だったんだし、2日前倒しだね」
「だから汐里ちゃん半休とったんだね」
 
 汐里ちゃんの笑顔が固まる。
 体調があんまりよくなくて半休取ったなんて言ったけど、汐里ちゃんが自分の都合で仕事を休んだ事なんて私が知ってる限り1回もない。 
 体調不良が本当だったとしても無理するタイプだ。休んでって言っても聞いてくれたことなんて全然ない。だから休むとしたら、絶対お母さん関係が理由だと思った。
 
「汐里ちゃんさー、ちゃんと休んでよ」
「休んでるよ?」
「お母さんは大人なんだから自分で病院に連絡してタクシーででも病院行けるじゃん」
「悠」
「いっつも汐里ちゃんに甘えてばっかで何様? あーそっかお母様?」
「悠。言い過ぎ」
 
 汐里ちゃんが怒りモードに入ったのが分かる。でも今いったことを取り消すつもりはない。
 お母さんが嫌いなわけじゃない。
 嫌いじゃないけど、汐里ちゃんがどれだけお母さんのために時間を使ってるか、お母さんはわかってないんじゃないかなって思う。
 だから取り消さないし、謝らない。
 
「………」
 
 ため息をついた汐里ちゃんは、私の頭を撫でた。
 
「悠はイイコだなーお姉ちゃんうれしい」
「えっなにいきなりキモい」
「お姉ちゃんの心配してくれてるんでしょ? 言い方は悪いけどっ」
 
 そしてデコピンされた。
 おでこを抑えて汐里ちゃんを見ると、立ち上がって腰まである長い髪をひとつに結い上げているところだった。
 私を見下げて笑う。
 
「今日はシチューだよ」

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