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4 知ってたよ

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「だからまー、秘密でバイトしてんだろなって思って知らないフリしてたんだけど」
「……ありがと」
 
 去年の夏ってことは、もう1年以上知らないフリをし続けてくれたってことだ。
 全く気付かなかった。
 1度も、なんにも言わなかった。
 金ないねバイトしたいねって話がこれまで出なかったわけじゃない。その度に適当に流してた私を見て、なんにも思わなかったはずがないのに、紗柚は今まで黙っててくれたんだ。
 学校にとか友達にとかじゃなくて、私にまで。
 
「てか飲まないのハルちゃん」
「や……うん」
 
 手の中のココアが冷めていくのはわかっていたけど、まだ口をつける気分になれなかった。
 喉の奥がヒリヒリ焼けそうな感じで、少し苦しい。
 
「……ありがと、紗柚」
「何が?」
「バイト。……黙っててくれたのと、知らないフリしてくれたのと」
「いーえー」
 
 何てことないように答える紗柚は思いきり顔を上に向けて、ズズズと缶の中身を吸い込んでいる。
 今度こそ本題にと思うのに、喉の奥から肝心の声が出にくくなってきた。
 緊張してるみたいだ。思っているよりもずっと。
 
「べつにあたしはさ」
 
 もだもだ考えていたら、紗柚が先に切り出した。
 
「友達なんだから何でも言ってよ! とか思ってたわけじゃないから」
「……それはなんとなくわかる」
 
 紗柚はそういうところがある。
 
「ハルちゃんのバイトのことだって、打ち明けてくれない事を怒ってるとかそんなんじゃないから」
「……うん」
 
 それも、なんとなくわかってた。
 少し強い風がふいて、私はパーカーのフードをかぶる。紗柚は白いコートの襟もとをきゅっとにぎって寄せた。
 昼間だから太陽があって少し暖かいとはいえ、やっぱりもう冬だ。

「紗柚」
 
 だから早めに話を切り出さないと、わざわざここまで来てくれた紗柚を風邪ひかせちゃうかもしれない。
 
「なーに」
 
 私が何を話そうとしているのか知ってるくせに、紗柚はいつもみたいに可愛く上目遣いで見てくる。
 
「……萎えるんだけどその顔」
「ひっど!」
「半分冗談ね。で、えっと……ごめん。ね」
「ハルちゃんは何に謝ってるの?」
 
 ちゃんとわかって謝ってる?
 紗柚の目はそう言っている。
 ココアの缶をあけてひとくち飲んでいる。やっぱり冷めちゃってるけど、甘くておいしいのは変わらない。ちょっと落ち着いた。
 
「……いい加減だったから。私が」
「いいかげん?」
「あんまこういうの慣れてないから難しいんだけど説明するの」
「いいよ。ちゃんと聞くから」
 
 真面目な顔して少女漫画に出てくるイケメンキャラみたいな台詞を吐くのは、せっちゃんなわけでもないしイケメンじゃなくて、紗柚。
 友達とこんなマジなトーンで話したことないから、どう返したらいいのかわからない。まじめに話を聞いてくれようとしていることが恥ずかしくて、なんでかわからないけど笑っちゃいそうになる。
 ……でもユキが言ってた。
 紗柚は大丈夫だって。
 
「あの、ごめん紗柚」
「ん?」
「私こういうのマジで慣れてないからヘラヘラしちゃうかもだけど、緊張してるだけだから」
「アハハ、いーよべつに」
 
 髪をいじりながら紗柚が笑う。

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