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7 しろいゆき

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 せっちゃんに連れられて家に帰ると、玄関で汐里ちゃんにめちゃくちゃ怒られた。で、そのあとめちゃくちゃ抱きしめられた。
 テレビで見る家族ドラマか何かかってくらい恥ずかしくて、無理矢理引きはがそうとしたのに、汐里ちゃんの馬鹿力がそれを許さなかった。
 玄関のドアを開けた瞬間だったから、靴を脱ぐ暇もなくへしおられそうになる私をせっちゃんは笑いながら見つめている。
 
「ちょっとせっちゃん見てないで助けてよ」
「それだけ心配かけたんだから、受け止めろ」
 
 助けてくれないせっちゃんに期待するのはやめて、ぎゅうぎゅうと締め上げてくる汐里ちゃんの背中をバシバシ叩いて抵抗してみた。
 
「ねえごめんってば」
「このバカ娘」
「ごめん」
「遅くなるならひとことメールくらいしなさい」
「ごめんてば」
「ほんとバカ」
 
 怒っているけど声が涙ぐんでることくらい気付いている。
 汐里ちゃんにこんな風に怒られるのは初めてだ。
 バイトで遅くなったって遊びで遅くなったって返信はいつだって「夜道に気を付けてよ」程度に軽くて、あんまりうるさくなかった。
 みんなの家はお母さんがうるさくて遅くまでは無理って子が多かったから、うちはなんて楽なんだろって思ってた。

「あんたも年頃なんだし色々悩みとかあるんだろうけど、お願いだから連絡はして」
「わかったし」
「それかある程度の時間になったら家で悩んで」
「すごいこと言い出したし」
 
 相変わらず格闘級に締めあげながら、無茶苦茶なことを言い出した汐里ちゃんに笑えてくる。
 その時、私の両肩が大きな手でつかまれて汐里ちゃんから引きはがされた。と思ったら包まれるように背中があったかくなった。
 その人が―――せっちゃんが後ろから抱きすくめてくれてるみたいな、そんな格好になってると理解するまで少し時間がかかった。
 
「そのへんで許してやったら」
 
 耳元に苦笑気味に笑う声が届く。
 せっちゃんの手が、声が、すぐ傍にある。
 突然のことで咄嗟に反応できず固まる私をよそに、汐里ちゃんはぷくっとほっぺたを膨らませてせっちゃんを指さした。
 
「もー。昔からすーぐ悠の味方になるんだから」
「味方とかじゃないだろ。宥下はわかってるって。な?」
 
 顔を覗き込んできて笑うせっちゃんは私の知ってるせっちゃんで、学校で見る瀬古沢先生ではなかった。
 ……でも。
 
「あのさぁせっちゃん」
「ん?」
 
 軽く息を吸ってから、一気に吐き出す。
 
「宥下ってのやめてほしいキモいから」
 
 言えた。すごくさり気なくいつも通りに言えた。
 緊張が解けて安堵感が押し寄せてきて、涙目になりそうなのを必死にこらえながら唇を尖らせてみる。
 わかりやすく怒ってるとか拗ねてるって思われた方が、今は都合が良いから。

「いや……昔みたいに呼ぶわけにもいかないだろ」
「ウチでくらいいいじゃん。なんかゾワッてしちゃう」
「や、でも」
 
 なかなか「わかった」と言ってくれないせっちゃんに不安になっていると、前にいる汐里ちゃんが私の袖をツンと掴んだ。
 私の耳元にそっと近づいて囁く。
 
「甘えちゃうんだって」
「は?」
「あんたやユキちゃんがクラスにいて心強いけど、それに甘えないようにって。ケジメつけるためにも、昔みたいに呼ばないって決めてるんだって」
「……甘えちゃう?」
 
 汐里ちゃんから出てきた言葉を繰り返した。
 あまりに私の中のせっちゃんと結びつかないイメージで、意識しないで勝手に口から出た。そんな感じだった。
 心強いけど甘えちゃう?
 だから、ケジメをつけるために?
 
「あっコラなんか余計なこと言っただろ」
 
 慌てたように大きな手で汐里ちゃんの頭を向こう側に押しやったせっちゃんを、私は振り向いた。
 すぐ近くに顔があってびっくりしたしドキッとしたけど、そんなことより目に飛び込んできた現実に口をあんぐり開ける。
 
「……せっちゃん、耳、赤っ」
「やめろ」
「せっちゃんも甘えたりすんの?」
「頼むからやめろ」
 
 今度は私からも飛びのくように離れて、玄関ドアに貼りついている。
 汐里ちゃんは楽しそうに笑いながら、そんなせっちゃんをからかっていじっていた。
 子供みたいにお互いを笑いあうふたりを、動けずに見ていた。

 昔から大好きだった。
 地味だけど優しくて、いたずらを仕掛けても笑ってかわされるか、許してくれた。
 いつだって私には大人で、それは昔から変わらなくて。
 
「ヤダ悠、どうしたの」
 
 振り向いた汐里ちゃんの目が大きく開く。
 駆け寄って心配そうに私の髪や頬を撫でるこの人も、いつだって厳しくて優しくて、ずっとずっと昔から変わらなくて。
 
「……ごめんなさい」
「え? なに、何が? どうしたの悠。もういいよ怒ってないから」
「宥下?」
 
 こんなに大好きで大切なふたりが決めた未来なのに、苦しくなる自分が、苦しい。



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