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終 いらない恋は大事にまるめて
*
しおりを挟む吐く息はすっかり白くなり、足元も薄い白で包まれている。
積もっているとも言えなくて全くないともいえないっていう、滑りやすくていちばん危ない地面の色。
あたりはすごく静かだ。
理由はわかっている。
元旦は過ぎたけど三が日は明けていない。お節もお雑煮も飽きたけど、焼き餅なら食べてもいい。朝になっても大人たちはお酒のにおいが抜けてなくてあんまり近寄りたくないけどお年玉のためなら我慢する。
つまり、多くの人間が冬休みっていう日。
しかも朝9時半。たぶんこのへんではまだ寝てる人が多い。
静かすぎて、ブランコの錆びた鎖の音しか聴こえない。
「さっむ……」
あの日と違って、手袋もコートもマフラーも万全だ。マスクもあれば完璧だったけどうっかり忘れた。
気温がマイナスにはならないけど雪は降る。雪は降るけど滅多に積もらない。
やっぱり中途半端な町。
もう何年も前に地面から浮かなくなった足でキィキィとブランコを揺らしながら、私はひとりで長い息を吐いた。
今年のお正月は、今まででいちばん騒がしい。
「はえーな」
砂と雪が混じった音を立てながら近づいてきた相手なんて、見なくたってわかる。
返事をしないでブランコを揺らしていると、ガシャッと鎖の音がして隣に座った。
正しくは、座ろうとした。
「ゲッ、これケツハマりそうだな」
「抜けなくなったら置いてってあげるよ」
「ひでーの」
そう言ってユキは結局ブランコの上に立ち、しゃがみ込んで揺らし始めた。
「ちょっと。そこ座るとこだし」
「もしチビっこ来たり帰る時にキレーにしてくから。んね」
「んねじゃないし……」
でもそれ以上何か言うのもめんどくさくて諦める。
今は色々と気力がない。
空はムカつくくらい青くて、息は白くて、視界に入る世界も薄い白が広がっている。
白は嫌だ。綺麗で好きだけど今はあんまり見たくない。雪の色だから。
しばらくの沈黙のあと、ユキが口を開いた。
「……キツイ?」
何がとは言わなかったけど、わからないわけがない。
年末に急にお父さんが帰ってきて、それからはすごかった。事前連絡がなかったらしくお母さんも汐里ちゃんもめちゃくちゃ驚いて、汐里ちゃんは急いで連絡をした。もちろんせっちゃんに。
お父さんが帰ってきたらちゃんと挨拶するって聞いてたから、覚悟はしてたけど。
「キツイっつか、疲れた? いろんな意味で」
せっちゃんは今、ウチで寝てる。
上機嫌になったお父さんが、逃がしてくれなかったから。
お母さんは来週にも病院に戻るし、出来るだけせっちゃんのことをわかってもらおうとしたんだと思う。ちっちゃい頃から知ってるとはいっても、ちゃんと話したい事とかあったみたいだ。
そういえばバタバタしすぎて、お父さんがいつ単身赴任先に戻るか教えてもらってなかった。
帰ったらいなくなってたって不思議じゃない。そういう人だから。
「せっちゃん結局泊まったわけ?」
「あれ、来てたのよく知ってるね? ……てかそっか、そういや昨日年始の挨拶来てくれたっけね。泊まった泊まった。かわいそーにおとうさんの餌食になっちゃってさ。せっちゃんもう仕事あるっぽかったのに。今日は解放してあげないと」
「……今は」
「リビングのソファで毛布かぶって寝てたよ」
「そ、そーなんだ……」
しゃがみ込んだ状態で器用にブランコを漕いでいるユキは、なんだか歯切れが悪い。
心配してるのかなと思って、答える。
「思ったよりは大丈夫だったよ」
「……あ、そ」
「まー現実感ないってのも本音だけどね」
今までずっと私たち家族のために頑張ってきた汐里ちゃんが、自分の幸せを考えるようになって嬉しかった。
相手がせっちゃんってことにショックを受けた。
祝いたい気持ちだってあった。
でも、いざせっちゃんがお父さんに改めて結婚の挨拶をしたのを見た時、ドラマか映画でも見ている気分になってた。
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