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第2章 コロポックルとは。

第6話 暴走のち予言。

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何とか午前中の授業をこなして、私と友咲は校舎の中庭にお弁当を持って移動した。いつもは他の友だちも一緒に昼食を摂るのだが、朝のコロポックル佐藤さんの話があるので、他の友だちには遠慮してもらった。友好的な私と友咲の2人に昼食を断られたいつものメンバーは、不思議そうな顔をしたものの変に探りを入れてくる事も無く、中庭に送り出してくれた。

中庭に立っている銀杏の木は、まだ青い葉を風に揺らしていた。
根元に座ってお弁当を広げる。私と友咲のお弁当は、それぞれのお母さんが競い合って作っているキャラ弁だ。どちらが可愛く作れているか?に力を入れているらしく、お弁当を食べる前にお互いのお弁当を写真に残して、帰宅後見せるのが私たち娘の役割になっている。

「まずね、蓮がある場所を見つけてあげるのが良いと思うの」
カニさんウィンナーを口に運びつつ、友咲は真剣な顔で切り出した。
予定を立てずに上京し、宿なし金なし仕事なし状態の佐藤さんの事を考えるなら、蓮よりもまず住む場所と仕事の事を考えてあげるべきだと思うのは、私だけなのだろうか?
素朴な疑問は「だってご飯はパン屋さんから貰えるでしょ?」という友咲の一言で無理やり納得させられた。

箸を咥えた行儀の悪い格好で、友咲がゴソゴソとスカートのポケットから小さな紙を取り出した。どうやら放課後に行く蓮のある場所をメモした紙らしい。いつの間に用意したのか、こういう時の友咲は抜かりが無い。
覗き込むと私たちが住んでいる住宅街から、高校の周辺までの生活圏内の公園やお寺の名前が書かれている。そして、リストアップされた場所の1つが赤い丸で囲まれている。
天馬寺てんまじ…?」
私の声に友咲が笑顔で頷いた。

天馬寺は、小学校低学年の時に遠足で行った記憶がある。通っていた小学校からは子どもの足で歩いて行くにはちょうど良い距離にあり、更に屋外学習にも向いている。朧げな記憶の中を探っていくと、確かに池のようなものがあった気がしないでもない。
団地から少し離れた場所に、大きな森林公園があるもののそこの池には蓮は無い。整備された自然を楽しみつつ散歩が出来る歩道と、小さな子どもを遊ばせることが出来る遊具が置いてあるエリア、それからドッグランは完備されているが…

しかし、天馬寺に行くためには高校とは逆方向に3駅移動しなければならない。自分の家がある団地の最寄り駅からは1駅行ったところにある。私と友咲は問題なく天馬寺がある駅に行くことが出来るが、土地勘のない佐藤さんに口頭で説明するのは難しい。
そこで私は大事なことに気が付いた。佐藤さんとの連絡方法が無い。思い出した佐藤さんの姿はよれたシャツに半ズボン、背中には古ぼかしたリュックだけ。あの姿で携帯電話を持っているようには思えない。

「天馬寺より先に、佐藤さんの捜索からしないとダメだね…」
流石の友咲もちょっと大変そうなことになると想像出来たようだった。でも、直ぐに切り替え「頑張るぞ!」と言いながら残りのお弁当を口に運んだ。私は自分の携帯を取り出すと、お母さんに帰りが遅くなるかもしれない旨をメールで送った。もちろん、友咲のお母さんにも伝えてもらう事は忘れていない。こういうところが姉御肌だよなぁ、と苦笑いが出たのは言うまでもない。

そして放課後、私と友咲は急いで学校を飛び出した。駅までダッシュして電車に飛び乗ると、上がった呼吸を整える。全力ダッシュなんて中学の体力測定でさえ出してなかったのに、思いのほか友咲が本気で走って行くから、私も全力で走らざるを得なくなってしまった結果、2人とも他の乗客にジロジロ見られるくらいに息が上がってしまっていた。
「さ…さと…さん、どこにい…るかな…?」
私より全力で走っていた友咲が息の整い切ってないまま話し出す。そのせいで言葉の区切りがおかしい。
何も考えず電車に乗って最寄り駅まで戻ろうとしてしまったけど、考えたら佐藤さんが最寄り駅付近にいるという保証はない。昨日と今朝は偶然住宅街にいただけかも知れない。そもそも、蓮を探してあちこち歩いてるところで私と出会ったんだし、今頃またあちこち彷徨ってかなり遠くに行ってしまったかもしれない。

(これ…見つけられる気がしないなぁ…)

ちらりと友咲を隠れ見ると、友咲は全くそんな事など考えついていないようで、携帯の時計と外を交互に見ながらソワソワしている。
「友咲、今更なんだけどさ」
急いで行ってみたところで住宅街にいるとは限らないと、やんわり伝えてみる。北海道から勢いだけで海を渡り、都会を目指してひたすら歩き続けた佐藤さんだし、蓮を求めて再びひたすらどこかに歩いて行ってしまったかもしれない。
「ううん!まだいるよ!」
どこからその自信が湧いてくるのか、友咲の思考回路や感情は凡人である私には計り知れない。

友咲がいうには、今命の綱と言えるご飯が食べれるところは、私が昨日教えたパン屋さんだけで土地勘のない佐藤さんんが、ようやくありつけたご飯が手に入る場所を離れてまで遠くに行くとは思えないらしい。
言われてみれば…そんな気もしてくる。友咲の言い方はいつも不思議な説得力があって、姉御肌のしっかり者としてそれなりに有名な私でも、いつも言い包められてしまう。そして怖いことに、言い包められるだけじゃなく、友咲の意味不明な自信に満ちた発言は時として予言のように的中するのである。

「一花ちゃん、急ぐよ!」
滑るように改札を抜けていく友咲の後ろを、慌ただしく追いかけて行く。ここだという場所の検討もないのに、友咲の足取りに迷いがない。そんな友咲の後ろを追いかける様について行くと、突然友咲が立ち止まった。人は急には止まれない。友咲の背中に顔をぶつけて私も立ち止まる。
文句を言うために開いた私の口より早く、友咲が手を振り叫んだ。
「佐藤さーんっ!」

背中越しに見た先には、手にパンの耳が入った袋を抱えた佐藤さんがいた。
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