夜遊び

火吹き石

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1.訓練の様子

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 小高い丘の裾に、その町は広がっている。小さくも活気のある町だった。一本の幅広い運河が町を貫いて流れており、荷を積んだ船がせわしなく行き交っている。このあたりは平坦な土地で、朝日に照らされる流れは、穏やかにきらきらと輝いていた。

 運河の下流からは、港町から運ばれる異国の品を積んだ船が来て、上流からは主に穀物をはじめとする食料や、金属や木材といった原材料が流れてきていた。川はこの町と、そして川沿いにあるすべての町々、それにその周辺に住まうすべての人にとって、生命線だった。

 そしてそのような重要な点であるから、もちろん防備が施されていた。町には囲壁が設けられている――とはいえ、壁に囲まれた範囲は狭く、町並みはその外にまではみでてしまっていたが。

 町の中央にある丘には、戦士団の駐屯する砦があった。そもそもこの町自体、内陸に位置する都市が、交易の要所を防備するために建てられた砦から生まれたのだった。

 その砦の中庭ではいま、戦士たちが武芸の稽古に励んでいた。防具を着込み、刃を鈍らせた剣を手に、実戦さながらの試合をする者もいれば、半裸で格闘し、掴み合う者たちもいる。そうして逞しい戦士たちが汗を流しているのを、ツツミはちらちらと横目で見ていた。

 砦に出入りする商人の見習いである若者は、食料を満載した荷車を、人足とともに運んできたところだった。背はあまり高くはないが、筋肉はなかなかついていて、短衣の裾や袖から覗く腕や足は太かった。力仕事の後で、額には汗が浮かび、頬を伝って流れ落ちていた。

 荷車は門のすぐ内側に止められており、倉庫係の戦士キリサメが、ツツミの先輩とともに荷を確認しているところだった。ツツミはといえば、荷車に片腕をかけて休みながら、先輩たちの会話に半ば耳を傾けつつ、意識の半分は訓練に精を出す戦士たちに向けられていた。

 戦士たちの多くは、輝く金属片を縫い付けた胴着を身に着け、籠手や脛当て、兜も着けていた。それらの鎧は短衣の上から着る形で、腕や腿はいくらか剥き出しになっている。だから、訓練用の重い武器を振るうたびに、力を込められて筋肉が膨らむところがよく見えた。まして格闘をしている者たちは下着だけになっている者も多く、だらだらと汗が滴る肌はほとんど隠れてはいなかった。

 そうやって見ていると、いつしかツツミの意識はほとんど訓練の様子に向けられるようになった。だから、突然肩に大きな手がかかって揺すられると、驚いて飛び上がった。

 ツツミが振り向くと、倉庫係のキリサメが、こちらの顔を覗き込んでいた。壮年の顔には、いやらしい笑みが浮かんでいる。視界の端には、若い先輩があきれたように苦笑して、ツツミのほうを見ていた。

 ツツミが荷車から身を離すと、他の若い戦士らが、くすくす笑いながら荷車を引いていった。どうやら検品は、いつのまにやら済んでいたらしい。

 キリサメは、ツツミの肩に丸太のように太い腕を回すと、身を低く屈めて目線を同じ高さにした。そして訓練に励む戦士たちに横目を向けると、囁いた。

「熱心に見ていたなあ、ええ? 闘技に興味がおありかい、商人殿?」

 キリサメが言うと、ツツミは顔をかあっと真っ赤にした。どう答えようかともじもじしていると、戦士が続けた。

「どいつがこのみだ。あそこにいる、ヒウチイシかい。」

 戦士は名前を言った。それはツツミの同輩の名前だった。この町の少年の家で育った若者で、子どもの頃から戦士たちの技を熱心に学んでいたから、そのまま戦士団の見習いとなったのだった。砦に駐留している戦士たちは、たいてい他の町の出だったから、ヒウチイシのことはよく知っていた。

 ヒウチイシはいま、中庭で他の若者と組み合い、互いに相手を倒そうと力と技を競っているところだった。下着だけを身に着けており、その肌は汗に濡れ、てかてかと輝いていた。ツツミのほうが手足は太く、肉付きもよかったが、背はヒウチイシのほうが高く、比べて細身ながらも逞しく引き締まっていた。

 ツツミが答えずにいると、キリサメは得心したように頷いた。

「若いやつらがいいんなら、仕事の後で〈蔓草の杖亭〉に行きな。若い連中はそっちの店で飲んでいるからな。それとも、夜、宿舎に来るか? 夜番の連中には、おれから口添えしておいてやるぞ。ヒウチイシだって、幼馴染が来たとなれば喜ぶだろう。」

 戦士のからかいの言葉に、ツツミはようやく気を取り戻した。そして首をぶんぶん振ると、わざと憤慨したような声で言った。慌てたものだから、思わずヒウチイシを幼少からの呼び名で呼んでしまう。

「別に、そんなんじゃありません。ヒィのこと、そんなふうに見ていたわけじゃない。」

「へえ、そうかい。そのわりにゃあ熱心に見ていたと思ったがな。」

 そう言ってから、戦士は、声を少し落として囁いた。

「それとも、歳上の連中のほうが、お前さんのこのみかね。」

 そう言われると、ツツミはいよいよ羞恥に顔を真っ赤に染めた。戦士の言葉は、まったくその通りだった。もちろん若者は、『そんなふうに』訓練の様子を見ていたのだったが、その対象は主に、脂の乗った逞しい、歳上の戦士たちだった。

 さらにキリサメがなにか言おうとしたところで、ツツミの先輩が口を挟んだ。

「可愛い後輩を、そんなにからかわないでやってくださいよ。それに、そいつにはまだ仕事があるんです。キリサメさんだって同じでしょう。」

 そう言われると、キリサメはツツミの先輩に顔を向けて頷くと、ツツミにまた言葉をかけた。

「残念だな。じゃあ、お預けだな。ツツミ、もっと話したけりゃ、後で〈青蛇亭〉に来い。たっぷり楽しませてやる。」

 キリサメはそう言うや、ツツミの肩から腕を放し、背中を手の平で力強く叩いた。ツツミはよろけると、先輩のそばに行った。それから挨拶を交すと、雇った人足らとともに、砦の門をくぐって町へと降りていった。
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