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10 決戦

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 作戦司令本部には、各国の首脳がすでに集まっていた。
 司令室の壁に掛けられた液晶ビジョンには、輸送機をビームで撃墜していくマーティの姿が映し出されていた。

「よもや二十万の連合軍が、異世界の超兵器も使っているというのに、こうも簡単に劣勢に追い込まれるとは……」

「まるで神のごとき……ですな」

 ある王と大臣が口々に言った。
 私は椅子から立ち上がり、ビジョンの前に立つ。

「ごとき、ではありません! 相手は神々です! しかもただの神々ではない。私達の世界を、私達の命を、私達の心を、私達の魂を、自分達の玩具としか思っていないクソッタレの神々なのです! 私達は私達の尊厳を守るために、そんなクソの塊どもに、これから堂々と中指を突き立ててやらねばなりません! そして、それがこの世界を守る唯一の方法なのです!」

 私は拳を握りしめながら強く語った。
 各国の王達からは次々に溜め息がもれた。

「……やるしかないのか」

 ある王が言った。

「そうです! やるしかないのです。それ以外に、このチート転生者を殺す方法がない以上は!」

 私はビジョンを叩いて、王達へと呼びかけた。
 王達はしばらく互いに顔を見合わせながら、互いの出方がをうかがった。
 やがて、ある一人の王がうなずいたのをきっかけに、王達は次々にうなずき、私の作戦への参加を承諾した。

「では予定通り、百万の軍を援軍として追加派兵します! 皆様の決断は、残虐なる神に勝利するために行われた勇気ある決断として、この世界の歴史に残り続けるであろうことを私は約束いたします!」

 私が言った時、司令室に拍手が巻き起こった。
 私は拍手を背に、司令室を出た。

 その後、その足でそのまま更衣室へと向かい、黒い仮面と黒衣の衣装を身に付け、再び廊下に出た。
 すると、更衣室の外の廊下に、執事のアンソニーが待っていた。

「お嬢様……、その服は?」

 アンソニーは尋ねた。

「フィクションの悪役っていうのは、たいてい黒を着るものなのよ」

 私は口元を緩ませながら言った。アンソニーは意味がわからなかったのか、少し困った表情をした。

「ごめんなさい、冗談よ。顔を隠すのは、裏で手を引いていたのが私だとバレると後々面倒だから。それに黒だと返り血が目立たないでしょ?」

 そう言って、私は静かに笑った。



 翌日、追加派兵した百万の連合軍は壊滅していた。兵の半数近くが死んだ。

 マーティはひたすら戦い続けた。その戦い方は圧倒的だった。丸二日ぶっ続けで戦っているというのに、マーティには披露の色すら見えなかった。
 生き残った兵士達は完全に士気を失い、戦場から逃亡する者が相次いだ。

 戦いは、完全にマーティの優勢へと傾いていた。

 逃げていく兵達を横目に、私はバイクを飛ばしてマーティのところへ出向いてやった。
 マーティは返り血を浴び続けて、全身血まみれになっていた。

 私を見つけたマーティは、ビームを撃って私のバイクを破壊した。
 私は寸前でバイクから飛び降り、地面へと転がり込んだ。

「久しぶりね。楽しかった? 殺戮は」

 私は笑った。マーティは私のみぞおちを蹴り飛ばした。
 私は吹っ飛んで地面に転がった。

「お前がやらせたんだろう! 人の命を何だと思っているんだ!」

 マーティは地面に倒れた私に怒鳴った。
 少しは手加減してくれたらしい、怪我は肋骨にひびが入った程度だった。

「……そうね。やらせたのは私。でも、殺したのはあなたでしょ? そんなに殺すのが嫌だったら、大人しく殺されていれば良かったのよ。この偽善者め」

 私は血を地面に吐き、立ち上がりながら笑って言った。
 私はマシンガンを召喚する。

 その瞬間、私の腕はマーティに蹴られて折れた。

「俺は別に戦いたくなんてなかった! お前に降伏するようにも促した!」

 激痛が私の中を駆け巡る。
 私の体はそのまま地面に再び倒れた。

「……大体ね、好き放題やって批判もされず善人でいたい、っていうのが無理があるのよ。……だから、あなたは負けるのよ」

 私は笑った。

 そして、タブレットを召喚し、マーティに投げて渡した。
 マーティはタブレットの画面を見て、顔を青くした。

 それはそうだ。それは彼が一番見たくない映像のはずだったからだ。
 タブレットに流れる映像は、私をボコボコに殴って蹴ったマーティの姿を見て、世界各国の人々が声高に怒りの声をあげる映像だった。

「ふふふ……、ずいぶん殺ってくれたわね。おかげで、情報工作がずいぶんやりやすかったわ。物語に絶対に描かれることのない部分には神々は干渉できない。私はその特性を利用させてもらったの。そりゃあ、皆怒るわよね。家族や友達、同じ国の人間を虐殺されれば。そのうえ、怒りの矛先はたった一人」

 私は呆然としているマーティを見ながら笑って言った。
 そして、私はフィクションの向こう側にいる神々を見るように、空を見上げた。

「ほら、後出しじゃんけんが大好きな神様達? 彼を助けてあげてごらんなさいよ。死んだ人間を全員生き返らせる? 彼に怒る人間達を全員洗脳する? それとも、この世界にいる人間を全員殺して一からやり直す?」

 私は立ち上がった。
 地面に膝をついて映像を見続けているマーティへと歩いていく。

「……出来ないわよね。そんなことしたら、物語が急激に陳腐になるもの。そんなことをするくらいだったら、他の世界に別のチート転生者を送り込んで、新しい物語を楽しむ方が楽だものね」

 私は拳銃を召喚して、マーティのこめかみに銃口を当てた。

「あなたのバックにいる神々を二律背反の選択に追い込んで、あなたを見捨てさせる。これが私の勝ち筋、手段を選ばない弱者の戦略よ」

 私は言った。
 マーティは何も答えなかった。

 私は引き金をひいた。
 銃弾はマーティの頭を貫き、彼の遺体は地面に倒れた。

 タブレットのスピーカーから、私がマーティを殺すのを実況で見ていた民衆達の歓喜の声がもれた。
 その民衆の中にはセージョの姿もあった。

 彼女は沸きあがる民衆の中で、一人だけ険しい顔をしていた。……当然だ。私のセージョは、たとえ相手がどんな悪人だとしても、人が死んで喜ぶようなことはしない。だから、私はセージョを愛しているのだ。

 近くにいた兵士達が私を心配して走ってやって来る。

「お怪我は大丈夫ですか!?」

 兵士は言った。彼は自分の肩を、脇腹を押さえる私に貸そうとした。
 私は手を広げ、兵士の動きを止める。

「いらない」

 私は短く言った。
 そして、バイクを召喚してまたがり、エンジンを吹かした。

「あなたは英雄です! この世界を救ったヒロインです! せめて、お名前だけでも!」

 兵士は敬慕の眼差しを向けながら言った。
 私はそんな彼を無視して、そのままバイクで走り去った。

 賞賛なんて要らなかった。
 そんなもののために、私はチート転生者を殺したわけじゃない。
 私はセージョと一緒に過ごす日常を守りたかった。ただそれだけだった。

 そして、あえて付け加えるなら、この世界のヒロインはセージョであって私ではない。私はただの脇役の悪役令嬢なのである。
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