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第1章 あなたは誰

ワケあり王子①(SIDEアンドレ)

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「イヴァン卿の心配には及びませんよ。ジュディは魔力なしですから、庶民で間違いありません」

 魔力は血筋と関係が深い。
「魔力なし」は、ある種平民の証しといって過言ではない。高貴と呼ばれる王侯貴族の家系の中に、そもそも生まれてこないから。

 貴族であれば、多少魔力が低かろうとも生活魔法くらいは使える。それが普通だ。

 魔法を使い続ければ魔力量は増えるが、端から魔力がないならゼロのまま。

 挙句、魔法の加護は血筋と切っても切れない関係にある。

 王族や高位貴族ほど魔力は大きいし、光属性や闇属性など特殊な加護が備わる。

 どんなに不要な加護だと思っても、どこまでも付いて回る。僕にも……。

 気位の高い貴族の家庭に、仮に魔力なしが生まれてくれば、欠陥品として虐げられるか、生まれすぐに手放すはず。

 魔力を持たない稀有な貴族なら、それはそれで真っ当な淑女教育を施されることはない。

 貴族なら魔力はあるはず。
 この常識で考えればジュディは貴族ではない。

 平民なのに、カーテシーを身につけている。
 それも、目の肥えたイヴァン卿でさえ疑念を抱くほど、洗練されたものを。もはや普通ではあり得ない。

 どう考えても、ジュディの存在はちぐはぐなんだ……。


 僕の説明に対し、ぐるりと一周考えた上でも納得しないイヴァン卿が、興奮気味に口を開く。

「おいっ! 彼女が庶民だって⁉ それなのに、さっきのカーテシーは一体何者だよ。ご令嬢にしか見えなかったぞ!」

「カーテシーは……以前、誰かに習得させられたんだと思いますよ。元々彼女が着ていた服も、数年前に流行っていた形のワンピースでしたから、中流階級以下の庶民って気がしています……」

「なんだよ、その曖昧な言い方は。どこの領地から来た娘なんだ?」

「それは分かりません。ロンギア侯爵領へ抜ける森の中で寝ていた彼女を、僕が拾ってきただけなので」

「寝ていたっておかしいだろう」
「ええ。ですがそれが事実です」

「……俄かには信じられない。あそこは魔力で辺りを威圧していなければ、すぐに狼の群れに襲われるだろう」

「そうですね。周囲に狼がいなかったのは、彼女の存在を狼に気づかれる前に僕がその場所を通ったのか? それとも、あの周囲に狼が嫌う匂いでもあったのか? はっきり分かりませんけどね」

「野生の狼の保護区である、あの森を――魔力なしの子がわざわざ選んで歩くか? 王都までの近道ではあるが……あんな危険な道を通るのは、余程の急用か、人目を避けるときくらいだろう。おッ、おいアンドレ! まずい、あの子は罠だ!」

 案の定。ジュディを見つけた場所に違和感を抱くイヴァン卿が、平静を失い語気が荒くなる。

「十中八九そうでしょう。まあ、この歳までスペアとして生かしてくれたけど、僕はいよいよ用なし……なんでしょうね。世継ぎができるのも、すぐの話でしょうし」

「ぁ……ジュディット様のことは、俺がアンドレにずっと余計な期待を持たせて申し訳なかった。完全に俺が悪い」

「その名前は僕の前ではもう言わないでください。一刻も早く忘れたいので」
 そもそも、僕の気持ちをイヴァン卿に教えるつもりはなかった。面倒事に発展するのは分かり切った話だ。
 だが、彼女を少しでも知りたい欲求を抑えられず、彼に質問したのが悪かった。
 瞬時に食いつき、僕の好きな女性として勝手に盛り上がってくれた。
 肝心の彼女の話は一つも教えてくれなかったくせに。
 
「妹と王太子が恋人同士なのは間違いないのに……。結局、二人の結婚は覆らなかったか……悔しいな」

「イヴァン卿が王太子と妹の関係に気づくくらいですよ。あの方は大して気にしていないんでしょう、端っから」

「畜生! 十八歳の成人を迎えた時、アンドレの事をてっきり公表すると思っていたのに、向こうが何も言ってこなかったのは、こういうことだったのか。くそっ――」

 イヴァン卿が言う誕生日は、四か月前に過ぎている。
 彼の思惑。それは、王室が幻の聖女を逃すはずはないから、陛下が僕を必要とする。そんなありもしない説を唱えていた。長年、飽きもせずに。

「まあ、気にする必要はありませんよ。僕の人生の最後に、愛らしいプレゼントを届けてくれる計画だったんでしょう」

「おいおい、悠長に言っている場合かよ。そんな面倒な女、さっさと追い払え。俺、アンドレが人の魔力まで感知できる桁外れの魔力だって報告しているんだよ。だから向こうは魔力なしを送り込んだんだ。こうなるなんて申し訳ない。いえ、俺が余計なことをしたばかりに申し訳ありません」

 いつも自信たっぷりなイヴァン卿が、肩を落とす。
 そのうえ、余程のことがなければブレない彼の態度が、揺らぎだした。
 彼自身も、相当堪えているのか。

「気にしなくていいですよ。せっかくだし、近くに置いておきますよ。彼女の記憶が飛んでいるおかげで害もないですからね」

「記憶がないなんて嘘に決まっているだろう! アンドレを嵌める罠だって。目を覚ませ。油断するなよ」

「いや。わざとだとすれば、作戦は大失敗でしょう。手の内を明かしすぎですからね」

「は⁉ 本当に記憶がないのか?」

「ええ。何かの作戦を全て忘れ、大量に持っている大司教のガラス玉を僕に見せてきましたから。それに、おそらく僕に関して習っていたであろう偽装魔法のことまで情報を漏らし、何かを殺める使命があったと打ち明けていましたからね」

「ヤバいだろう」
「ここまでバラされてしまえば、打つ手はいくらでもありますからね。間抜けすぎて可愛い暗殺者でしょ」

 そのジュディの姿を思い出し、ふっと顔がほころんだ僕とは裏腹に、イヴァン卿は絶望を顔に出す。

「何を呑気なことを言っているんですか! アンドレがいなくなったら、俺は……どう責任をとればいいのか」

「いいんですよ。僕の元にジュディがいるうちは、次の刺客も来ないだろうし、都合がいいからね」

「だからって……何も」
「どうせ彼女も誰かに利用されているだけですよ。彼女の右肩の後ろに、誰かに結ばれた、避妊の魔法契約が浮かんでいましたからね」

「はっ⁉ 普通、魔法契約の魔法陣は見えないだろう」

「ええ、相当未熟な術者がかけたんでしょう。本来は消える魔法陣がはっきりと残っていたからね。まあ、僕と何かあっても、妊娠する心配のない女性を送り込む気だったのは、間違いないみたいです」

 彼女が森にいたのは、土壇場で逃げ出したのだろう。

「な~んだ。やっぱり、よろしくやってたのか」
 気の抜けたイヴァン卿が、にへへと厭らしく笑う。

「そんなわけないでしょう」
「いいって、いいって、隠さなくても。避妊魔法がかけられているなら、本当に好都合じゃないか。良かったな」
 にまりと笑って悪い顔をする。

 何だってさっきからこの人は……。
 しょうもないことを考えているなと、さめざめと見つめる。

「下品な想像はやめてくれませんか。彼女が記憶を取り戻せば、愛する男の元に帰してあげるんですから」
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