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第2章 あなたは暗殺者⁉

閑話 王太子の婚約者【記憶を失う前のジュディット】②

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 張り付けた笑顔を浮かべたフィリベールは、ソファーが二台、対面に置かれた応接セットを見やる。

 そんな彼がお茶を飲みながらと言ったため、すかさず、わたしがお茶を淹れようとティーセットが置かれた棚へ駆け寄る。
 すると「自分がやる」と横から割り入って、棚の正面を陣取った。

 彼は握りこぶしを作ったまま、わたしを追い払うものだから、呆然と数歩後退する。

 何だろう。手に何かを握っているのだろうか?

 フィリベールの様子をじっと見ていれば、婚約者自ら茶葉を選び、缶を小脇に挟めて蓋を開けた。

 そしてこなれた手つきで茶器へと移す。

「そこにいられては気になるから、座って待っていろ!」

 突如として大声で怒鳴られた。
 何もそこまで言われる筋合いはないだろうと思ったが、それはぐっと堪えた。

 一応、謝罪に来た身である。

 瘴気の浄化が理由とはいえ、禊の儀をすっぽかしたのも事実。言い返すわけにもいかないだろうと、ここはわたしが折れた。

 彼が無言で視線を向ける座り心地のいい皮のソファーへ、素直に従い腰を下ろすことにした。

 それから間もなくして、彼の綺麗な手が、わたしのすぐ前まで伸びてくる。

 彼のお気に入りであるガラス天板のローテーブルに、カチャッと陶器がぶつかる音を立て、紅茶が置かれた。

「お茶を淹れるのに随分と慣れているんですね」

「ああ、まあな。一人で部屋にいる時に、いちいち誰かを呼ぶ方が煩わしいからな」
 そう言った彼は、おもむろに紅茶を口へ運ぶ。

 それを見たわたしは、続くように、こくりとお茶を口に含む。
 すると、目の覚めるようなすっきりとした香りが鼻を抜けた。

 柑橘系の香りの紅茶で、昔から好きなものの一つだ。

 その明るい色合いのお茶に目を落とす。……ひょっとして、わたしに気を遣ったのだろうか? さっきの怒った態度は照れていたのか?

 もしかして最近耳にした、ツンデレというやつか。

 きっとそうだわ。
 オレンジの皮が入っている紅茶は、男性が好むにしては珍しいもの。
 これまでに、彼がオレンジの紅茶を好きだと言っているのも聞いたことがない。

 おそらく彼は、わたしのことを陰から応援してくれていたのかな。うん、うん、そうよ。
 なんだ……。良かったとホッとする。

 彼の気持ちが分かれば、この紅茶の温かさが身に沁み、心までほのかに温かく感じ、自然と口角が上がった。

「このお茶、大変おいしいですわ。昔からオレンジのお茶を飲むと、前向きに頑張れる気がして、何かに挑戦する時は必ず選んでいたんです。フィリ……フィリベール様ありがとうございます」

 愛称呼びをしてみたかったわたしは、一度言いかけみたものの、やはり恥ずかしくてやめてしまう。

 無理だ。あと少しの勇気が足りないと、今日のところは早々に諦めた。

 言われた彼も照れているのか?
 表情を変えずに「そうか……」と、静かに発して終わる。

 元々ぶっきらぼうな彼は、それ以上、話を続けることはない。

 結婚が目前に迫っているのに、わたしたち二人は、未だに初々しい関係のままで、約十年前の婚約当初とちっとも変わっていない。

 それもこれも、忙しくて結婚のことを後回にしていたからだろう。お互いに。

 ――今から三週間後。
 自分の二十歳の誕生日に、わたしは同い年のフィリベールと結婚する。

 なんだかあまり実感がないのは、結婚式の準備にほとんど関わっていないからだ。自分のことなのに。

 そう……。
 ウェディングドレスにしても、従者任せにしてしまった。
 どうしてって……。

 フィリベールから「当日に驚きたいから一人で選ぶように」と言われてしまったんだもの。

 そう言われてしまえば、一緒に選びたいとなかなか言い出せず、諦めてしまった。
 結局、ドレスを独りで決め兼ねてしまい、わたし自身も周囲に任せきりにしてしまった。
 
 デザイナーへ「肩の出ないもので」とオーダーしたドレスも、そろそろ出来上がる頃だろうが、完成した代物をまだ見ていない。

 そのうえ、結婚式に関する招待客や雑多な準備は、婚約者のフィリベールが一人で決めていたからだ。

 王族の結婚式には「王族独自のしきたりがあるから」と、口出しするのを一切許されなかった。

 まあ別に深い興味もない。正直言って準備は面倒だし。

 それに彼も、式やら披露宴やらの準備でイライラしているのだろう。

 結婚式に関して触れると、途端に機嫌が悪くなるフィリベールとは、真面な会話もできないまま、駆け足で時間が過ぎてしまった。

 この期に及んで、招待客はおろか、式の段取りも教えてもらえていない。
 ――いよいよ真剣に聞かなきゃいけない。

 だけど、こうしてわたしの好きな紅茶を用意してくれている婚約者は、忙しいわたしのことを、何も言わずに気にしていたのだろう。

 ――うん。きっとそうだ。
 彼の気持ちに気づいてしまえば、無愛想な態度は、彼の照れ隠しにも思えてしまう。

 なんだ、今日まで気づかなかったわ。
 どちらかと言えば、彼から嫌われているかもと、思っていたんだから。

 乙女のくせに、魔物ばかりを相手にしているせいで、どうも私は男性の気持ちには疎いようだ。



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お読みいただきありがとうございます!
次話は、記憶を失ったジュディに戻ります。
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