記憶と魔力を婚約者に奪われた「ないない尽くしの聖女」は、ワケあり王子様のお気に入り~王族とは知らずにそばにいた彼から なぜか溺愛されています
瑞貴◆『手違いの妻』4月15日発売!
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第2章 あなたは暗殺者⁉
閑話 王太子の婚約者【記憶を失う前のジュディット】②
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張り付けた笑顔を浮かべたフィリベールは、ソファーが二台、対面に置かれた応接セットを見やる。
そんな彼がお茶を飲みながらと言ったため、すかさず、わたしがお茶を淹れようとティーセットが置かれた棚へ駆け寄る。
すると「自分がやる」と横から割り入って、棚の正面を陣取った。
彼は握りこぶしを作ったまま、わたしを追い払うものだから、呆然と数歩後退する。
何だろう。手に何かを握っているのだろうか?
フィリベールの様子をじっと見ていれば、婚約者自ら茶葉を選び、缶を小脇に挟めて蓋を開けた。
そしてこなれた手つきで茶器へと移す。
「そこにいられては気になるから、座って待っていろ!」
突如として大声で怒鳴られた。
何もそこまで言われる筋合いはないだろうと思ったが、それはぐっと堪えた。
一応、謝罪に来た身である。
瘴気の浄化が理由とはいえ、禊の儀をすっぽかしたのも事実。言い返すわけにもいかないだろうと、ここはわたしが折れた。
彼が無言で視線を向ける座り心地のいい皮のソファーへ、素直に従い腰を下ろすことにした。
それから間もなくして、彼の綺麗な手が、わたしのすぐ前まで伸びてくる。
彼のお気に入りであるガラス天板のローテーブルに、カチャッと陶器がぶつかる音を立て、紅茶が置かれた。
「お茶を淹れるのに随分と慣れているんですね」
「ああ、まあな。一人で部屋にいる時に、いちいち誰かを呼ぶ方が煩わしいからな」
そう言った彼は、おもむろに紅茶を口へ運ぶ。
それを見たわたしは、続くように、こくりとお茶を口に含む。
すると、目の覚めるようなすっきりとした香りが鼻を抜けた。
柑橘系の香りの紅茶で、昔から好きなものの一つだ。
その明るい色合いのお茶に目を落とす。……ひょっとして、わたしに気を遣ったのだろうか? さっきの怒った態度は照れていたのか?
もしかして最近耳にした、ツンデレというやつか。
きっとそうだわ。
オレンジの皮が入っている紅茶は、男性が好むにしては珍しいもの。
これまでに、彼がオレンジの紅茶を好きだと言っているのも聞いたことがない。
おそらく彼は、わたしのことを陰から応援してくれていたのかな。うん、うん、そうよ。
なんだ……。良かったとホッとする。
彼の気持ちが分かれば、この紅茶の温かさが身に沁み、心までほのかに温かく感じ、自然と口角が上がった。
「このお茶、大変おいしいですわ。昔からオレンジのお茶を飲むと、前向きに頑張れる気がして、何かに挑戦する時は必ず選んでいたんです。フィリ……フィリベール様ありがとうございます」
愛称呼びをしてみたかったわたしは、一度言いかけみたものの、やはり恥ずかしくてやめてしまう。
無理だ。あと少しの勇気が足りないと、今日のところは早々に諦めた。
言われた彼も照れているのか?
表情を変えずに「そうか……」と、静かに発して終わる。
元々ぶっきらぼうな彼は、それ以上、話を続けることはない。
結婚が目前に迫っているのに、わたしたち二人は、未だに初々しい関係のままで、約十年前の婚約当初とちっとも変わっていない。
それもこれも、忙しくて結婚のことを後回にしていたからだろう。お互いに。
――今から三週間後。
自分の二十歳の誕生日に、わたしは同い年のフィリベールと結婚する。
なんだかあまり実感がないのは、結婚式の準備にほとんど関わっていないからだ。自分のことなのに。
そう……。
ウェディングドレスにしても、従者任せにしてしまった。
どうしてって……。
フィリベールから「当日に驚きたいから一人で選ぶように」と言われてしまったんだもの。
そう言われてしまえば、一緒に選びたいとなかなか言い出せず、諦めてしまった。
結局、ドレスを独りで決め兼ねてしまい、わたし自身も周囲に任せきりにしてしまった。
デザイナーへ「肩の出ないもので」とオーダーしたドレスも、そろそろ出来上がる頃だろうが、完成した代物をまだ見ていない。
そのうえ、結婚式に関する招待客や雑多な準備は、婚約者のフィリベールが一人で決めていたからだ。
王族の結婚式には「王族独自のしきたりがあるから」と、口出しするのを一切許されなかった。
まあ別に深い興味もない。正直言って準備は面倒だし。
それに彼も、式やら披露宴やらの準備でイライラしているのだろう。
結婚式に関して触れると、途端に機嫌が悪くなるフィリベールとは、真面な会話もできないまま、駆け足で時間が過ぎてしまった。
この期に及んで、招待客はおろか、式の段取りも教えてもらえていない。
――いよいよ真剣に聞かなきゃいけない。
だけど、こうしてわたしの好きな紅茶を用意してくれている婚約者は、忙しいわたしのことを、何も言わずに気にしていたのだろう。
――うん。きっとそうだ。
彼の気持ちに気づいてしまえば、無愛想な態度は、彼の照れ隠しにも思えてしまう。
なんだ、今日まで気づかなかったわ。
どちらかと言えば、彼から嫌われているかもと、思っていたんだから。
乙女のくせに、魔物ばかりを相手にしているせいで、どうも私は男性の気持ちには疎いようだ。
*:..。♡*゚¨゚゚·*:..。♡*゚¨゚゚·*:..。
お読みいただきありがとうございます!
次話は、記憶を失ったジュディに戻ります。
そんな彼がお茶を飲みながらと言ったため、すかさず、わたしがお茶を淹れようとティーセットが置かれた棚へ駆け寄る。
すると「自分がやる」と横から割り入って、棚の正面を陣取った。
彼は握りこぶしを作ったまま、わたしを追い払うものだから、呆然と数歩後退する。
何だろう。手に何かを握っているのだろうか?
フィリベールの様子をじっと見ていれば、婚約者自ら茶葉を選び、缶を小脇に挟めて蓋を開けた。
そしてこなれた手つきで茶器へと移す。
「そこにいられては気になるから、座って待っていろ!」
突如として大声で怒鳴られた。
何もそこまで言われる筋合いはないだろうと思ったが、それはぐっと堪えた。
一応、謝罪に来た身である。
瘴気の浄化が理由とはいえ、禊の儀をすっぽかしたのも事実。言い返すわけにもいかないだろうと、ここはわたしが折れた。
彼が無言で視線を向ける座り心地のいい皮のソファーへ、素直に従い腰を下ろすことにした。
それから間もなくして、彼の綺麗な手が、わたしのすぐ前まで伸びてくる。
彼のお気に入りであるガラス天板のローテーブルに、カチャッと陶器がぶつかる音を立て、紅茶が置かれた。
「お茶を淹れるのに随分と慣れているんですね」
「ああ、まあな。一人で部屋にいる時に、いちいち誰かを呼ぶ方が煩わしいからな」
そう言った彼は、おもむろに紅茶を口へ運ぶ。
それを見たわたしは、続くように、こくりとお茶を口に含む。
すると、目の覚めるようなすっきりとした香りが鼻を抜けた。
柑橘系の香りの紅茶で、昔から好きなものの一つだ。
その明るい色合いのお茶に目を落とす。……ひょっとして、わたしに気を遣ったのだろうか? さっきの怒った態度は照れていたのか?
もしかして最近耳にした、ツンデレというやつか。
きっとそうだわ。
オレンジの皮が入っている紅茶は、男性が好むにしては珍しいもの。
これまでに、彼がオレンジの紅茶を好きだと言っているのも聞いたことがない。
おそらく彼は、わたしのことを陰から応援してくれていたのかな。うん、うん、そうよ。
なんだ……。良かったとホッとする。
彼の気持ちが分かれば、この紅茶の温かさが身に沁み、心までほのかに温かく感じ、自然と口角が上がった。
「このお茶、大変おいしいですわ。昔からオレンジのお茶を飲むと、前向きに頑張れる気がして、何かに挑戦する時は必ず選んでいたんです。フィリ……フィリベール様ありがとうございます」
愛称呼びをしてみたかったわたしは、一度言いかけみたものの、やはり恥ずかしくてやめてしまう。
無理だ。あと少しの勇気が足りないと、今日のところは早々に諦めた。
言われた彼も照れているのか?
表情を変えずに「そうか……」と、静かに発して終わる。
元々ぶっきらぼうな彼は、それ以上、話を続けることはない。
結婚が目前に迫っているのに、わたしたち二人は、未だに初々しい関係のままで、約十年前の婚約当初とちっとも変わっていない。
それもこれも、忙しくて結婚のことを後回にしていたからだろう。お互いに。
――今から三週間後。
自分の二十歳の誕生日に、わたしは同い年のフィリベールと結婚する。
なんだかあまり実感がないのは、結婚式の準備にほとんど関わっていないからだ。自分のことなのに。
そう……。
ウェディングドレスにしても、従者任せにしてしまった。
どうしてって……。
フィリベールから「当日に驚きたいから一人で選ぶように」と言われてしまったんだもの。
そう言われてしまえば、一緒に選びたいとなかなか言い出せず、諦めてしまった。
結局、ドレスを独りで決め兼ねてしまい、わたし自身も周囲に任せきりにしてしまった。
デザイナーへ「肩の出ないもので」とオーダーしたドレスも、そろそろ出来上がる頃だろうが、完成した代物をまだ見ていない。
そのうえ、結婚式に関する招待客や雑多な準備は、婚約者のフィリベールが一人で決めていたからだ。
王族の結婚式には「王族独自のしきたりがあるから」と、口出しするのを一切許されなかった。
まあ別に深い興味もない。正直言って準備は面倒だし。
それに彼も、式やら披露宴やらの準備でイライラしているのだろう。
結婚式に関して触れると、途端に機嫌が悪くなるフィリベールとは、真面な会話もできないまま、駆け足で時間が過ぎてしまった。
この期に及んで、招待客はおろか、式の段取りも教えてもらえていない。
――いよいよ真剣に聞かなきゃいけない。
だけど、こうしてわたしの好きな紅茶を用意してくれている婚約者は、忙しいわたしのことを、何も言わずに気にしていたのだろう。
――うん。きっとそうだ。
彼の気持ちに気づいてしまえば、無愛想な態度は、彼の照れ隠しにも思えてしまう。
なんだ、今日まで気づかなかったわ。
どちらかと言えば、彼から嫌われているかもと、思っていたんだから。
乙女のくせに、魔物ばかりを相手にしているせいで、どうも私は男性の気持ちには疎いようだ。
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お読みいただきありがとうございます!
次話は、記憶を失ったジュディに戻ります。
応援ありがとうございます!
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