記憶と魔力を婚約者に奪われた「ないない尽くしの聖女」は、ワケあり王子様のお気に入り~王族とは知らずにそばにいた彼から なぜか溺愛されています
瑞貴◆『手違いの妻』4月15日発売!
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第2章 あなたは暗殺者⁉
初めて①
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アンドレから譲り受けたシャツとスラックを着たその上に、白いスモックを羽織るわたしは、かれこれ四時間近く厨房にいる。
今朝は相当早起きをした。
彼に何かを返したいが、自分にできることは大してない。
いろいろと考えた末、エレーナが指示する一時間前から厨房にやってきたわたしは、アンドレを喜ばせようと、一人でデザートを作ってみたからだ。
昨夜の夕飯作りで、エレーナから包丁を使えないレッテルを貼られた調理初心者である。
彼のサプライズを作るために、めちゃくちゃ頑張った。
だから、それを早く渡したくてたまらない。そわそわする。
只今、氷魔法で冷やし中のジュディ特製ゼリーは、間違いなく「おいしい」って言われる気がする。
そんな風に浮かれ気味のわたしは、朝食作りの真っ最中である。
昨日の反省を生かしたエレーナがわたしへ命じた仕事は、卵の殻割り作業だ。
案の定、包丁を持たせてもらえず、卵をガンと打ち付けては、パカンと開く作業をひたすら繰り返す。
その途中で、殻が入ったことに気づいたものの、探し出せず、いくつか混ざってしまった。
あとで見つかるだろうと思ったのが大間違いだった。余計に見つからない。
自分は、何故か、卵を割った経験さえ思い出せない。
こんな大人になるまで料理一つせず、何をしていたんだろうと嫌になる。
やっと見つけた殻をスプーンですくおうとしたが、いまいちうまくいかない。
「取り出すコツはないか」と、エレーナに相談したら、「時間がないからそのまま使って」だって。
……いや、駄目でしょうと目をパチクリさせた。
昨日の夕方は、兵士たちを「味にうるさい」とか、「気性が荒い」とか言っていたくせに、どうして急に大雑把になったのか? 本当に同一人物の発言かと耳を疑う。
兵士たちから、「殻が入っていたと、怒鳴られないか?」と食いついてみたものの、「ジュディちゃんが作った、って言うから大丈夫よ」だって。
――確かにわたしが犯人だけど、よくないでしょうと、ポカンと口を開けた。
どういう訳だか分からないが、「殻はご愛嬌」という謎の作戦に出て、聞き流されてしまったのだ。
エレーナといい、アンドレといい、一貫性がなさすぎて、わたしが混乱するわ!
その後。オムレツを焼くのは、エレーナが一から十まで指導してくれたものだから、「大変よくできました」と、太鼓判を押された。
一見きれいな殻入りオムレツを作り終え、エレーナから「あとは一人で大丈夫だから、朝ごはんを食べておいで」と送り出された。
兵士たちと同じく、わたしも食堂側から食事の乗ったトレーを取ろうとしたときだ。
「ジュディはこれから食事ですか。一緒に食べてもいいですか?」
その声の先を見ると、笑顔のアンドレが、わたしの横でトレーに手を伸ばしていた。
「うん。もちろんよ。アンドレに会えないかなぁ~って期待していたのよ」
「僕に用事なんて、何かあったんですか?」
「いいえ。ただ、一緒にお喋りをしたかっただけよ」
彼を喜ばそうとサプライズを用意した件は、席に着いてから伝えようと、たわいもない会話をしながら二人で席へ向かう。
椅子に腰掛ければ、アンドレがさっそくオムレツを食べている。
一口食べて、彼がくすりと笑った。
「これ、ジュディが作ったでしょう」
「そうよ。初めてにしては上手に焼けているでしょう。おいしい?」
「卵の味がしますね」
そりゃ~そうだ。卵だものと思いながら、はむっと頬張り、ゆっくり咀嚼する。そして、ごくッと飲み込み込んだ。
確かに、最初から最後まで卵の味がした。
「あれっ? 思っていた味と違うわ」
「味が付いていないですね。まあ、これはこれで、素材の味が生きてておいしいけど。周囲に怒っている兵士もいないから、気にする必要はなさそうですし」
「えっ⁉ オムレツって卵に味を付けていたんだ! 知らなかったなぁ」
「『うっかり』ではなく、そっちですか。そう言われるとは思ってもいなかったですよ、ははっ」
「変だなぁ~、どうして覚えていないんだろう」
う~んと唸り、台所仕事の記憶を探る。
そうしてみたところで、記憶の糸口も見つからない。
そりゃぁそうだろう、卵を割った記憶さえ持ち合わせていないのだから。がっかりだ。
「ジュディの知識って、本当に不思議ですね? 誰でも知っていることはすっぽりと記憶から抜け落ちて、誰も知らない魔物の話は詳しいんですから」
「どうしてなんだろう」と、あっけらかんと答えると、怖いくらい真面目な顔を向けるアンドレは、何も言ってこない。
彼の放つ空気が重く感じて、自分から話を続けた。
「朝食を摂ったら、すぐに出掛けてくるわね」
「ジュディが魔猪を狩りに行くのに、僕も付いていってもいいでしょうか?」
「う~ん、わたしにそれを返答する権利はないわね。だけど、アンドレも魔猪を食べたいの?」
「ん? 狩りに行きたいと言ったら、どうして『魔猪を食べたい』に変換されるんですか⁉」
「え~、だって。魔猪の子どもは小さいから、ここの兵士たち七十人分には足りないもの。少し食べたらおかわりもしたくなるし、争奪戦よ」
「その争奪戦に僕も混ぜてくれるというなら、断られても付いていこうかな」
アンドレが、おどけて悪い顔をする。
今朝は相当早起きをした。
彼に何かを返したいが、自分にできることは大してない。
いろいろと考えた末、エレーナが指示する一時間前から厨房にやってきたわたしは、アンドレを喜ばせようと、一人でデザートを作ってみたからだ。
昨夜の夕飯作りで、エレーナから包丁を使えないレッテルを貼られた調理初心者である。
彼のサプライズを作るために、めちゃくちゃ頑張った。
だから、それを早く渡したくてたまらない。そわそわする。
只今、氷魔法で冷やし中のジュディ特製ゼリーは、間違いなく「おいしい」って言われる気がする。
そんな風に浮かれ気味のわたしは、朝食作りの真っ最中である。
昨日の反省を生かしたエレーナがわたしへ命じた仕事は、卵の殻割り作業だ。
案の定、包丁を持たせてもらえず、卵をガンと打ち付けては、パカンと開く作業をひたすら繰り返す。
その途中で、殻が入ったことに気づいたものの、探し出せず、いくつか混ざってしまった。
あとで見つかるだろうと思ったのが大間違いだった。余計に見つからない。
自分は、何故か、卵を割った経験さえ思い出せない。
こんな大人になるまで料理一つせず、何をしていたんだろうと嫌になる。
やっと見つけた殻をスプーンですくおうとしたが、いまいちうまくいかない。
「取り出すコツはないか」と、エレーナに相談したら、「時間がないからそのまま使って」だって。
……いや、駄目でしょうと目をパチクリさせた。
昨日の夕方は、兵士たちを「味にうるさい」とか、「気性が荒い」とか言っていたくせに、どうして急に大雑把になったのか? 本当に同一人物の発言かと耳を疑う。
兵士たちから、「殻が入っていたと、怒鳴られないか?」と食いついてみたものの、「ジュディちゃんが作った、って言うから大丈夫よ」だって。
――確かにわたしが犯人だけど、よくないでしょうと、ポカンと口を開けた。
どういう訳だか分からないが、「殻はご愛嬌」という謎の作戦に出て、聞き流されてしまったのだ。
エレーナといい、アンドレといい、一貫性がなさすぎて、わたしが混乱するわ!
その後。オムレツを焼くのは、エレーナが一から十まで指導してくれたものだから、「大変よくできました」と、太鼓判を押された。
一見きれいな殻入りオムレツを作り終え、エレーナから「あとは一人で大丈夫だから、朝ごはんを食べておいで」と送り出された。
兵士たちと同じく、わたしも食堂側から食事の乗ったトレーを取ろうとしたときだ。
「ジュディはこれから食事ですか。一緒に食べてもいいですか?」
その声の先を見ると、笑顔のアンドレが、わたしの横でトレーに手を伸ばしていた。
「うん。もちろんよ。アンドレに会えないかなぁ~って期待していたのよ」
「僕に用事なんて、何かあったんですか?」
「いいえ。ただ、一緒にお喋りをしたかっただけよ」
彼を喜ばそうとサプライズを用意した件は、席に着いてから伝えようと、たわいもない会話をしながら二人で席へ向かう。
椅子に腰掛ければ、アンドレがさっそくオムレツを食べている。
一口食べて、彼がくすりと笑った。
「これ、ジュディが作ったでしょう」
「そうよ。初めてにしては上手に焼けているでしょう。おいしい?」
「卵の味がしますね」
そりゃ~そうだ。卵だものと思いながら、はむっと頬張り、ゆっくり咀嚼する。そして、ごくッと飲み込み込んだ。
確かに、最初から最後まで卵の味がした。
「あれっ? 思っていた味と違うわ」
「味が付いていないですね。まあ、これはこれで、素材の味が生きてておいしいけど。周囲に怒っている兵士もいないから、気にする必要はなさそうですし」
「えっ⁉ オムレツって卵に味を付けていたんだ! 知らなかったなぁ」
「『うっかり』ではなく、そっちですか。そう言われるとは思ってもいなかったですよ、ははっ」
「変だなぁ~、どうして覚えていないんだろう」
う~んと唸り、台所仕事の記憶を探る。
そうしてみたところで、記憶の糸口も見つからない。
そりゃぁそうだろう、卵を割った記憶さえ持ち合わせていないのだから。がっかりだ。
「ジュディの知識って、本当に不思議ですね? 誰でも知っていることはすっぽりと記憶から抜け落ちて、誰も知らない魔物の話は詳しいんですから」
「どうしてなんだろう」と、あっけらかんと答えると、怖いくらい真面目な顔を向けるアンドレは、何も言ってこない。
彼の放つ空気が重く感じて、自分から話を続けた。
「朝食を摂ったら、すぐに出掛けてくるわね」
「ジュディが魔猪を狩りに行くのに、僕も付いていってもいいでしょうか?」
「う~ん、わたしにそれを返答する権利はないわね。だけど、アンドレも魔猪を食べたいの?」
「ん? 狩りに行きたいと言ったら、どうして『魔猪を食べたい』に変換されるんですか⁉」
「え~、だって。魔猪の子どもは小さいから、ここの兵士たち七十人分には足りないもの。少し食べたらおかわりもしたくなるし、争奪戦よ」
「その争奪戦に僕も混ぜてくれるというなら、断られても付いていこうかな」
アンドレが、おどけて悪い顔をする。
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