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第3章 わたしを捨てたのはあなた⁉

ワケあり王子の不器用な決断③

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「ジュディを困らせる気はなかったんですが、真剣に考えてくれませんか」

「どうして急に?」

「その……、言いにくいんですが、ジュディの肩の後ろに誰かが結んだ避妊の魔法契約があって」

「え⁉ 嘘ッ!」

「ジュディが記憶を思い出せないままだと、術者を探すことができずに、あなたの人生の足かせになると思うんです。ですが僕たちは、互いに身分証がなくて結婚とは無縁の二人ですし、このまま一緒に暮らしてもいいかなと思って」

 彼が視線を向ける先が右肩だったため、襟ぐりの広いブラウスをスッとずらし、首を伸ばして肩の後ろを見る。

 すると、アンドレの言ったとおりの魔法陣が目に入った。

 子どものような未熟な術者がかけたのだろうか? ……どういうわけか、本来消えるはずの魔法陣が消えていない。
 それも彼の言ったとおり避妊魔法の契約だ……。

 得体の知れない恐怖を感じ、指先が小刻みに震える。
「何これ――。どうしてこんなものが……。少しも気づいていなかったわ」
「申し訳ありません」

「アンドレが謝る必要はないでしょう」
「……いや。僕がそれに気づいたのはもっと前だったから。ジュディと服を買いに行った時には気づいていたのに、それから数日黙ったまま……言い出せずにいたので」

 言いにくそうな彼は、そっと目を伏せた。別に彼に責任はない。
 そう思い、取り繕った笑みを見せる。

「そっかぁ~。アンドレは気にしなくていいわよ。だけど、わたしって間抜けだなぁ、こんな大事な魔法契約をかけた人物を思い出せないんだもの……消して欲しいのに、解呪してもらえないわね……」

 アンドレは悪くないと伝えたくて、前半は極力明るく告げたつもりだが、後半、やっとのことで言い終えた。

 多分、わたしに魔法契約を結んだのは、フィリだろう。
 どこの誰とも分からないフィリ――……。

 こうなれば何としてもフィリを探し出し、解呪してもらうべきか……。

 それともこのまま子どもを諦めるべきか。凄く大きな選択である。

 そもそもわたしって何者なんだろう……何もかも分からなくて、苦しくなってきた。

 ふと前を向くと、アンドレが心配そうに見つめている。
 そんな彼に、みっともなく当惑する姿を見せたくなくて、髪で顔を隠すように下を向いた。

 もしもの話だ。フィリがわたしを大切にしていたのなら、服の隙間から見える位置に、魔法契約を付けるとは考え難い。
 ドレスを着る身分ではないとはいえ、こんな目立つ魔法陣を放置してよいわけがない。

 何かの事情があり、この魔法契約を結んだとしても、普通であれば、愛しい女性の肩に魔法陣が浮かんだままなのに気づけば、すぐに消すはず。
 それなのに、くっきりと色濃く残るこれは、ちょっとした悪意さえ感じる。

 わたしが彼を拒絶する程の何かがあるのは間違いない。
 会ったところで、魔法契約を解呪してもらえるとも限らない。
 それに、フィリがわたしに結んだ魔法契約を追跡するとなれば、相当な魔力量と技量が必要となる。

 そんなことを、こんな未熟な魔法契約しか結べないフィリにできるとは思えない。
 昨日。寄宿舎で感じた異変。自分が乗っ取られるような感覚は、右肩の魔法陣が原因ではない。違和感の先は頭だった。だから違う。

 ——となれば、会わないままフィリから目を逸らした方が無難か。

 生涯、我が子を抱くという希望を諦めればよいのだから。
 理屈では分かる。だけどそう言い聞かせても、納得しきれない……。
 どうしよう。どれだけ悩んでも答えは出せそうにないし、すぐに心が晴れる気がしない。

 アンドレに答えを委ねようと彼を見つめたが、彼は明確な返答をしなかった。

「僕も胸を張れるような立場ではありませんから……。すぐに答えを出さなくてもいいですよ」

「あれ? だけどアンドレは、手紙のご令嬢が好きなんでしょう」

「まだそんなことを信じていたんですか? 彼女へ抱く恋心は少しもありませんよ。好きになれるような女性でもありませんから」
「そうなの?」

「彼女のことは――……別にどうでもいいんです」

「そうなんだ。……だとしてもすぐに返答できそうにないわ。少し考えさせてちょうだい」

 彼は、うんと納得を示す頷きを見せる。

 カステン辺境伯の話と食い違うのはどうしてなのかと、問いただしたいところだが、すでに頭の中がいっぱいで今は無理そうだ。
 もう少し猶予はありそうだし日を改めて確認するかと、彼とのお茶の時間を終えた。

 ◇◇◇
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