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第3章 わたしを捨てたのはあなた⁉

あなたは……わたしを捨てた人②

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「来た来た、来たわよ。次から次へと『スープを作ったのは誰だ』って、真っ赤な顔でカウンターの所で大声を出していたけど、わたしが作ったと言ったら、『凄くおいしい』って、全員おかわりをしていたわよ」

「ふ~ん。それならいいや」

 え? なんだろう。意味深な質問をしてきてと思い、じっと見つめる。
 ――その後も、わたしが作ったスープをアンドレが神妙な顔で食べるため、不安になって訊ねてみた。

「ねえ。上手にできたと思うんだけど、おいしい?」

「まあ、食べられなくはないですよ」
 彼はわたしを見つめると、満足気に笑った。

 そして、カチャンとスプーンを器に置くと、アンドレのスープはきれいに空になっている。一気に完食する程スプーンが進んだみたいだ。
 普段から遠回しな言い方をするアンドレだし、意味深な感想は「おいしい」ということだろう。
 そう思って、ちょっと大袈裟に言葉を返す。

「正直に、おいしいって言えばいいのに。本当、素直じゃないんだから」

 まあ彼から嫌みがないだけましかと、スプーンでひとすくいして口へ運ぶ。

 ――その瞬間。
 自分が想像していた味と全く異なる味が、口いっぱいに広がる。そのせいで、頭の中が大混乱を起こした。

「あっま~い。な何これッ! 激マズじゃない。どうしてこれを完食してるのよ!」

「ふふっ。ジュディの好みの味なのかと思ったからね。記憶を思い出すヒントになるかもしれないのに、否定するのは悪いから」

「信じられない。兵士のみんなは、おかわりまでしていったわよ。……甘ったるくて、おいしくないのに」

「ジュディが作ったと知れば、文句は言えないだろうね」

「どうしてよ。わたしの方が、みんなから親切にしてもらって、お世話になりっぱなしなのよ。そんなわけないでしょう」

「その能天気な解釈は昔からなのかな? どう考えても連中は、ジュディの……いや、この話はまあいいや。今日は隊長から、どこに誘われたんですか?」

「ふふっ、聞いてくれる?」
「言いたくてしょうがないって顔をしていますよ」

「まあね! ナグワ隊長が靴を買ってくれるって言うから、このボロボロの靴から卒業するのよ」
 満面の笑みで答えた。

「そうですか。――そういえば、僕もちょうど靴が欲しかったんだ。一緒に行こうかな」
「あれ? そうなの? いつも綺麗な靴を履いている気がするけど」

「違う色の靴が必要なんですよ」

「昨日は冬用の寝衣が欲しいって見に行ったのに、結局、何も買わなかったじゃない」
「それは――。昨日は、気に入ったのがなかったからね」

「あぁ! 分かったわ。アンドレもナグワ隊長から、ちゃっかり靴を買ってもらおうとしているんでしょう」

「は⁉ どうしてそうなるんですか……。全然違いますよ」
 呆れた口調で返された。そうでなければ、どういう理由だ。おかしいなと思うわたしは、疑問をぶつける。

「安月給だって、ぼやいていたでしょう。それなのに寝衣は結局アンドレに買ってもらったし」

「軍の予算から給金をもらわなくても、お金を得る方法はいくらでもあるからね。まあ、イヴァン卿の元を離れたら、同じ方法って訳にもいかないし、どうしようかなとは考えていますが……。それでも貯えは十分にあるので、生活に困ることはないでしょう」

「それって何をしてお金を稼いでいたのよ」
「ふふっ、それは内緒です」

「はいはい、そうですかぁ~」

 もう、アンドレが打ち明けてくれないから、分からないことばかりだ。
 こんなお荷物にしかならないわたしを抱えても、アンドレならどこでも暮らしていける自信があるのか……。
 魔力量の多い彼は、魔力至上社会で不安なんてないのねと羨ましくなる。
 だけどなぁ――。

「一つ聞いてもいいかしら」
「ええ、どうぞ」

「アンドレは、わたしのことが好きなの? だから一緒に暮らそうと言ってくれているの?」
 正直なところ。昨晩のアンドレからは、わたしを好きだという感情は伝わらなかった。
 特段、子どもを望んでいないというアンドレにとって、わたしという存在が、都合がいいくらいの感覚にしか思えなかった。
 そのせいかもしれないけど、彼の申し出が、どこか心に響かなかったんだと思う。

「笑わないですか?」
「もちろんよ」
「それなら――」
 躊躇いながら、彼が口を開く。
「……実は僕にも分からないんですけど……。なぜかジュディと一緒にいたいと感じてしまって。もしかして、好きなのかもしれないし、どうだろうか……」

「もしかしてって……。あのね。そんなはっきりしないなら、カステン軍に二人で残ればいいじゃない」

 わたしだって、アンドレに恋愛感情はない。
 だけどわたしもアンドレと一緒にいたいと思う気持ちはある。でもそれは、この場所で暮らしていくだけで十分だ。何もわざわざ違う場所へ行く必要はない。

「まあ、僕にも事情があって、それが許されないんです」
「その事情は教えてくれないのかしら?」
「申し訳ありませんが、それはジュディでも教えられません」
 苦笑する彼は、この期に及んでまだ何も言えないと。
 それは随分と滅茶苦茶な話に思える。わたしだってアンドレと一緒にいたいのは変わらない。
 けれど、自分を信用してもらえないのなら、二人で新しい生活を送るなんて及び難い。

「二人で暮らすことが、アンドレにとって本当にいいことなのか分からなくて……」
「僕は真剣だけど」
 よどみなく言い切った。

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