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第5章 離さない

あなたを待っていました②

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 いつもと様子の違う彼が、やたらと調子を乱してくれる。
 騙されてなるものかと考えるわたしは、彼に流されないよう、彼が歩く側とは反対の壁に視線を向けながら歩く。

「王宮の食事は久しぶりだけど、今日のメニューは何かしら」

「それでしたらジュディが怒らないように、肉を頼んできました。さっきも魔猪の話をしていましたからね」

「いくら何でも寝起きに肉って、ねぇ」
 内心、やったぁと喜んだものの、渋る振りをする。
 朝から肉だ、肉だと騒いで浮かれる姿は、乙女としてどうかと思うから、淑女として無難な反応をしてみせた。これも妃教育の賜物だ。

「あれ、駄目でしたか? 朝から魔猪を食べたいと言い張って、独りで狩りに出ていた話をシモンから聞いたので、気を利かせたつもりでした」

「ぁ……。知ってたの……」
「メニューを変えますか? しばらくぶりの食事なので、お腹に優しいものにしましょうか」

「いいえ、変えなくて結構よ。消化にいいものなんてオーダーしたら、ふやけたパンと、味のしない豆が出てくるわよ。そんなんじゃ、戦いの前に気合が入らないから却下ね」

「ふふっ、やっぱり却下ですか。さすがに厨房に魔猪はないので、猪のステーキを用意してくれるそうです。魔猪は今度、一緒に捕まえに行きましょう」

「行く、行く! 楽しみね」
 
 彼がにこにこと嬉しそうにしているから、アンドレも肉を食べるのが楽しみなのねと、感覚が同じでホッとする。

 そんな彼と並んで歩くと、すれ違う者全てが一度静止してから深々と礼をする。
 今も、分厚い紙の束を持った人物が、アンドレを見て躊躇いなくお辞儀をした。

 元々従者たちへの教育が行き届いた王宮だが、急に現れたアンドレをすんなりと受け入れているのは、わたしの知らない三日間に彼が並々ならぬ努力をしていたからだろう。

「アンドレは、すっかり王宮の中で慕われているのね」
「それはジュディのおかげですよ」

「ふふっ、また何を謙遜しているのよ。わたしは三日間寝ていただけでしょう。何もしていないわ」

「僕が、王宮にジュディを連れて帰ってきたからですよ。そうでなければ、誰からも受け入れてもらえなかったでしょうね」

「そうなんだ。聖女というだけで、珍しいからかしら」

「いいえ違いますよ。それならリナ嬢だって慕われているはずですが、彼女はそうではありませんから」

 おかしなことを言うなと思うわたしは、うぅん~と唸り、自分とリナの違いを考える。

 大司教のガラス玉にしても、結界にしても、ジュディットが関わっているのは、ほとんどの者が知らない話だ。私の名前は知れ渡っていないのが実情だと思う。

 その点、ルダイラ王国の各地で行う式典で、リナが祈りを捧げているのだ。リナの方が知名度も高く人気があったと思うから、アンドレの話がしっくりこない。

「わたしの名前で特別なことはしていないはずよ」

「それなら、当たり前にしてる、いつものジュディが慕われていたんでしょう。ジュディの部屋を訪ねれば、加護を与えていたそうじゃないですか。あなたの立場なら追い払ったとしても誰からも文句を言われないのに」

「貴重な光魔法の加護は、有効活用した方がいいでしょう」

「おかげで、そんなジュディを抱きかかえて王宮にやってきた僕は、英雄扱いですよ」

 元々ご機嫌な彼は、くすくすと楽し気に笑っている。

 二人でお喋りをしながら王宮の廊下を抜け、近衛兵が立つ扉を、彼らに開けてもらい部屋の中へと入る。

 一歩踏み入れたその空間は、執務室を二つ並べたくらいの面積はあり、初めて入る場所だ。

 白を基調とした部屋に小花模様の赤い絨毯が敷き詰められ、八人掛けの細長い机がドンと中央に置かれている。

「ここは?」
「僕専用の食堂らしいです」
「そうなのね。もしかして、フィリベール殿下にもあったのかしら?」
「おそらく、あったと思いますよ」

 アンドレの話では、王族にはそれぞれに食堂が与えられているようだ。

 わたしってば、相当長い期間、フィリベールの婚約者だったけど、一度も連れてきてもらった記憶がない。またしても、彼らしい一面が見つかったわねと笑い飛ばし、アンドレに訊ねた。

「ねぇ、アンドレはいつもどこに座っているのかしら? その向かいに座るわ」

「え~と、ジュディはどこに座りたいですか? 僕はその向かいで構いませんよ」

 何だこの会話は?
 付き合い始めの初々しい恋人同士みたいな、じれったいやり取りを、今更ながら、二人の間で交わすとは思いもしなかった。

「別にどこでも気にしないから、いつもアンドレが座っている場所に座ってよ」

 二人の従者が椅子を引くためにスタンバイしている。だが、主人が動かないため、どうしてよいのか分からず後ろで控えたままだ。

 私に希望はない。窓もないため眺められる景色はないんだもの。
 唯一の違いは目に留まる調度品が、絵画か、生けた花かの違いくらいだし。
 正直言って席なんてどこでもいいけど、こういうのはなんとなくの感覚で、座っている場所が大概決まっているはずだ。そう思って確認したのに。

「実はここを使うのは初めてでして。では、一番奥に座りましょうか」

 そう言って動き出す彼に従いそれぞれの席に着けば、前菜とスープが運ばれてきた。

 野菜を煮込んだ透明なスープを口にして、三日ぶりの食事に体が驚いていないか確かめる。
 優しい味わいのスープがじんわりと体に沁みていく。
 始めのうちはゆっくり食べていたが、結局、パクパクと食べ進めているから少しも問題なさそうだ。

「今日までアンドレは、どこで食事を摂っていたのかしら?」
「もちろん食べてませんけど」

「え? もちろんって⁉」
 当然のようにさらりと言った。
 だが、そんな訳はないでしょうに。そう思って聞き直す。

「わたしが眠っていた三日間。少なからず夜を三度迎えているのよ。夕食だけでも三回はあるわ。それなのに食べていないって、どういうこと⁉」

「ジュディと一緒に食べるのを待っていただけですよ」

 わたしを待っていたって、おかしなことを平然と言い張る彼に、呆れた顔を向ける。

 一方の彼はというと、驚くわたしの方が、まるでおかしいと言いたげな顔をする。

「三日も食べていないって、何をやっているのよ。大問題でしょう!」

「それならジュディも食べていないので、大問題ですね、ふふっ」
「ちょ、ちょっと笑い事じゃないわよ。倒れたらどうするのよ」

「途中で何かを口にしたら、ジュディの状況が分からないでしょう。僕はジュディと同じ時間に同じメニューを食べていましたからね。その僕が倒れそうになるなら、ジュディも深刻な状態ですから」

「わたしは寝てただけで、アンドレは動き回っていたのよ。どうしてそんな無茶をするのよ……」

「無茶ではありません。僕と同じ条件だから、眠っているジュディを安心して見守っていられました。僕が限界を感じたら、口移しで何かを飲ませてあげようと考えていましたからね。まあ、そうならなかったのは、ちょっと寂しいような気がしますけど」

 ――待ってってば。

 この会話。どう考えても切ない顔をする話じゃないわよ。
 それに、そもそも恋人同士じゃないんだし、口移しって手段はないだろうに。
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