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第5章 離さない

やきもちが嬉しくて、つい①

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 ◇◇◇

 アンドレと話をしたかったのにな……と考えてしまえば、何か食べたい気持ちにはなれず、再び中央教会へと戻った。

 リナが現れる直前。何を謝ろうとしていたんだか知らないけど、肝心なところで忘れるなんて、馬鹿っ!

 アンドレのことを思い浮かべるとイライラして仕方がないけど、リナが祈祷室から出てきたとなれば、結界を張り直しておかなきゃまずい。そう思えば居ても立ってもいられないのも事実。

 中央教会へ到着すれば、わたしの顔を見た途端に感動で流涙する大司教を見て、申し訳ないと思う反面、妙に嬉しくて胸がふわふわとした。

「お戻りになるのを、心からお待ちしておりました」

「ふふふっ、そう言ってくれると嬉しいわ。急にいなくなってしまって迷惑をかけたわね」

「このような言葉をかけていただけるジュディット様とリナ殿がご姉妹というのが、信じられませんな……」
 疲れ果てた様子の大司教が、目の下に大きな隈を作りげっそりとしているんだもの、わたしも被害者であるのに謝罪してしまうわよ。

「リナが祈祷室で騒いでいたんですって、少しだけ、アンフレッド殿下から伺いましたわ」

「ええ、それは酷いものでした。魔力が残らないうちはガラス玉を寄越せと訴えるだけでしたが……。溜まった魔力で祈祷室を壊すと言い出すわ、結界が消えるように念じるだの騒ぎ立て、手に負えませんでした。わたくしどもでは、まったくもって取り入ってくれないので、嫌がる殿下に婚約者の振りを無理に頼んでしまって」
 俯く大司教から、申し訳なさげに告げられた。

「祈祷室が無事でよかったわね」と告げて、話題の部屋へと入った。

 そうすると中は以前と変わっていない。部屋の中心に祈祷台と呼ばれる胸の高さくらいの木の机がある。
 まあ、そこで手を合わせて祈れという話なんだけど、それには見向きもせず、適当な所で横たわる。

 ――ルダイラ王国に邪悪なものが入り込みませんように。

 いつものように、目を瞑り祈った…………。
 かつて。わたしが結界を張るより前は、結界自体が脆かったと聞く。
 そのせいもあって、結界周辺の領地は魔物への対策ができていたんだと思う。
 今となっては魔犬や魔猪で大騒ぎするんだもの、……その原因は、わたしのせいかなと思えてしまう。

 もう少し、防御力の弱い結界にすべきかもしれない。
 とはいえ、祈祷室で眠りながらかける結界のできが現状なんだもの、調整の仕方も分からない。結果、どうしようもないなと解決策は見つけられそうにない。

 ――それにしても、アンドレなんて知らないんだから。

「もう一回言ってくれるのを待ってたのに、どうしてリナに言うのよ馬鹿! わたしのための指輪なんじゃないの……違うの? 欲しいなんて思ったけど、誰のために作ったのか分からない指輪なんか、いらないんだから。もしも無理やり渡されてもすぐに売ってやるんだから」

「……それは寂しいですが、何度でも贈りますよ。その度に一緒に買いに行きましょう」
 すぐ近くから声が返ってきて、目をパチッと開く。
 すると目の前に、わたしを覗き込むアンドレが床に横たわっているではないか。
 え⁉ いつからそこにいたんだ。

「この部屋に入ると、本当に眠っているんですね」
「そんなことを言うアンドレは、いつから横にいたのかしら?」

「ジュディがこの部屋に入って一時間くらいしてからでしょうか。確かに眠っていた方がいいだろうなと思うくらい、魔力が一気に減っていくから、横になっている理由は理解できましたけど」
 一向に起き上がる気配のないアンドレが、穏やかに微笑む。

「どうしてここにいるのよ」
「部屋に戻ったらジュディがいなかったから」

「もう! 魔力が戻れば、どこだって行くわよ」

「でしょうね。シモンは、イライラしているなら魔猪を捕まえに行ったんじゃないかと話していましたけど、自分のことより人のために動いていたジュディなら、真っ先にここに行くだろうなと迷いもしませんでした」

「そりゃぁ、魔猪はこの後に捕まえにいくわよ。むしゃくしゃするもの」
「……ごめん」
「何がよ……」
「ジュディが拗ねているから」

「別に拗ねてないし」

「では、僕のせいで怒っているから」

「調子のいいアンドレに怒っているのよ。あんな楽しそうにリナと話して……。リナのために指輪を用意してただの、買いに行こうだの、どっかで聞いたようなことをリナにも言うんですもの。わたしにも適当なことを言っていたんでしょう、どうせ」

「あの聖女との会話はいつもジュディを想像してたので、適当なことは言ってないんですが……。まさか、結婚直前の婚約者に未だに指輪を贈っていないのには動揺して、返答が思いつかずに失言しました。それをジュディに聞かれるなんて情けない」

「後からなら、なんでも言えるわよ」

「では、戯言だと思って聞いてください」
「し、仕方ないわね」

「いつか偶然出会うジュディが泣いていたら、すぐに連れ去る気でいたんです。だけどそのときに、それなりの指輪を用意していないと、ただの人攫いに思われますからね。ジュディと会える奇跡を夢見て常に持ち歩いていたんですが……」
 そう言って、彼は内ポケットに手をやり、何かを取り出す。

「一度渡そうと考えていたんですが、いまさら古い指輪を渡すわけにもいかないなと、ジュディから断られ気づいたので捨てる気でいたんです……」

「別に……アンドレが贈ってくれるなら、もらってあげてもいいわよ」
 すると、くすくすとアンドレが笑い出した。

「謝ってるくせに、どうして笑っているのよ」

「それは、ジュディも僕にやきもちを焼いてくれたのが、嬉しくて。まさか、ここまで落ち込んでくれると思っていなかったから、つい」
 目元を緩ます彼が、反省の欠片もない話をし始めた。

「いつも自信満々のくせによく言うわね」

「自信なんて少しもないですよ。ジュディから、自分の部屋に戻ると言われないか、不安ですし」

「戻ってもいいなら戻るわよ」

「本当に戻るんですか? 僕は近くにいてもらいたいんだけど。ジュディはそれで寂しくないんですか?」

 あれ? そんな風に言われたら、強く言い切れない。
 今朝だって、起きて一番に顔を見たかったし、アンドレがいなくて寂しかった――……。

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