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第3章 入れ替わりのふたり
3-18 元に戻るふたり①
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2人の入れ替わりから1週間が経過していた。
エドワードが救護室で仕事をしないままでいるのは、もう限界だろう。
……こんなはずではなかった。
と、悔しさを隠しきれない険しい顔のエドワードは、自分の父に打ち明ける覚悟を決めていた。
交差させた2人の剣。その向こうにいる、自分の体を、エドワードは恨めしそうに見る。
騎士訓練の時間をやり過ごし、宰相の元へ2人で向かう。
そのために、まずは、ルイーズと騎士訓練の真似事をしながら、自分が「回復魔法師である」と、ルイーズに打ち明けようとしている。
そして、騎士候補生は辞める気はない。
むしろ、自分がルイーズとして生きるのであれば、このまま騎士になるのが好都合。そうなれば王宮への出入りも可能だ。
だが、どちらにしても、体力のないルイーズの体を作ってからだろうと、決意を固めた。
エドワードはルイーズに打ち明ける前に、試したいことがあった。
ルイーズに、スペンサー侯爵家の嫡男として振る舞ってもらう。
それを任せるのが不安でたまらない。エドワードは何としても避けたかった。
ふたりの体を戻すため、エドワードは心当たりの全てを尽くした。……が戻らず仕舞い。
しかし、これまでは、自分がルイーズの体で試していた。
おそらく根本が違うのだろう。この入れ替わりは、エドワードの体と思考が関係するはずだ。
そうなれば、試していない策は、残すところ1つとなった。
この方法に、エドワードは、相当期待している。何といっても、入れ替わった日と同じ条件と言える。
「なあ、自分の体に戻りたいと念じてくれないか?」
「うん? どうして?」
エドワードからの唐突の依頼。それくらいで入れ替わりが起きるわけがない。
念じるだけで他人になれるなら、自分はとっくに違う人間になっていただろう。
納得していないルイーズは、こてんと首をかしげる。
「入れ替わったあの日、俺がしたのは、この訓練場で念じただけだ。お前が俺の体で、替われ、と願ってくれ」
「うーん。うまくできるかな、やってみる」
エドワードにそう言われたものの、ルイーズは戻りたくないのが本音。
それでも、真面目なルイーズは、言われたことはちゃんと守る。
これまでの人生、それを曲げたことはない。
まいったな。本当に戻ったらどうしよう。と思いながら、ギュッと目をつむる。そして心の中で「戻れ」と念じる。
(戻れ。自分の体に戻れ……)
……自分の体が、元に戻っていませんように、と願いながら、ゆっくりと目を開ける。目に映るのは自分。ふぅ~っと、胸をなでおろす。
そんなルイーズの耳に、はぁぁ~と、エドワードの深いため息が届く。
「お前、本当に念じたのか?」
「はぁぁーっ、ちゃんと言われたとおりに、やったわよ」
「……最悪だ。こんなはずじゃなかったのにな……」
激しく落胆するエドワード。力が抜けた彼は、剣を握る手が緩む。
それと同時に、交差していた剣が緩み、ギギーッと音を立ててズレた。
あまりに悲しそうな顔のエドワードを真顔で見ているルイーズは、掛ける言葉が出てこない。
悔しがるエドワードの姿に、自分といるのは嫌なのか、と唇をかんでいる。
「今日、このまま俺の父に報告する。宰相の部屋に入るには、エドワードの体が必要だ。お前も一緒に行くからな」
「えーっ。そんな偉い人の所に行くのは、ちょっと……困る」
「はぁぁーっ、馬鹿か。お前がいなきゃ警備を抜けられないんだ。お前、自分がこれからどうなるか分かっているのか? 公式の場ではお前がエドワードだ。何も分かっていないお前が、この先、侯爵家の次期当主として生きるんだぞ」
真剣なエドワードの訴えで、現実を理解する。
突如降ってわいた責任。それが分かり、泣き出しそうなルイーズ。手は震え、交差している剣がカタカタと小さな音を立てる。
「むっ、むっ、無理よ」
「安心しろ、とっくに承知の上だ。俺が一からお前に教える。そうするために、俺たちの事情を全て父に伝える。もう隠してはおけない」
「わっ、分かったわ……」
「こうなったら俺に全部吐け。ルイーズが伯爵夫人の子でないことは承知済みだ。お前は俺に、あの家のことで他に隠していることはないか」
少し考え込んだルイーズ。
18歳になれば家にいられない。けれど、こうなれば関係ない。そう思ったルイーズは首を横に振る。
「……何もないわ」
「あー、でもまさか本当に、俺がドレスを着てお前と舞踏会に行くとはな……。……大丈夫だろうか」
弱々しく話すエドワードは、心底嫌そうな顔をする。
「ふふっ。きっと2人で行けば楽しいわよ。何だか、すっごく楽しみになってきたわ。ふふっ」
ルイーズにとって、舞踏会は誕生日の祝い膳を食べる場所。
何より、エドワードと一緒に行けるのがうれしくてたまらない。自然と笑いがこぼれる。
「あ、その舞踏会に関係する大事な話だが……。俺の仕事……」
訓練をせずに会話をしている2人。そこへ、教官が近づいてきた。
困った表情を浮かべる教官は、怒っているわけではないようだ。にもかかわらず、見逃す気もないと、はっきり指示される。
「他の候補生から苦情がきた。最近、訓練を怠っていただろう。やる気がないなら辞退してくれ。続ける気があるなら、しっかりやってくれよ。この練習にも手当が付いているからな」
言い返す余地はない。
無駄に他者と関わりたくない2人は、声が重なるように「分かりました」と返答して場を収める。示し合わせていなくても、いつも2人の意見はぴったり。
それがおかしくなり、くすりと笑っているルイーズ。
教官としても、エドワードにはあまり強く言えない。
教官たちは、エドワードが「女性騎士育成に尽力したい」と申し出たと騎士団長から聞いている。
全く見込みのないルイーズを、毎日付きっきりで見てくれているのだ。他から苦情がなければ容認する気でいた。
「怒られたわね」
「全く、誰がいらない苦情を言ったんだか……。俺がこの体で、お前の相手をするのか……」
エドワードは不満げな顔をしながら、訓練を始めていた。
エドワードが救護室で仕事をしないままでいるのは、もう限界だろう。
……こんなはずではなかった。
と、悔しさを隠しきれない険しい顔のエドワードは、自分の父に打ち明ける覚悟を決めていた。
交差させた2人の剣。その向こうにいる、自分の体を、エドワードは恨めしそうに見る。
騎士訓練の時間をやり過ごし、宰相の元へ2人で向かう。
そのために、まずは、ルイーズと騎士訓練の真似事をしながら、自分が「回復魔法師である」と、ルイーズに打ち明けようとしている。
そして、騎士候補生は辞める気はない。
むしろ、自分がルイーズとして生きるのであれば、このまま騎士になるのが好都合。そうなれば王宮への出入りも可能だ。
だが、どちらにしても、体力のないルイーズの体を作ってからだろうと、決意を固めた。
エドワードはルイーズに打ち明ける前に、試したいことがあった。
ルイーズに、スペンサー侯爵家の嫡男として振る舞ってもらう。
それを任せるのが不安でたまらない。エドワードは何としても避けたかった。
ふたりの体を戻すため、エドワードは心当たりの全てを尽くした。……が戻らず仕舞い。
しかし、これまでは、自分がルイーズの体で試していた。
おそらく根本が違うのだろう。この入れ替わりは、エドワードの体と思考が関係するはずだ。
そうなれば、試していない策は、残すところ1つとなった。
この方法に、エドワードは、相当期待している。何といっても、入れ替わった日と同じ条件と言える。
「なあ、自分の体に戻りたいと念じてくれないか?」
「うん? どうして?」
エドワードからの唐突の依頼。それくらいで入れ替わりが起きるわけがない。
念じるだけで他人になれるなら、自分はとっくに違う人間になっていただろう。
納得していないルイーズは、こてんと首をかしげる。
「入れ替わったあの日、俺がしたのは、この訓練場で念じただけだ。お前が俺の体で、替われ、と願ってくれ」
「うーん。うまくできるかな、やってみる」
エドワードにそう言われたものの、ルイーズは戻りたくないのが本音。
それでも、真面目なルイーズは、言われたことはちゃんと守る。
これまでの人生、それを曲げたことはない。
まいったな。本当に戻ったらどうしよう。と思いながら、ギュッと目をつむる。そして心の中で「戻れ」と念じる。
(戻れ。自分の体に戻れ……)
……自分の体が、元に戻っていませんように、と願いながら、ゆっくりと目を開ける。目に映るのは自分。ふぅ~っと、胸をなでおろす。
そんなルイーズの耳に、はぁぁ~と、エドワードの深いため息が届く。
「お前、本当に念じたのか?」
「はぁぁーっ、ちゃんと言われたとおりに、やったわよ」
「……最悪だ。こんなはずじゃなかったのにな……」
激しく落胆するエドワード。力が抜けた彼は、剣を握る手が緩む。
それと同時に、交差していた剣が緩み、ギギーッと音を立ててズレた。
あまりに悲しそうな顔のエドワードを真顔で見ているルイーズは、掛ける言葉が出てこない。
悔しがるエドワードの姿に、自分といるのは嫌なのか、と唇をかんでいる。
「今日、このまま俺の父に報告する。宰相の部屋に入るには、エドワードの体が必要だ。お前も一緒に行くからな」
「えーっ。そんな偉い人の所に行くのは、ちょっと……困る」
「はぁぁーっ、馬鹿か。お前がいなきゃ警備を抜けられないんだ。お前、自分がこれからどうなるか分かっているのか? 公式の場ではお前がエドワードだ。何も分かっていないお前が、この先、侯爵家の次期当主として生きるんだぞ」
真剣なエドワードの訴えで、現実を理解する。
突如降ってわいた責任。それが分かり、泣き出しそうなルイーズ。手は震え、交差している剣がカタカタと小さな音を立てる。
「むっ、むっ、無理よ」
「安心しろ、とっくに承知の上だ。俺が一からお前に教える。そうするために、俺たちの事情を全て父に伝える。もう隠してはおけない」
「わっ、分かったわ……」
「こうなったら俺に全部吐け。ルイーズが伯爵夫人の子でないことは承知済みだ。お前は俺に、あの家のことで他に隠していることはないか」
少し考え込んだルイーズ。
18歳になれば家にいられない。けれど、こうなれば関係ない。そう思ったルイーズは首を横に振る。
「……何もないわ」
「あー、でもまさか本当に、俺がドレスを着てお前と舞踏会に行くとはな……。……大丈夫だろうか」
弱々しく話すエドワードは、心底嫌そうな顔をする。
「ふふっ。きっと2人で行けば楽しいわよ。何だか、すっごく楽しみになってきたわ。ふふっ」
ルイーズにとって、舞踏会は誕生日の祝い膳を食べる場所。
何より、エドワードと一緒に行けるのがうれしくてたまらない。自然と笑いがこぼれる。
「あ、その舞踏会に関係する大事な話だが……。俺の仕事……」
訓練をせずに会話をしている2人。そこへ、教官が近づいてきた。
困った表情を浮かべる教官は、怒っているわけではないようだ。にもかかわらず、見逃す気もないと、はっきり指示される。
「他の候補生から苦情がきた。最近、訓練を怠っていただろう。やる気がないなら辞退してくれ。続ける気があるなら、しっかりやってくれよ。この練習にも手当が付いているからな」
言い返す余地はない。
無駄に他者と関わりたくない2人は、声が重なるように「分かりました」と返答して場を収める。示し合わせていなくても、いつも2人の意見はぴったり。
それがおかしくなり、くすりと笑っているルイーズ。
教官としても、エドワードにはあまり強く言えない。
教官たちは、エドワードが「女性騎士育成に尽力したい」と申し出たと騎士団長から聞いている。
全く見込みのないルイーズを、毎日付きっきりで見てくれているのだ。他から苦情がなければ容認する気でいた。
「怒られたわね」
「全く、誰がいらない苦情を言ったんだか……。俺がこの体で、お前の相手をするのか……」
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