よろず商人エリー 死神の約束

鈴本悠介

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プロローグ

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 群青色の空を眺めながら、男は通い慣れた道をとぼとぼと、ため息混じりに歩いていく。缶ビールとつまみの入ったコンビニ袋をぶら下げて、見慣れた古い木造建築のアパートの前にたどり着くと、男はちらりと目線を上げ、自嘲気味に鼻で笑って見せた。
 この寂れた自分の根城を見るたびに早いとこお金稼いでもっと良いところに住みたいという願望が顔を出す。
 何の気なく遠くの空を眺めると、山の稜線から朝日が顔を出し始めていた。
 誰もいない真っ暗な部屋の明かりをつけて、使い慣れた座椅子に腰を下ろす。ふぅと一息ついて、缶ビールを口元に傾け、先月ようやくガラケーから切り替えたばかりの最新スマホを片手にネットサーフィンにいそしむ。 
 夜勤のアルバイト終わりにするいつもと変わらぬルーティンを繰り返していた時、男はふと、大手掲示板サイト内にあった一つのスレッドに目が留まった。そのスレッドには不思議なタイトルが付けられていた。
 エリオよろず店……?
 よろず? 何でも屋か何かだろうか? 店主によるお店の宣伝? それにしても変な店名だな……。
 男は妙に気になってしまいは掲示板の中を徐に覗いてみた。すると、そこにはこんな書き込みがあった。
「みんな、『エリオよろず店』って知っているか?  どんな望みも叶えてくれて、ありとあらゆる物を売っているなんでも屋って話だ。本当に何でも。そこの店主は突然客の前に何の前触れもなくふらっと現れて、その人が今欲しいもの、望んでいることを瞬時に見抜き、売るなり、手助けしてくれるなり、なんだってしてくれるんだ」
 他の誰かが即座に返答する。
「何だよそれ、めちゃくちゃ眉唾モンじゃねぇか。突然現れるってストーカーかよ。そんな不気味な何でも屋、気味が悪いし、本当にあるのか疑わしいことこの上ねぇな」
「でも、もし本当だったら会ってみたいわ。だって何でもしてくれるんでしょ? 例えば、ブランド物の洋服とか最新家電とか高級なコスメとかすぐ売ってくれたり、大学のレポートとかも代わりにやってくれたりするのかしら? あと……タイムマシンとかも売ってくれるとか?笑」
「タイムマシンって……ドラえもんかよ」
「笑ってるけど、そんなものも本当に持っているってもっぱらの噂だ。現代版のリアルドラえもんってわけ」
「おいおい、んなわけあるかよ。チープな作り話だな」
「そう? 夢があって素敵じゃない。私はそういう話嫌いじゃないわよ」
 男は真実味がない話だと内心思いつつも、幾許か好奇心が掻き立てられたため、こんな書き込みをしてみた。
「あの、ちょっと良いっすか? もし万が一そんな何でも屋さんがいたとして、本当にそんなすごい道具を売ってくれたりするのだとしたら、相当高い金額を要求されそうじゃないですか?」
「確かにな。もしもタイムマシンなんて売られた日にゃ、うん千万円、うん億円とふんだくられそうだ」
「いや……お金は取られない。無料だ。すべての品がな」
「はぁ⁉︎ んなわけあるかよ。余計怪しすぎるだろ」
「本当なんだって。これが」
「ねぇあなたはどうしてそんなにそのよろず店さんのことについて知っているわけ?」
「それは……俺の友達がその店の店主からあるものを売ってもらったからだよ」
「え? ……へぇ、次はそうき来たか。一応聞くが、そのあんたの友達は何を買ったっていうんだ?」
「命」
「……は?」
「そいつは交通事故で亡くなった友人を生き返らせてほしいとその店主に頼んで、本当に友人は生き返ったんだ。道具の名は『命の泉』」
「おいおい……冗談だろ? 有り得ないって。本当にそんなこと有り得るわけないだろ。なんだってそんな下らない嘘をこんなネット掲示板に吹聴するんだ?」
「ちょっとなんでもすぐに嘘だって決めつけるのは良くないでしょ。本当だとしたらとても素敵な話じゃないの。その素敵な友達さんにぜひ会って、その時のお話を聞いてみたいわ」
「いや……友達にはもう会えない。もうこの世にはいないから」
「あぁ?」
「どういうこと?」
「俺の友達が友人を生き返らせる道具『命の泉』を得るために払った代償はお金じゃないんだ。『寿命』なんだ」
「寿命……」
「『命の泉』の対価、それは買人の寿命百年分。それを支払って俺の友達は亡くなった」
「嘘……」
「もちろん売る道具、サービスによって支払う寿命は変わってくる。死者を蘇らせる道具の対価はやはり他のものとは比べ物にならないみたいだ。このスレッドを立ち上げたのは俺の友達のように、例えエリオよろず店の店主に会ったとしても、無茶なお願いをする人が少しでも減って欲しいと願っているから。こんなことで蘇ったって嬉しくなんかないんだ。お前がいなきゃ生き返る意味なんかなかったんだ」
「あなたもしかして……」
「俺はあいつからもらったこの命を絶対に無駄にしない。あいつの分も精一杯生きる。生きぬく。それがせめてもの償い。そう思っているから」
 
 翌日、そのスレッドはすぐに閉鎖された。閉鎖された理由はわからない。記事を読んだその夜、男は寝室に戻り、ただじっと何の面白みもない天井の模様を眺めながら、昨夜目を通した記事のこと考えていた。
 男はある確信を抱いていた。
 俺は昨日の掲示板で語られていた、生き返った男と生き返らせた男。その二人を知っている。忘れるわけがない。あの日の、目を疑うような不可思議な出来事を……。
 男は徐に立ち上がり、窓ガラスから見える漆黒の夜空を眺めた。
 生き返った男は今どんな気持ちでどんな思いで人生を歩んでいるのだろうか。そんな思いを胸に抱きながら、男は窓辺りに立ちすくんだ。
「──」
 男は振り返り、あたりを見回した。
 どこかで聞いたことない男の笑い声が聞こえた……そんな気がした。
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