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異世界、始めてみました。
あい きゃん ふらい!
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作業小屋から家に戻って、今朝と同じように葡萄のような果物を食べながら、私は先程作った魔法薬の小瓶を眺めた。
今朝との違いは、その魔法薬が並べてあるのと、召喚魔法でやってきたミントで作ったフレッシュハーブティーを飲んでるくらいだ。
ミントティーはあちらで作ったより清涼感があり、少し頭がスッキリする。
「ねぇ、トム。私、買い物に行きたいんだけど」
さすがに、三食とも果物というのは持たない。せめて夜は、しっかりとしたご飯が食べたいと思うのは、決して贅沢じゃないハズだ。
それに、家に帰って改めて気づいたんだけど、この家の中に生活必需品が殆どないということ。
石鹸はもちろん、シャンプーやリンスもない。それに、料理を作る為の包丁などの調理器具も。
魔法薬を作る為の鍋はあるのに、なぜフライパンの一つもないのか甚だ疑問だけれど、文句ばかり言ってられない。
トムは少しだけ考えたようだけど、許可を出してくれた。
考えたのは、恐らくお金の心配だろうけど、初めてのお買い物だからって無駄遣いしないから、大丈夫だよ、うん。
私はトムの気が変わらないうちに、急いで寝室に行き、朝からいっさい着替えてなかった白いナイトシャツを勢いよく脱ぐ。
寝室のクローゼットには、如何にも魔女が着そうなデザインの異なる黒いローブが数着あり、それを適当に着た。明らかに長いと思われた着丈は、私が着ると何故がピッタリのサイズになり、足元も黒いブーツに変わっている。
「私が魔法を使うより、私の周りの方がよっぽど魔法使いみたいよね」
格好だけは本物の魔女になり、鏡の前で少しだけ髪を梳かして下に降りた。
暖炉の前では所在なさげなトムがいて、私は思わず笑ってしまう。
トムは紳士らしく、私の寝室にはさすがに入らないらしい。魔法の本に、異性も何もないと思うだけど、気にするなというのも変な気がして黙っていた。
「マスター、お似合いですよ」
「そう?ありがとう」
本とはいえ、褒められるのは悪くない。
少しだけ気分が上がり、寝室にあった鞄と、引き出しに仕舞ってあったコインの入った袋を持って、私は外に出た。
そういえば、家の裏側は見たけど、正面ってどうなってるのか見ていない。
玄関から延びる黄色の煉瓦は少し遠くまで伸びていて、その先にやっぱり黄色の柵が見えた。赤いポストが少しだけ斜めに建てられていてる。
雨の日はポストを覗きに行くのも億劫になるような距離だけど、そこまでの道にはこの世界に自生してるであろう色とりどりの花木が植わっていて、それだけでも私の目を飽きさせなかった。
「ご自宅の敷地を出れば、そこはすでに魔物の領域ですので、油断されないようお気をつけ下さい」
「え、魔物いるの?」
「もちろん。マスターの敷地は町の中ではなく、銀の森の中ですから」
さすがに町中に家があるとは思っていなかったけど、魔物が彷徨いている森の中とは思わなかった。裏庭を見ていたときも空はポッカリと空いていたし、鬱蒼と茂る森の気配は感じられなかったし。
「あの家自体が、魔法なんだっけ?」
「その通りです、マスター。聡明でいらっしゃる。
あの家はマスターを守るために強力な魔法がかかっています。それこそ、木々が家を避けるほど。
なので、外に出たら油断はいっさいされないようお願いします」
再度、同じ忠告を受けて、トムと私は敷地の外へ出た。
一歩外に出ただけで何か変わると言えば、そうでもない。
ただ、景色は一変した。
見上げても尚、先が見えない巨大な木々が目の前に広がっている。幹なんて、私が五人いて、手を繋いでも一周できないんじゃないかと思うほどデカい。
そんな背の高い木に囲まれた大地は、やっぱり光があまり届かないのか、どんよりと薄暗くて、キノコやらなんやらが生えていた。
せめて森は森でも、もっと明るい森に住みたかったと思うのは、我儘かな。
陰鬱な森の中をゆっくりと歩くと、足元の土がフカフカしていて、歩きやすくはあった。
「町まではどれくらいなの、トム?」
「歩いて一時間ほどです」
「え」
一時間もこの暗い森を歩くのか。
思わず気が滅入るけど、今日の美味しい晩御飯の為だ。耐えろ、私。
「空を飛べば早いんですが、マスター空飛びますか?」
「ちょっと待って、トム。何故それを早く言わないの!」
歩かなくて済む!それ以上に空を飛べるなんて、まさしく魔法だ。テンションが上がらないワケがない。
でしたら、最初は私に乗った方がいいでしょうと、トムはそう言って箒の形に姿を変えた。
「やっぱり、箒なのね!」
思わず叫びそうになる自分を抑えると、トムに跨りる。
「本来なら、普通の箒でも魔法で飛べるのですが、マスターは初めてなので、ただ捕まっていただければ大丈夫です」
「分かったわ」
ギュッと握ると、トムはフルフルと震えてほんの少しだけ浮いた。
爪先がつかない感覚と、意外とバランスを取るのが難しい感じは自転車を乗ってる時と少し似ている。
「足を絡ませて、あんまりブラブラしていると、振り回されますから」
振り回されると言われ疑問に思いつつ、素直に箒の先に足を絡ませると、トムはさらに浮いた。
確実に落ちたら怪我をする所までトムは浮くと、私に大丈夫か確認してくる。
高いところは嫌いじゃない。強く感じる風も好きだ。
だから、大丈夫と答えたのだけど、この数秒後に私は盛大に後悔することになった。
今朝との違いは、その魔法薬が並べてあるのと、召喚魔法でやってきたミントで作ったフレッシュハーブティーを飲んでるくらいだ。
ミントティーはあちらで作ったより清涼感があり、少し頭がスッキリする。
「ねぇ、トム。私、買い物に行きたいんだけど」
さすがに、三食とも果物というのは持たない。せめて夜は、しっかりとしたご飯が食べたいと思うのは、決して贅沢じゃないハズだ。
それに、家に帰って改めて気づいたんだけど、この家の中に生活必需品が殆どないということ。
石鹸はもちろん、シャンプーやリンスもない。それに、料理を作る為の包丁などの調理器具も。
魔法薬を作る為の鍋はあるのに、なぜフライパンの一つもないのか甚だ疑問だけれど、文句ばかり言ってられない。
トムは少しだけ考えたようだけど、許可を出してくれた。
考えたのは、恐らくお金の心配だろうけど、初めてのお買い物だからって無駄遣いしないから、大丈夫だよ、うん。
私はトムの気が変わらないうちに、急いで寝室に行き、朝からいっさい着替えてなかった白いナイトシャツを勢いよく脱ぐ。
寝室のクローゼットには、如何にも魔女が着そうなデザインの異なる黒いローブが数着あり、それを適当に着た。明らかに長いと思われた着丈は、私が着ると何故がピッタリのサイズになり、足元も黒いブーツに変わっている。
「私が魔法を使うより、私の周りの方がよっぽど魔法使いみたいよね」
格好だけは本物の魔女になり、鏡の前で少しだけ髪を梳かして下に降りた。
暖炉の前では所在なさげなトムがいて、私は思わず笑ってしまう。
トムは紳士らしく、私の寝室にはさすがに入らないらしい。魔法の本に、異性も何もないと思うだけど、気にするなというのも変な気がして黙っていた。
「マスター、お似合いですよ」
「そう?ありがとう」
本とはいえ、褒められるのは悪くない。
少しだけ気分が上がり、寝室にあった鞄と、引き出しに仕舞ってあったコインの入った袋を持って、私は外に出た。
そういえば、家の裏側は見たけど、正面ってどうなってるのか見ていない。
玄関から延びる黄色の煉瓦は少し遠くまで伸びていて、その先にやっぱり黄色の柵が見えた。赤いポストが少しだけ斜めに建てられていてる。
雨の日はポストを覗きに行くのも億劫になるような距離だけど、そこまでの道にはこの世界に自生してるであろう色とりどりの花木が植わっていて、それだけでも私の目を飽きさせなかった。
「ご自宅の敷地を出れば、そこはすでに魔物の領域ですので、油断されないようお気をつけ下さい」
「え、魔物いるの?」
「もちろん。マスターの敷地は町の中ではなく、銀の森の中ですから」
さすがに町中に家があるとは思っていなかったけど、魔物が彷徨いている森の中とは思わなかった。裏庭を見ていたときも空はポッカリと空いていたし、鬱蒼と茂る森の気配は感じられなかったし。
「あの家自体が、魔法なんだっけ?」
「その通りです、マスター。聡明でいらっしゃる。
あの家はマスターを守るために強力な魔法がかかっています。それこそ、木々が家を避けるほど。
なので、外に出たら油断はいっさいされないようお願いします」
再度、同じ忠告を受けて、トムと私は敷地の外へ出た。
一歩外に出ただけで何か変わると言えば、そうでもない。
ただ、景色は一変した。
見上げても尚、先が見えない巨大な木々が目の前に広がっている。幹なんて、私が五人いて、手を繋いでも一周できないんじゃないかと思うほどデカい。
そんな背の高い木に囲まれた大地は、やっぱり光があまり届かないのか、どんよりと薄暗くて、キノコやらなんやらが生えていた。
せめて森は森でも、もっと明るい森に住みたかったと思うのは、我儘かな。
陰鬱な森の中をゆっくりと歩くと、足元の土がフカフカしていて、歩きやすくはあった。
「町まではどれくらいなの、トム?」
「歩いて一時間ほどです」
「え」
一時間もこの暗い森を歩くのか。
思わず気が滅入るけど、今日の美味しい晩御飯の為だ。耐えろ、私。
「空を飛べば早いんですが、マスター空飛びますか?」
「ちょっと待って、トム。何故それを早く言わないの!」
歩かなくて済む!それ以上に空を飛べるなんて、まさしく魔法だ。テンションが上がらないワケがない。
でしたら、最初は私に乗った方がいいでしょうと、トムはそう言って箒の形に姿を変えた。
「やっぱり、箒なのね!」
思わず叫びそうになる自分を抑えると、トムに跨りる。
「本来なら、普通の箒でも魔法で飛べるのですが、マスターは初めてなので、ただ捕まっていただければ大丈夫です」
「分かったわ」
ギュッと握ると、トムはフルフルと震えてほんの少しだけ浮いた。
爪先がつかない感覚と、意外とバランスを取るのが難しい感じは自転車を乗ってる時と少し似ている。
「足を絡ませて、あんまりブラブラしていると、振り回されますから」
振り回されると言われ疑問に思いつつ、素直に箒の先に足を絡ませると、トムはさらに浮いた。
確実に落ちたら怪我をする所までトムは浮くと、私に大丈夫か確認してくる。
高いところは嫌いじゃない。強く感じる風も好きだ。
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