護良親王転生記~南北朝時代の悲劇の皇子は異世界で魔法を極める~

二階堂吉乃

文字の大きさ
97 / 134

譲位

しおりを挟む
       ♥


 護良殿が消え、その配下の者たちも影に飛び込んで消えた。空には黒い物体に覆われた太陽。捕らえられたサララ姫は叫んだ。

「天の怒りだ!護良殿を騙したからだ!」

 皇太后は崩れ落ちた。

「そんな…」

 翁は無言で太陽を見上げている。居合わせた兵士、侍従らもどうして良いか分からず、右往左往していた。

 太陽は陰った時と同じく、唐突に光を取り戻した。見上げていた者たちは眩しさに目を覆った。

「あれは!?」

 誰かがケガレ場の中心を指した。魔法陣が浮かび上がり、人影が現れる。サララ姫は目を凝らした。護良殿だ。

 長い黒髪が微風に揺れる。消える前よりもさらに神懸った美しさだった。その後ろに配下の者たちが現れた。彼らはケガレ場からこちらに向かって歩いて来た。サララ姫は駆け出し、彼らの前に伏した。

「護良殿を騙した罪、如何様いかようにも罰してください。我ら皇族の咎です」

 命も差し出す。どうか民だけは許してほしい。サララ姫は頭を地に着けて頼んだ。

「誓って何でもするか?」

 声にも威厳が増した。真の帝だ。内親王ごときが逆らえるものではない。

「誓います」

「では今から勅命を下す。内親王サララ。汝を女春宮にょとうぐうとする」

 帝は厳かに宣言した。背後で皇太后が息を飲む。翁がよろよろと出てきて平伏した。

「恐れながら。女人に継承権は…」
 
「今よりその法を変える。侍従長。サララを春宮にするのに何日かかる?」

 呼ばれた侍従長が慌てて平伏し、帝の問いに答える。

「勅書をお書きいただき、全国に発布するのに最短で3日かかりましょう」

「そうか。では同時に朕の退位と、春宮の即位も発布しろ」

「は…?」

 帝のおっしゃる意味が分からず、皆困惑する。

「朕は退位し、上皇となる。サララ皇太女が同時に女帝に即位する。分かったら急ぎ準備に取り掛かれ!」

 凄まじい威圧に全員が平伏した。圧迫感が消えると、あたふたと侍従たちが動き出す。帝は皇太后の前に立った。母は平伏し、真っ青な顔を地に擦り付けた。帝の冷たい声が降る。

「汝の罪を許すことはできぬ。だが理解はできる。よって命じる。サララが成人するまで摂政として支えよ」

 母は顔を上げ、帝を見上げた。人を超えた美貌に慈悲の表情が浮かぶ。皇太后は涙した。

「は…」

 帝は次に翁の捕縛を命じた。そのまま一瞥もせずに侍従の案内で宮城に戻る。女春宮サララも付き従った。天空には何事もなかったかのように、日輪が輝いていた。


       ◇


 宮城に戻った皇子は何枚もの勅書を書いた。文官がそれを書き写し、全国に発布した。新帝は即日退位して上皇となった。内親王サララは女春宮となり女帝に即位した。皇太后が摂政に就いた。

 次に神器を作り直す。皇子が日ノ本に置いてきた宝剣のように、自ら瘴気を集め浄化するものにする。悪霊は消えたが、浄化に皇族を縛りつけることは止める。皇子は“神器生成”のスキルでこちらの神器を1つの宝剣にした。サララにその使い方を説明する。

「お前の役目は神器の管理だ。瘴気が溜まりすぎたら浄化すれば良い。帝にしか神器は動かせぬようにするが、浄化は誰でもできるようにした」

 皇国の民から浄化魔法の適性を持つものを集め、神殿のように浄化に特化した組織を作る。ノースフィルド王国に留学させても良い。神官を派遣しても良い。そう伝えると、サララは平伏して謝意を示した。

「帝…いえ、上皇陛下のご厚情、生涯忘れません。ありがとうございます…」

「礼を言うには早いぞ。お前は子を産まねばならぬ。なるべく多くの子だ。皇配は浄化持ちを選べ。次代は子らの中で一番優秀な者だ。性別にはこだわるな。二度とお前の兄のような混乱を生まぬため、お前が女帝として良き前例となるのだ」

「はい。肝に銘じます」

 14、5の娘に酷な事を言った。皇子は優しく女帝を立たせ、玉座に導いた。

「困り事があれば、いつでも呼べ。力になろう」

 クラーケンの魔石で作った伝話を渡す。こうして皇子はヤマタイ皇国の帝を1日で退位した。新帝サララの後見として上皇の身分は保持することにした。3日後、ノースフィルド王国の使節は帰国することになった。


       ◇


 皇国を発つ前日。皇子は翁に会いに行った。この程度の牢などいつでも脱獄できるだろうに、老人は大人しく獄に繋がれていた。

「俺は明日帰る。お前はどうする?」

 翁は顔を皇子に向けた。さらに一回り小さくなっていた。

「どうとは?死を賜りたいか、と言う意味でしょうか」

 やはり死ぬ気でいる。皇子は翁を縛る鎖を壊した。弱った身体に治癒魔法をかける。

「男系にこだわるお前がサララに仕えることはできまい。忍びの長は引退しろ。俺についてくるか?」

「…殿下にお仕えできるので?」

「罪を償うのであればな。姿を変え、俺の眷属となるなら、仕えることを許す」

 翁は迷わなかった。皇子を騙したことを詫び、眷属となることを選んだ。

 皇子は血を与え、姿を“改変”した。翁はヒナによく似た少年に生まれ変わった。


        ♡


 ミナミは腹が平らになってご機嫌だった。それが皇子が翁を眷属にして連れてきたので、一転不機嫌になった。紺色の髪。紺色の瞳の美少年になったジジイ。殊勝な態度で詫びられれば、許すしかない。人は見た目が90パーセントというのは本当だった。もう過去のあれこれはどうでもよくなった。

「名前、何ていうの?翁じゃないでしょ?」

「亀四郎ですじゃ。…です」

 美少年は言い直した。本当にそんな名前の人がいた。あまり似合っていないので、皇子に言って名を『四郎』に変えてもらう。天草四郎みたいでカッコいい。リコリスとノアはすんなり受け入れたが、問題はヒナだった。祖父が自分より若くなって現れたのだ。どう接していいか分からなさそうだ。

「お爺様…なんとお呼びしたら…」

「四郎と。呼び捨てにしてくだされ」

 翁改め四郎は孫娘に詫びた。皇子の側女にとか御寵愛とかの件だ。ヒナは自慢の孫だから、どうしても皇族の子を産んで欲しかった。四郎は素直に心情を吐露した。ヒナは泣いた。珍しく大泣きだった。四郎もさめざめと泣いていた。

「いい加減2人とも泣き止め。出発の支度はできたのか?」

 皇子が命じて、やっと泣き止んだ。

「「はい。でん…陛下」」

 四郎とヒナの呼び方が陛下に進化した。皇子は嫌がって、結局元の殿下呼びに落ち着いた。

 翌日、一行は帰路に着いた。仲間が1人増え、皇子の肩書も1つ増えた。ミナミは女帝に山ほどの土産をもらい、財産が大分増えた。帰ったら早速商会を立ち上げるつもりだった。『モーリー&ミナミ商会』のコンセプトが決まった。亜人と皇国との貿易だ。そのための人脈がこの旅の最大の収穫だった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...