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救う
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将軍邸を出たのが夕方だったので、スラムに着いたら日が落ちていた。明るい方が安全だがジョンの都合もある。ルナはノルドの気配を探して先ほど見た橋の近くまで来た。
暗い路地に入ると客待ちの女たちがジロジロと見る。ジョンや将軍夫妻は小ぎれい過ぎたようだ。貴族のオーラが隠せていない。
「ここらで赤い髪の5歳くらいの男の子、見なかった?」
とりあえず聞き込みをする。女たちは笑った。
「ガキ買いにきたのかい?そんなら川向こうだよ」
すかさずジョンが割り込んできた。
「そうじゃない。こんな子を探している」
ノルドの子供の頃の肖像画を見せる。刑事っぽくなってきた。女たちは分からないと言う。そりゃそうだ。肖像画はふくふくとした貴族の子供だ。ルナは面倒になって大声で叫んだ。
「おーい!ノルド・ネッガー!出ておいでー!」
「ルナ。さすがにそれでは…」
ジョンは呆れたように言う。大丈夫。魂が覚えている。雑に積み重ねたような建物の上の窓から、赤毛の男の子が顔を出した。すぐさま夫人が呼びかける。
「ノル!」
「母上?!」
ほら。ちゃんと覚えてる。ジョンは呆然としていた。将軍もだ。
「下りておいで」
ルナは優しく言った。だが少年は首を振った。何か不具合がある。ルナはスカートの下から縄梯子を取り出した。本当は“収納”の魔法だ。それを彼の部屋に投げ入れ、鉤を窓枠に引っ掛けるように指示する。
「ちょっと行ってくるわ」
「待てっ!何でスカートから…いや、私が行く」
はっと我に返ったジョンが止めた。あれこれ押し問答の末、2人で登っていくことになった。夫妻は下で待つ。ジョンに続きルナが部屋に入ると、信じられない光景が目に入ってきた。
◇
少年の足首は鎖で柱に繋がれていた。鏡で見た時と違う。顔は腫れあがり、破れた服から鞭で打たれた傷が見えた。僅か数時間の間にひどく折檻をされている。彼を虐待する大人は1人ではなかったようだ。
「どうして?!さっきの男は消したのに!」
ルナは素手で鎖を引き千切った。多分魔法だ。そう思いたい。
「殿下…?」
赤毛の少年がジョンを見て眉を動かした。ああ。ノルドだ。仕草が彼そのものだった。元第3王子は少年を抱きしめた。
「ご無事で…ようございました…」
小さな姿とまるでそぐわない言葉遣いに、ジョンは泣きながら笑った。その時、部屋のドアが開いた。へべれけに酔った女が入って来る。女は侵入者に気づくと大声を出した。
「誰だよ!そいつを返しな!」
ルナがパチリと指を鳴らした。女は消えた。これも魔法だろう。
「今のは母親か?」
「いいえ。生まれてすぐにここに売られました」
ジョンの問いにノルドは淡々と答えた。王国では人身売買を禁じているが、現実は厳しい。ルナがまたスカートの中から何か出した。紐だ。
「帰ろう。ジョン、ノルドを背負って」
言う通りにすると彼女は紐を使って少年をジョンに括り付けた。2人はまた縄梯子を使って下りた。
◇
路上に下りると将軍が何人かのゴロツキを伸していた。金持ちと見て絡んで来たのだろう。ジョンは急いでその場を離れた。治安が悪すぎる。待たせていた馬車に乗り、やっと背からノルドを降ろした。
「ノル!ノル!ああ。可哀そうにこんなに痩せて…」
夫人は泣きながら子供の手を握った。ノルドは戸惑っていた。
「どうしてここがお分かりに?」
ジョンは説明した。ルナの占いで生まれ変わったノルドを探し当てた。虐待されていたので助けにきたと。ルナは詫びた。
「ごめん。もっと早く来てれば良かった」
「いいえ。あの地獄から救っていただけました。感謝いたします」
赤毛の少年は微笑んだ。そしてどこかの孤児院に入れて欲しいと言う。皆言葉を失った。
「…10年お待ちください。殿下。きっと騎士になってお側に上がってみせます」
ノルドらしい不敵な笑みを浮かべ宣言する。平民が近衛になるのにどれほど努力を要するのか。想像もつかない。そして背筋を伸ばした少年は元両親と向かい合った。
「武運つたなく先立ちましたこと、真に申し訳ありません。父上。母上」
小さい赤い頭が下げられる。先ほどから将軍が一言も喋っていない。夫人は青い顔をしてぶるぶると震えている。
「じゃあ、ウチ来る?ジョンが暮らしてた小屋あるし。孤児院より美味しいもの食べさせたげるよ?」
唐突にルナが提案した。近くの村に学校もある。剣の修行は知り合いに剣聖がいるから頼んでやる。騎士団の試験が受けられるまで面倒を見る。それを聞いたノルドは目を輝かせた。赤毛の青年と暮らす巫女を想像して、ジョンの気分は沈んだ。2人は楽し気に相談を続ける。
「受験資格って15歳くらい?」
「昔は14でしたね。今も変わりませんか?父…」
「馬鹿者!!」
急に将軍が大声で怒鳴った。ノルドを引き寄せると、ぎゅうと抱きしめる。
「お前は俺たちが育てる!いいな?マリア!」
夫人は滂沱の涙を流し、頷いた。
「ノル。お願い。また私たちの子になって…」
「母上…」
赤毛の少年も泣いた。馬車は孤児院には向かわずに将軍邸へと戻った。ジョンは嫌な想像が現実とならずに済んで安心した。5歳の少年に悋気を抱いたことは秘密だ。
将軍邸を出たのが夕方だったので、スラムに着いたら日が落ちていた。明るい方が安全だがジョンの都合もある。ルナはノルドの気配を探して先ほど見た橋の近くまで来た。
暗い路地に入ると客待ちの女たちがジロジロと見る。ジョンや将軍夫妻は小ぎれい過ぎたようだ。貴族のオーラが隠せていない。
「ここらで赤い髪の5歳くらいの男の子、見なかった?」
とりあえず聞き込みをする。女たちは笑った。
「ガキ買いにきたのかい?そんなら川向こうだよ」
すかさずジョンが割り込んできた。
「そうじゃない。こんな子を探している」
ノルドの子供の頃の肖像画を見せる。刑事っぽくなってきた。女たちは分からないと言う。そりゃそうだ。肖像画はふくふくとした貴族の子供だ。ルナは面倒になって大声で叫んだ。
「おーい!ノルド・ネッガー!出ておいでー!」
「ルナ。さすがにそれでは…」
ジョンは呆れたように言う。大丈夫。魂が覚えている。雑に積み重ねたような建物の上の窓から、赤毛の男の子が顔を出した。すぐさま夫人が呼びかける。
「ノル!」
「母上?!」
ほら。ちゃんと覚えてる。ジョンは呆然としていた。将軍もだ。
「下りておいで」
ルナは優しく言った。だが少年は首を振った。何か不具合がある。ルナはスカートの下から縄梯子を取り出した。本当は“収納”の魔法だ。それを彼の部屋に投げ入れ、鉤を窓枠に引っ掛けるように指示する。
「ちょっと行ってくるわ」
「待てっ!何でスカートから…いや、私が行く」
はっと我に返ったジョンが止めた。あれこれ押し問答の末、2人で登っていくことになった。夫妻は下で待つ。ジョンに続きルナが部屋に入ると、信じられない光景が目に入ってきた。
◇
少年の足首は鎖で柱に繋がれていた。鏡で見た時と違う。顔は腫れあがり、破れた服から鞭で打たれた傷が見えた。僅か数時間の間にひどく折檻をされている。彼を虐待する大人は1人ではなかったようだ。
「どうして?!さっきの男は消したのに!」
ルナは素手で鎖を引き千切った。多分魔法だ。そう思いたい。
「殿下…?」
赤毛の少年がジョンを見て眉を動かした。ああ。ノルドだ。仕草が彼そのものだった。元第3王子は少年を抱きしめた。
「ご無事で…ようございました…」
小さな姿とまるでそぐわない言葉遣いに、ジョンは泣きながら笑った。その時、部屋のドアが開いた。へべれけに酔った女が入って来る。女は侵入者に気づくと大声を出した。
「誰だよ!そいつを返しな!」
ルナがパチリと指を鳴らした。女は消えた。これも魔法だろう。
「今のは母親か?」
「いいえ。生まれてすぐにここに売られました」
ジョンの問いにノルドは淡々と答えた。王国では人身売買を禁じているが、現実は厳しい。ルナがまたスカートの中から何か出した。紐だ。
「帰ろう。ジョン、ノルドを背負って」
言う通りにすると彼女は紐を使って少年をジョンに括り付けた。2人はまた縄梯子を使って下りた。
◇
路上に下りると将軍が何人かのゴロツキを伸していた。金持ちと見て絡んで来たのだろう。ジョンは急いでその場を離れた。治安が悪すぎる。待たせていた馬車に乗り、やっと背からノルドを降ろした。
「ノル!ノル!ああ。可哀そうにこんなに痩せて…」
夫人は泣きながら子供の手を握った。ノルドは戸惑っていた。
「どうしてここがお分かりに?」
ジョンは説明した。ルナの占いで生まれ変わったノルドを探し当てた。虐待されていたので助けにきたと。ルナは詫びた。
「ごめん。もっと早く来てれば良かった」
「いいえ。あの地獄から救っていただけました。感謝いたします」
赤毛の少年は微笑んだ。そしてどこかの孤児院に入れて欲しいと言う。皆言葉を失った。
「…10年お待ちください。殿下。きっと騎士になってお側に上がってみせます」
ノルドらしい不敵な笑みを浮かべ宣言する。平民が近衛になるのにどれほど努力を要するのか。想像もつかない。そして背筋を伸ばした少年は元両親と向かい合った。
「武運つたなく先立ちましたこと、真に申し訳ありません。父上。母上」
小さい赤い頭が下げられる。先ほどから将軍が一言も喋っていない。夫人は青い顔をしてぶるぶると震えている。
「じゃあ、ウチ来る?ジョンが暮らしてた小屋あるし。孤児院より美味しいもの食べさせたげるよ?」
唐突にルナが提案した。近くの村に学校もある。剣の修行は知り合いに剣聖がいるから頼んでやる。騎士団の試験が受けられるまで面倒を見る。それを聞いたノルドは目を輝かせた。赤毛の青年と暮らす巫女を想像して、ジョンの気分は沈んだ。2人は楽し気に相談を続ける。
「受験資格って15歳くらい?」
「昔は14でしたね。今も変わりませんか?父…」
「馬鹿者!!」
急に将軍が大声で怒鳴った。ノルドを引き寄せると、ぎゅうと抱きしめる。
「お前は俺たちが育てる!いいな?マリア!」
夫人は滂沱の涙を流し、頷いた。
「ノル。お願い。また私たちの子になって…」
「母上…」
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