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二章 聖女、旅商人と出会う
1.聖女、エチゴのちりめん問屋に憧れる
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馬車が砦を出て行く。
小さな窓枠から頭を出し振り返ると、みんなが笑顔で手を振っていた。
第一使徒も第一衣冠も第一金貨もそろってほほ笑んでいるところを見るに、完全に厄介払いである。まあ、休暇があっさり受諾されたところで、だいたい分かっちゃいたが。
「危ないから、あんまり身体を乗り出すな」
俺の後ろで、アデル少年がたしなめた。ちらっとそれを振り向いたとこで、前から近付いてきた木の枝にぶつかりそうになって慌てて腰を引く。
「っぶねー」
「聖女であっても、リュイの身体はただの年相応の少女だからな。肉体的な破損には弱い」
「ま、せいぜい気を付けるさ。それより、今日はどの辺で泊まるんだ? 温泉は? 名物はなんだ」
「風呂と食べ物しか興味がないのか、お前は」
「ないな」
アデル少年の反論がないのをいいことに、俺は主張を重ねる。
「あんたくらい若いと実感ないかもしらんがな、風呂と食い物は最高の娯楽だ。どっちも一人でできるのがいい」
「そうですかはいわかりました」
「全然分かってねぇだろ! これだから若ぇもんは……」
「中身のお前がいくつなのかは知らんが、リュイの顔でそれを言ってもなんの説得力もない」
「うぉ」
「加えて、『若いもんは』と言い出すようになったら年をとった証拠だ」
「くっ……」
正真正銘の若人にそんなこと言われると反論できない。
言葉に詰まって落ち込んでいると、アデル少年がそわそわし始めた。
「待て、それくらいのことで泣かなくてもいいだろう。年とは言っても、いくつなのか知らないし、僕も言い過ぎたかもしれないが……」
「いや、泣いちゃないが」
「じゃあ、そういう顔をするのはやめろ。卑怯だぞ」
俺の顔ってどんななんだ。どうも、今まで目を合わせれば喧嘩になってた頃の顔とは表情筋の動き方から違うらしい。
ふと襟元が緩んでいるのを見て、アデル少年は手を伸ばし、ぎゅっと前を締めて形を整える。
「とにかく、気を付けろよ。誰の前でもそんな顔するもんじゃない。聖女だからってなんでも叶うと思うな」
「まあ、か弱い美少女になってる自覚はあるよ。せいぜい気を付けるさ」
俺にとってももしかしたら、これが終の住処になるかもしらん訳だし。いや、こんなこと口に出すと、アデル少年をまた落ち込ませそうなので言わないが。
馬車ががたんごとんと進んでいく。
そう言えば、俺はこの揺れ苦手だったような……と気付いたのは、しばらく進んでからだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
しゃわしゃわと湧き水が鳴る泉に、思い切り顔を突っ込んだ。
冷たい。綺麗な水が頬や首元の汗を落として流れ落ちる。
「あー……生き返る」
「大丈夫か?」
アデル少年が横から手拭いを渡してくれる。受け取って雫を払ってから、俺は少年に向き直った。
「なあ、もう馬車は捨てて行かないか?」
「いや、ダメだろ」
「でもさあ、乗る度にキモチワルイし」
「慣れろ。アジール聖教会領と皇国までの間にどれだけ距離があると思ってるんだ。それに、馬車は地位の証だぞ」
「いいじゃん。自分の地位を隠して諸国世直しの旅とかさあ」
地位を隠して世直し……なんとなく、あれだ。あれを思い出す。
あれはえっと……エチゴのちりめん問屋か?
だとすると、アデルくんはスケさんとかカクさんとかそういうとこだな。悪いヤツはアデル少年にぶん殴らせて、最後は俺がこの拳でどーんと――
「――ダメだ」
妄想はあっさりと断ち切られた。
ちぇ、つまんねぇ。
「団子とか食べながら、のんびり歩くのも良さそうなのになぁ」
「お前の傍近く仕える僕は付き合うにしても、護衛の兵が後ろに百と控えてるんだぞ? それぜんぶ連れて歩くのか? 歩かせるのか?」
「俺が歩くのに、護衛が歩かないのは怠慢だろ」
「その通りだがお前が言うな」
すぱっと切り捨てられて、仕方なくしょんぼりと馬車に向かって歩く。
隣を歩くアデル少年が片手で顔を押さえながら呻いた。
「……っだから! その顔をやめろと言ってるんだ、僕は!」
「どんな顔だよ? 文句があればあんたの幼馴染に言ってくれ」
「あいつは! そんな表情はしないんだ!」
「知るかよ!」
「なにがどう組み合わさったら、そんな表情になるんだ……」
なんとなく照れているようにも見える。横からちょいとつついてやると、苛立ったように片手で追われた。
「ほんっとに気を付けろよ!」
顔を赤くして怒鳴る少年らしいアオハルを見てると、俺もなんとなく心がほんわかする。
怒って先を歩く後ろ姿を見ながら、ひとりで頷いた。
まあ、そのアオハルの片割れが自分だって思うとちょっと反応に困るのだが。
そんなこんなで、俺たちは途中小休憩を取りつつも、今宵の宿場に到着したのだった。
小さな窓枠から頭を出し振り返ると、みんなが笑顔で手を振っていた。
第一使徒も第一衣冠も第一金貨もそろってほほ笑んでいるところを見るに、完全に厄介払いである。まあ、休暇があっさり受諾されたところで、だいたい分かっちゃいたが。
「危ないから、あんまり身体を乗り出すな」
俺の後ろで、アデル少年がたしなめた。ちらっとそれを振り向いたとこで、前から近付いてきた木の枝にぶつかりそうになって慌てて腰を引く。
「っぶねー」
「聖女であっても、リュイの身体はただの年相応の少女だからな。肉体的な破損には弱い」
「ま、せいぜい気を付けるさ。それより、今日はどの辺で泊まるんだ? 温泉は? 名物はなんだ」
「風呂と食べ物しか興味がないのか、お前は」
「ないな」
アデル少年の反論がないのをいいことに、俺は主張を重ねる。
「あんたくらい若いと実感ないかもしらんがな、風呂と食い物は最高の娯楽だ。どっちも一人でできるのがいい」
「そうですかはいわかりました」
「全然分かってねぇだろ! これだから若ぇもんは……」
「中身のお前がいくつなのかは知らんが、リュイの顔でそれを言ってもなんの説得力もない」
「うぉ」
「加えて、『若いもんは』と言い出すようになったら年をとった証拠だ」
「くっ……」
正真正銘の若人にそんなこと言われると反論できない。
言葉に詰まって落ち込んでいると、アデル少年がそわそわし始めた。
「待て、それくらいのことで泣かなくてもいいだろう。年とは言っても、いくつなのか知らないし、僕も言い過ぎたかもしれないが……」
「いや、泣いちゃないが」
「じゃあ、そういう顔をするのはやめろ。卑怯だぞ」
俺の顔ってどんななんだ。どうも、今まで目を合わせれば喧嘩になってた頃の顔とは表情筋の動き方から違うらしい。
ふと襟元が緩んでいるのを見て、アデル少年は手を伸ばし、ぎゅっと前を締めて形を整える。
「とにかく、気を付けろよ。誰の前でもそんな顔するもんじゃない。聖女だからってなんでも叶うと思うな」
「まあ、か弱い美少女になってる自覚はあるよ。せいぜい気を付けるさ」
俺にとってももしかしたら、これが終の住処になるかもしらん訳だし。いや、こんなこと口に出すと、アデル少年をまた落ち込ませそうなので言わないが。
馬車ががたんごとんと進んでいく。
そう言えば、俺はこの揺れ苦手だったような……と気付いたのは、しばらく進んでからだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
しゃわしゃわと湧き水が鳴る泉に、思い切り顔を突っ込んだ。
冷たい。綺麗な水が頬や首元の汗を落として流れ落ちる。
「あー……生き返る」
「大丈夫か?」
アデル少年が横から手拭いを渡してくれる。受け取って雫を払ってから、俺は少年に向き直った。
「なあ、もう馬車は捨てて行かないか?」
「いや、ダメだろ」
「でもさあ、乗る度にキモチワルイし」
「慣れろ。アジール聖教会領と皇国までの間にどれだけ距離があると思ってるんだ。それに、馬車は地位の証だぞ」
「いいじゃん。自分の地位を隠して諸国世直しの旅とかさあ」
地位を隠して世直し……なんとなく、あれだ。あれを思い出す。
あれはえっと……エチゴのちりめん問屋か?
だとすると、アデルくんはスケさんとかカクさんとかそういうとこだな。悪いヤツはアデル少年にぶん殴らせて、最後は俺がこの拳でどーんと――
「――ダメだ」
妄想はあっさりと断ち切られた。
ちぇ、つまんねぇ。
「団子とか食べながら、のんびり歩くのも良さそうなのになぁ」
「お前の傍近く仕える僕は付き合うにしても、護衛の兵が後ろに百と控えてるんだぞ? それぜんぶ連れて歩くのか? 歩かせるのか?」
「俺が歩くのに、護衛が歩かないのは怠慢だろ」
「その通りだがお前が言うな」
すぱっと切り捨てられて、仕方なくしょんぼりと馬車に向かって歩く。
隣を歩くアデル少年が片手で顔を押さえながら呻いた。
「……っだから! その顔をやめろと言ってるんだ、僕は!」
「どんな顔だよ? 文句があればあんたの幼馴染に言ってくれ」
「あいつは! そんな表情はしないんだ!」
「知るかよ!」
「なにがどう組み合わさったら、そんな表情になるんだ……」
なんとなく照れているようにも見える。横からちょいとつついてやると、苛立ったように片手で追われた。
「ほんっとに気を付けろよ!」
顔を赤くして怒鳴る少年らしいアオハルを見てると、俺もなんとなく心がほんわかする。
怒って先を歩く後ろ姿を見ながら、ひとりで頷いた。
まあ、そのアオハルの片割れが自分だって思うとちょっと反応に困るのだが。
そんなこんなで、俺たちは途中小休憩を取りつつも、今宵の宿場に到着したのだった。
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