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武術大会編
第63話 エイドリアン その2
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二人は城門から出るなり真っ直ぐに東へと延びる街道から外れ、その巨大な城壁に沿った細い道を歩き始める。
エイリンにとってはたかが初歩の魔法を一つ伝授するだけである。眩しい朝日が避けられて、人影のない場所ならばそれはどこでも良かった。
安宿の裏庭を出てから終始無言だったエイリンが、ようやくその口を開いたのは、城門からもさほど遠くない城壁の脇に一本の大樹を見つけた時だった。
「貴方、昨日の試合で身体強化を部位に使用しましたね。身体強化は全身に施さなければ、身に跳ね返るとあれほど……」
その言葉はドーマにとって、思ってもみない言葉であった。が……、当然であった。いくらドーマがそれをひた隠しにしようとも、身体強化の法を彼女に教えたのはエイリンその人なのである。今、ドーマの身体に起きている不調に彼女が気が付かないわけが無い。
「申し訳ありません」
開口一番に図星を当てられたドーマは返す言葉も無くただそう言うことしか出来ない。いくらエイリン自身が師匠と弟子と言う関係を拒んだとしても、ドーマにとってエイリンの言葉は絶対なのだ。
彼女に師事した時が、たかだか一月にも満たなかったとしても……
「人は歩くと言う行動一つとっても、足、腰、背中、腕……それら全ての筋肉を使用します。もちろんその際、最も意識するのは足の筋肉でしょう。しかし、人の動きは全ての筋肉の微妙なバランスで成り立っているのです。それを一部だけ強化してしまっては、その動きに追いつけない他の部位に極端な負荷をかけてしまうのです。貴方も武芸を嗜む者ならお分かりになられるはずですが……。おそらく今の貴方は、全身の筋肉が引きちぎれるように痛いはずですよ」
「そんな事までお見通しですか……」
「よくその身体で、あの少年との試合に勝てるなどと……。強がりがなんの役に立ちますか?」
ドーマは、ただ口をつぐむ。全てがエイリンの言う通りなのである。
大樹は、眩しすぎる朝の陽の光を優しく受け止めて、その反対側に太く細長い影を落としていた。
「まずは、傷めた内傷の治療を致しましょう。新たな法を与えるのはそれからです」
エイリンは大樹の影に腰を下ろすと、草の上に寝かせたドーマの身体に早速『治癒の法』を施して行く。
ドーマの身体に添えられたエイリンの手の平から、なんとも心地の良い波動が各部位に伝わってゆくのがドーマにも良く分かった。
「ついでに、昨日あの騎士に打たれた左肩も治さなければなりませんね」
エイリンの手がドーマの左肩へと移っていく。昨夜は疼いて眠ることすらままならなかった痛みが不思議なほどスーッと消えた。
「本当に、今日はありがとうございます……。あの……エイリン様。エイリン様はどうしてこれほど私に良くしていただけるのでしょうか?」
「単なる気まぐれだと申し上げたはずですよ」
「それでも、しかし……」
気まぐれで秘伝の魔法を与えてくれるお人好しなど何処にいるのだろうか。以前からドーマはそれが不思議でならなかった。
「まぁ、強いて言えば貴方がダークエルフだからでしょうか……」
「ダークエルフ……。エイリン様は以前にも私のことをそう呼ばれた。でも私はその言葉をエイリン様の口からしか聞いた事がないのです」
「ああ、そうでしたね。こちらの世界ではエルドラ人でしたか……」
「またおっしゃられました」
「なんのことですか?」
「そのエイリン様の言うこちらの世界、あちらの世界とはいったいどう言う意味なのですか?以前も何度か耳にしたのですが……」
「そうですね……。説明しても良いのですが、おそらくそれを説明したところであなたには理解出来ないでしょう。ならば知る必要はありません。ただ、私は……。以前からそのダークエルフと言う存在に多少のロマンを感じていたとだけ説明させて頂きます」
「ロマン……ですか?」
「もう、これ以上はよしましょう。それこそ私の単なる気まぐれなのですから。それよりも、あなたは2日後の決勝であのエデンと言う少年にどうやって勝利するかだけを考えて下さい」
「分かりました。そう致します」
「それから、今度こそは魔法に精神を奪われないように。判断力を上げる為の思考への強化魔法は貴方にとっては逆効果です。この際なので言っておきますが、貴方には雑念が多すぎる。強化魔法はその雑念をも増幅させますから。昨日の貴方の、あのみっともない演説は本当に見ていて不愉快でしたよ。それとも、あの演説は貴方の予定通りだったのですか?いずれにしても、あの誰かさんの横槍がなければ貴方は今頃失格となっていたでしょうに」
「……」
ドーマは何も答える事が出来なかった。何もかもがこのエイリンと言う女に見透かされている。時折そんな恐怖をこの女に感じる時がある。
だがそんなドーマに釘を刺すようにエイリンは言葉をつなげる。
「一度でも私に法を学んだならば、その法を使用して他者に敗北することを私は決して許しません。それは明日の二回戦そして決勝試合においても同じこと。そしてもちろん貴方の祖国を滅ぼしたあの忌まわしき悪に対してもです」
大望を成し遂げるには、短慮であってはならないと、彼女はそう言いたいのだ。ドーマはそんなエイリンの言葉を理解すると、淀み無く答えた。
「はい。あの厄災の封印が再び解き放たれればいずれこの国にも災禍が訪れるでしょう、その時の為に私は絶対にこの大会で結果を出すつもりです。そしてあの剣聖にはもっと強くなってもらわなければなりませんから……」
「貴方ならきっと成し遂げられますよ。でもその前にあの憎たらしい師弟との試合です。あの二人にはお坊ちゃんの居《お》られる場所で魔法を侮辱した罰を受けてもらわなければなりませんから。
エイリンにとってはたかが初歩の魔法を一つ伝授するだけである。眩しい朝日が避けられて、人影のない場所ならばそれはどこでも良かった。
安宿の裏庭を出てから終始無言だったエイリンが、ようやくその口を開いたのは、城門からもさほど遠くない城壁の脇に一本の大樹を見つけた時だった。
「貴方、昨日の試合で身体強化を部位に使用しましたね。身体強化は全身に施さなければ、身に跳ね返るとあれほど……」
その言葉はドーマにとって、思ってもみない言葉であった。が……、当然であった。いくらドーマがそれをひた隠しにしようとも、身体強化の法を彼女に教えたのはエイリンその人なのである。今、ドーマの身体に起きている不調に彼女が気が付かないわけが無い。
「申し訳ありません」
開口一番に図星を当てられたドーマは返す言葉も無くただそう言うことしか出来ない。いくらエイリン自身が師匠と弟子と言う関係を拒んだとしても、ドーマにとってエイリンの言葉は絶対なのだ。
彼女に師事した時が、たかだか一月にも満たなかったとしても……
「人は歩くと言う行動一つとっても、足、腰、背中、腕……それら全ての筋肉を使用します。もちろんその際、最も意識するのは足の筋肉でしょう。しかし、人の動きは全ての筋肉の微妙なバランスで成り立っているのです。それを一部だけ強化してしまっては、その動きに追いつけない他の部位に極端な負荷をかけてしまうのです。貴方も武芸を嗜む者ならお分かりになられるはずですが……。おそらく今の貴方は、全身の筋肉が引きちぎれるように痛いはずですよ」
「そんな事までお見通しですか……」
「よくその身体で、あの少年との試合に勝てるなどと……。強がりがなんの役に立ちますか?」
ドーマは、ただ口をつぐむ。全てがエイリンの言う通りなのである。
大樹は、眩しすぎる朝の陽の光を優しく受け止めて、その反対側に太く細長い影を落としていた。
「まずは、傷めた内傷の治療を致しましょう。新たな法を与えるのはそれからです」
エイリンは大樹の影に腰を下ろすと、草の上に寝かせたドーマの身体に早速『治癒の法』を施して行く。
ドーマの身体に添えられたエイリンの手の平から、なんとも心地の良い波動が各部位に伝わってゆくのがドーマにも良く分かった。
「ついでに、昨日あの騎士に打たれた左肩も治さなければなりませんね」
エイリンの手がドーマの左肩へと移っていく。昨夜は疼いて眠ることすらままならなかった痛みが不思議なほどスーッと消えた。
「本当に、今日はありがとうございます……。あの……エイリン様。エイリン様はどうしてこれほど私に良くしていただけるのでしょうか?」
「単なる気まぐれだと申し上げたはずですよ」
「それでも、しかし……」
気まぐれで秘伝の魔法を与えてくれるお人好しなど何処にいるのだろうか。以前からドーマはそれが不思議でならなかった。
「まぁ、強いて言えば貴方がダークエルフだからでしょうか……」
「ダークエルフ……。エイリン様は以前にも私のことをそう呼ばれた。でも私はその言葉をエイリン様の口からしか聞いた事がないのです」
「ああ、そうでしたね。こちらの世界ではエルドラ人でしたか……」
「またおっしゃられました」
「なんのことですか?」
「そのエイリン様の言うこちらの世界、あちらの世界とはいったいどう言う意味なのですか?以前も何度か耳にしたのですが……」
「そうですね……。説明しても良いのですが、おそらくそれを説明したところであなたには理解出来ないでしょう。ならば知る必要はありません。ただ、私は……。以前からそのダークエルフと言う存在に多少のロマンを感じていたとだけ説明させて頂きます」
「ロマン……ですか?」
「もう、これ以上はよしましょう。それこそ私の単なる気まぐれなのですから。それよりも、あなたは2日後の決勝であのエデンと言う少年にどうやって勝利するかだけを考えて下さい」
「分かりました。そう致します」
「それから、今度こそは魔法に精神を奪われないように。判断力を上げる為の思考への強化魔法は貴方にとっては逆効果です。この際なので言っておきますが、貴方には雑念が多すぎる。強化魔法はその雑念をも増幅させますから。昨日の貴方の、あのみっともない演説は本当に見ていて不愉快でしたよ。それとも、あの演説は貴方の予定通りだったのですか?いずれにしても、あの誰かさんの横槍がなければ貴方は今頃失格となっていたでしょうに」
「……」
ドーマは何も答える事が出来なかった。何もかもがこのエイリンと言う女に見透かされている。時折そんな恐怖をこの女に感じる時がある。
だがそんなドーマに釘を刺すようにエイリンは言葉をつなげる。
「一度でも私に法を学んだならば、その法を使用して他者に敗北することを私は決して許しません。それは明日の二回戦そして決勝試合においても同じこと。そしてもちろん貴方の祖国を滅ぼしたあの忌まわしき悪に対してもです」
大望を成し遂げるには、短慮であってはならないと、彼女はそう言いたいのだ。ドーマはそんなエイリンの言葉を理解すると、淀み無く答えた。
「はい。あの厄災の封印が再び解き放たれればいずれこの国にも災禍が訪れるでしょう、その時の為に私は絶対にこの大会で結果を出すつもりです。そしてあの剣聖にはもっと強くなってもらわなければなりませんから……」
「貴方ならきっと成し遂げられますよ。でもその前にあの憎たらしい師弟との試合です。あの二人にはお坊ちゃんの居《お》られる場所で魔法を侮辱した罰を受けてもらわなければなりませんから。
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