73 / 96
武術大会編
第73話 徴兵官殺し 〜あの日〜 その7
しおりを挟む
まるで虚空を切り裂かれたかのような鋭い感覚。
それはあまりにも突然の出来事で、カイルもそれが一体何だったのかは分からない。ただ、確かな感覚として得体の知れない何かが風の様に目の前を通り過ぎた事だけは分かった。
だが、その後に起こった出来事はカイルの鈍った頭でもなんとか理解することが出来た。
その時。彼に剣を突き立てていたはずの徴兵官の頭部だけが、まるで熟しきった果実が地面に落っこちるような速度で、すっと彼の視界を通り過ぎた。
一瞬、カイルの視線と徴兵官と視線が交わった。しかし、その視線ははまるで彼の時間だけが止まってしまったかのように固まったままであった。
そして――
ドサッ、と鈍い音を立てて、その頭が地面に転がった。
「……え?」
思わずカイルは声を詰まらせた。
咄嗟の事で理解するのに少し時間がかかったが、今の一瞬で目の前にいた徴兵官の頭部が胴体から切り離されたのだ。
そして、それと同時に、左右からもドサリ、と鈍い音が響いた。
自分の腕を押さえつけていた兵士たちの力が、ふっと抜ける。身体を拘束していた力が突然消え、カイルの上体がぐらりと前へ傾いた。
痛めつけられ軋んだ体が地面に倒れそうになるのをなんとか持ちこたえて、カイルはゆっくりと顔を上げる。
と、そこには――
首を失った徴兵官の体が未だ不自然な傾きを保ったまま直立していた。
それがやがて膝を折り、崩れ落ちる。
左右を見れば、カイルを拘束していた2人の兵士もまた、首から赤い血を流して、無言で地面に伏している。
何が起こったのか――
そして誰がやったのか――
だが、目の前で首と胴体の離れた死体を見せられて、そんな疑問に冷静に対処出来るほど、カイルの心は図太くは無かった。
ただ、呆然としたまま、転がる徴兵官の顔をカイルは見つめる。
(いったい自分は、今さっきまで何をしていたのだろうか――)
そんな記憶すら忘れかけていたその時。突然思い出したかのようにカイルの視線が慌ただしく動き、彼はその視界から消えていたレイラの姿を探す。
徴兵官のすぐ後ろ。あまりにも異質でカイルはその事に直ぐには気付けなかったが。血のついた剣をだらりと下げ、怯えるように立ち尽くす少女の姿に、カイルの視線が止まる。
妹のレイラはカイルのすぐ目の前に立っていた。
「……お前、が……やったのか?」
かすれた声が喉の奥から漏れ出る。それは問いというより、カイルの戸惑いそのままの言葉だった。
レイラは、焦燥に満ちた目を兄に向け、小さくうなずいた。
あの日――道端に落ちていた竜の鱗を「自分が倒して手に入れた」と、つい嘘をついてしまったカイル。そして、その場を取り繕うため、即興で考えた剣技――それが、彼の空想の産物『千年九剣』だった。
だが、そんな剣技など、世間で通用するはずが無い。そう考えるのが当然だったはずのに――
「ど……どうやって?」
カイルの声が震えた。
今目の前で起こっている出来事が、あまりに現実離れしていて、理解が追いつかなかったのだ。
だが――
レイラが握る剣は、確かに彼女が人の命を断った証拠である真っ赤な血で染まっている。
「この剣で……。だって、お兄ちゃんが殺されちゃうと思ったから……」
レイラの声は今にも掠れそうなほど小さかった。
カイルはかつて、修行に没頭する妹に“絶対に人を殺めるな”と言った。 剣は振るっても、人の命を奪うことは絶対にあってはならない。それがカイルの中にあった、たった一つの倫理だった。
だから、レイラにもそれを誓わせたのだ。
にも関わらず――
今、レイラは3人もの命をその剣で奪ってしまった。そして、その剣は、あろうことかカイル自身の命を守る為に振るわれたのである。
兄を守るために――咄嗟に、ただその一心で剣を振るわれたのだ。
「…………っ」
声にならない唸る様な声がカイルの口から漏れる。
いまさら後悔してもしきれない。
この日――
カイルは、妹に取り返しのつかない罪を背負わせてしまった自分の不甲斐なさを――心の底から後悔した。
それはあまりにも突然の出来事で、カイルもそれが一体何だったのかは分からない。ただ、確かな感覚として得体の知れない何かが風の様に目の前を通り過ぎた事だけは分かった。
だが、その後に起こった出来事はカイルの鈍った頭でもなんとか理解することが出来た。
その時。彼に剣を突き立てていたはずの徴兵官の頭部だけが、まるで熟しきった果実が地面に落っこちるような速度で、すっと彼の視界を通り過ぎた。
一瞬、カイルの視線と徴兵官と視線が交わった。しかし、その視線ははまるで彼の時間だけが止まってしまったかのように固まったままであった。
そして――
ドサッ、と鈍い音を立てて、その頭が地面に転がった。
「……え?」
思わずカイルは声を詰まらせた。
咄嗟の事で理解するのに少し時間がかかったが、今の一瞬で目の前にいた徴兵官の頭部が胴体から切り離されたのだ。
そして、それと同時に、左右からもドサリ、と鈍い音が響いた。
自分の腕を押さえつけていた兵士たちの力が、ふっと抜ける。身体を拘束していた力が突然消え、カイルの上体がぐらりと前へ傾いた。
痛めつけられ軋んだ体が地面に倒れそうになるのをなんとか持ちこたえて、カイルはゆっくりと顔を上げる。
と、そこには――
首を失った徴兵官の体が未だ不自然な傾きを保ったまま直立していた。
それがやがて膝を折り、崩れ落ちる。
左右を見れば、カイルを拘束していた2人の兵士もまた、首から赤い血を流して、無言で地面に伏している。
何が起こったのか――
そして誰がやったのか――
だが、目の前で首と胴体の離れた死体を見せられて、そんな疑問に冷静に対処出来るほど、カイルの心は図太くは無かった。
ただ、呆然としたまま、転がる徴兵官の顔をカイルは見つめる。
(いったい自分は、今さっきまで何をしていたのだろうか――)
そんな記憶すら忘れかけていたその時。突然思い出したかのようにカイルの視線が慌ただしく動き、彼はその視界から消えていたレイラの姿を探す。
徴兵官のすぐ後ろ。あまりにも異質でカイルはその事に直ぐには気付けなかったが。血のついた剣をだらりと下げ、怯えるように立ち尽くす少女の姿に、カイルの視線が止まる。
妹のレイラはカイルのすぐ目の前に立っていた。
「……お前、が……やったのか?」
かすれた声が喉の奥から漏れ出る。それは問いというより、カイルの戸惑いそのままの言葉だった。
レイラは、焦燥に満ちた目を兄に向け、小さくうなずいた。
あの日――道端に落ちていた竜の鱗を「自分が倒して手に入れた」と、つい嘘をついてしまったカイル。そして、その場を取り繕うため、即興で考えた剣技――それが、彼の空想の産物『千年九剣』だった。
だが、そんな剣技など、世間で通用するはずが無い。そう考えるのが当然だったはずのに――
「ど……どうやって?」
カイルの声が震えた。
今目の前で起こっている出来事が、あまりに現実離れしていて、理解が追いつかなかったのだ。
だが――
レイラが握る剣は、確かに彼女が人の命を断った証拠である真っ赤な血で染まっている。
「この剣で……。だって、お兄ちゃんが殺されちゃうと思ったから……」
レイラの声は今にも掠れそうなほど小さかった。
カイルはかつて、修行に没頭する妹に“絶対に人を殺めるな”と言った。 剣は振るっても、人の命を奪うことは絶対にあってはならない。それがカイルの中にあった、たった一つの倫理だった。
だから、レイラにもそれを誓わせたのだ。
にも関わらず――
今、レイラは3人もの命をその剣で奪ってしまった。そして、その剣は、あろうことかカイル自身の命を守る為に振るわれたのである。
兄を守るために――咄嗟に、ただその一心で剣を振るわれたのだ。
「…………っ」
声にならない唸る様な声がカイルの口から漏れる。
いまさら後悔してもしきれない。
この日――
カイルは、妹に取り返しのつかない罪を背負わせてしまった自分の不甲斐なさを――心の底から後悔した。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる