深淵のエレナ

水澄りりか

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第一章

第三話 確認の手順は間違ってはならない

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そうこうしているうちに盗賊どもはどんどん距離を広げていく。

「すみません!肩お借りしますっ!」

アシュベルはエレナの前にいた。
突然の申し出に、え・・と少し驚いたような顔をしたが振り返るその前に
既に彼女は動いていた。

・・・トン!

肩に彼女の足がかかる。軽い・・小さな少女とは言え。
初めて見るが闇魔法を使っているのか?

そこから飛躍的な速さで空を切り30m以上はある距離を一気に詰める。
手には漆黒しっこくに染まった剣を構えて。
途中空中でフードが外れ、彼女の腰まである白銀の髪が陽光に反射し、白銀のまつげの奥にある真っ黒な瞳は夜の海のように静かに煌めいていた。


―――― 瞬で奪われた。


任務の最中だというのに彼の心は、この世界の中自分と彼女だけが存在し、鮮明にそして刻み込まれるようにその様が頭を支配する。


白銀の髪に黒い瞳・・・この国にしては珍しい。

あんな美しい女の子にはなかなかお目にかかれるものじゃない,がそれよりも何か。
黒い瞳は闇使いの証。
しかし彼女のマナではあそこまでの・・・。

アシュベルは何か引っかかるものを感じた。以前から人の本質を見抜く自信はあった・・が。
だが、何が引っかかっているのかが分からなかった。
なんだ、これは・・?

その頃、盗賊どもはその速さにあっけにとられ気が付いた時には、女性にナイフをつき付けていた者や他の者たちはは地面に転がり、その周りの者も腕を切られ剣を手放していた。
エレナは黒に染まった剣を鞘に納めた。

この女性の縄をほどくとほかの女性たちのさるぐつわと縄を解いた。
腕が赤くなっている・・改めて盗賊どもに怒りが湧き上がってくる。


「あ、あの!あり・・がとうござい・・ます」

助けられた女性は泣きながら震える声で絞り出すように礼を言う。
よほど恐ろしかったのだろう、立ち上がるとこともできないようだ。
ただただエレナにしがみつきギュッと握られた拳がこれまで受けた恐怖を物語っていた。

エレナはナイフが突きつけられていた辺りに傷がないのを確認し安堵し、女性を優しく抱きしめる。
髪を撫で涙でぬれた頬を指で拭い、捕らわれていた女性の瞳を覗き込みゆっくりと話す。



「本当に・・無事でよかった」
それはエレナの心からの言葉だった。


アシュベルの仲間たちが盗賊どもをその分しばりあげていた、見た目には人道的とは思えないほどかなり厳しく縛り上げていたが、まぁ自業自得だし女性たちの恐怖を思うと甘いとさえ思える。

「ねぇ、そっちの男もっときつめに縛ったほうが良くないですか?縄抜けしそう、ガッチガッチに縛り上げましょう!」

「見事だねぇ、恐れ入ったよ」

拍手しながら相変わらずの笑顔でアシュベルは彼女に近づいて行った。
そうだ、あの時咄嗟とっさにこの人の肩を足場にしてしまったんだった。

「あ・・肩いきなりすいませんでした。」

「いや、そこは全然かまわないのだけど、少し言い訳させてくれる?」

「・・はい?」

女性を救出しなかった言い訳?だろうか。

「あそこ見える?」 

彼の指さしたほうに目を向ける。

「?」

「あーもうちょい奥ね」

じっと目を凝らすと、弓を持った近衛隊の衣服を身にまとった男がいる。
こちらが気付いたのが分かると、軽く手を振って見せてくれた。

「あの方は・・あ。」

「お、賢いねぇ、あいつは弓の名手で僕の知る限り失敗したことはないんだ」

ああ・・そういう事だったのか。
この人は緻密に考えて行動していたのだ。
あの時、盗賊どもを油断させ弓士に攻撃させるチャンスをうかがっていた。
それを私が潰してしまったという事になる。

「ちなみにやつらが逃げてく方向には俺の部下がいてね、いざとなったら挟み撃ちで・・とも思ってたんだけど」

エレナの心に後悔の念が満ちる。
あの時もっと状況を把握していれば、彼の真意を見落とさずに済んだのに。

「救出の邪魔をしてしまい、申し訳ありません。」

彼はすぐさまエレナの傷心に気づき慌てて訂正した。

「違う違う、これは言い訳。俺が君に嫌われないようにね。君は凄いことを成し遂げたんだから」

すかさずエレナのフォローに入る辺り、人心掌握に長けている。
チャラい・・・なんて失礼なことを思ってしまった事をエレナは心の中で詫びた。

あの強さなら一人で殲滅せんめつも可能だったに違いない。




「しかしよく頑張ったね、お嬢ちゃんエライエライねー」

「・・・・・・・・・・」

ん・・?オジョウチャン?エライエライ?

彼女の中で不穏な空気が流れる。

前は闇の姫君って・・あ、もしかしてあれもそういう類の。
小さい子にお姫様~なんていう類の。

「強くたって一人で心細かったろうに、もう大丈夫だからね~うんうん」

満面の笑みをエレナに向けて彼は言う。
そして上からアシュベルの大きな手が少女の頭に伸びてきた。
はぁ、やっぱり。


(私の頭をなでるつもりだな・・)

大概の人は私を見るといいこいいこしたがる。
昔は気にしていなかった、それは子供だったから。

だめだ、これだけは譲れない・・。

彼女は近衛隊長と言えど容赦なく即座に行動に出た。
アシュベルの手が頭に届く瞬間。

――――― パシッ!

エレナはアシュベルの手を容赦なく払いのけた。
あっけにとられている彼の顔を見ると気まずい、のだけど。

彼女は彼を見上げ、その黒い瞳でまっすぐ見て思い切って言った。

「私、背は小さいし童顔ですが、成人しています!16歳です!」
※この世界の成人16歳からです。

「お嬢ちゃんなんかじゃありません!」

「ん・・・?」

笑顔のままアシュベルは固まっている。10~12歳くらいに思ってしまっていた。
まずい、これは地雷を踏んだか。
そして改めてエレナに目をやる。
風に揺れる細く長い白銀色の髪、艶やかな黒い瞳、やはり近くで見ても
抜きんでて美しい容姿をしている。
そして・・ようやくアシュベルの感じた違和感にピントが合ってきた。
彼女の瞳だ。

幼げな容姿に惑わされて錯覚を起こしていたが、この瞳は小さな子供のそれではない。
まるで幾つもの修羅場を潜ってきたかのような、戦士の如き泰然自若たいぜんじじゃくとした闇が宿る瞳。
そしてもうひとつ。
『能力の強さを映す鏡』と云われている瞳の色。
能力が強ければ強い程、その瞳は深く濃くなっていくのが通例とされている。
しかし彼女の瞳の濃さは・・・。

そう、色々とアンバランスなのだ。

そしてアシュベルの視線はさらに下のほうに。
あ。
うん、納得した。

「ちょっと!どこ見ているんです!?」

アシュベルの視線に気づいて両の腕で胸を隠し座り込んだ。
不覚にも戦闘の間に襟元が開いてしまっていた。
ここから見ても分かるほど顔が耳が真っ赤に染まっている。
地雷を踏んだ上にセクハラ・・これはまずいな。

「いや、君が成人しているって言うから、ほらちょっと‥何確認というか」

だめだ、言い訳になってない上に、これではまるで肯定してしまっている。

大体アシュベルは少し癖のある金色の髪に焔を思わせる赤い瞳を持ち、その容姿端麗な
姿と高度な炎の使い手として有名な上に、公爵の嫡男という上級貴族の出身なのだ。
毎年行われる武術大会でも18歳の頃から7年間優勝を誰にも譲ったことはない。
城でも城下でも彼を知らない女性はいないほどだ。一目会いたい、見るだけでも、
と多くの女性が隙あらば言い寄ってくる。
そんな生活を送っていると自然と女性のあしらい方は身についていく。

それが今はどうだ。
何を動揺している。
とにかくこちらが冷静に対応しなければ。

「エレナ」

座り込み顔を上げない・・やはり相当怒らせてしまったようだ。

「人の内面に踏み込むのは苦手だが・・」

「君の瞳をみたよ。何かを抱えているのか、または乗り越えてきたのかわからないけど、
小さな女の子のそれではない・・そう思った。」

エレナは、しばらく俯いていたがそっと顔をあげた。

「エレナ、誤解してすまない。君は大人だ。」

目を見開いてしばらくアシュベルを見上げていたが、立ち上がり首を振った。

「いえ大人・・ではないです。ただ子ども扱いは嫌なんです。」
よかった、機嫌を直してくれたようだ。

「じゃあ、君を口説いても何の問題もないねー」
にっこりアシュベルが微笑むが、わかりやすいくらいエレナが引いている。
新鮮な反応だけど結構傷つくな、がらにもなく苦笑する。

「さて冗談はおいといて」

「俺たちは最近のさばっていたあの盗賊のねぐらを情報屋から聞き出して出動してきたんだけど。」

「エレナ、君こんなところで何してたの?」

その問いに彼女はは瞳を上に上げて、空を見上げた。空がオレンジに染まっている・・夕日?

「―――― あ。」

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