深淵のエレナ

水澄りりか

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第一章

第二十九話 招かれざる訪問者

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「アシュベル様、そろそろよろしいでしょうか」

「!!」
不意に後ろから声がかけられる。
聞き覚えのあるこの声は、アシュベルが咄嗟にエレナを隠すように手を掴み引き寄せる。
アシュベル、エレナのいる後方に水色の瞳を持つ青年が立っていた。
「アロ・・・お前いつからそこにいた?」
今の会話を聞かれたかもしれない、ならばどこまでだ、睨むようにアロを見る。
「すみませんお取り込み中だったようなので、あそこで待機しておりました」
そう言ってアロはかなり後方にある一際目立つ巨木を指さす、そこにはアロが乗って来たであろう馬が大人しく控えていた。
まだ雨は激しく振り続けている、距離もある、雨音にかき消されて会話は聞こえていない筈だ。
「どこまで聞いていた?」
「そうですね、そこの白銀色の髪の少女が、光のマナを覚醒させたとおっしゃってたところですかね」
「―――――― っ!」
涼やかな声で一番聞かれてはならない言葉を平然と言う。

「お前、水魔法使ったな」
どう使ったかはわからない、けれどアロは水の魔法剣士、彼のセンスならあり得る事だ。
「まぁ、少々」
「立ち聞きとはいい趣味だな、アロ」
「こんな雨の中、我が隊の隊長殿が慌てた様子で訓練場を飛び出して行くんですから、追うのが自然だと思いますが」
「俺は会話の事を言っている!話を逸らすな!!」
いつになく厳しい口調のアシュベル、当然光のマナの事を聞かれたせいもあるが、この緊迫した状況の中で話を逸脱するアロに怒りを覚える。
「申し訳ありません、訓練場は最上警戒態勢を敷いており、これ以上何かあってはと会話の内容を聞かせていただきました。あなたは時折無茶をされるので」
無茶、と言われアシュベルが赤い瞳に炎を宿し、静かに問う。
「それで俺が一度でも失敗したことがあるか」
「・・・いえ、一度も」
冷冷れいれいたる彼の蒼に近い瞳が、わずかに悔悟かいごの念を帯び揺らめく。

アロは全て計算ずくで動くタイプだ。そのせいもあってアシュベルとは度々衝突することがある。
だが、アシュベルは天衣無縫を装いその実先を読んで動いている、それをアロは理解しているつもりではいるが思考の違いにより意見が噛み合わない事が多い。
ならば、なに故アロは彼に意見するのか、こう見えてアロは隊長としてのアシュベルの手腕を誰よりも評価している、自分にない人を動かす力は他の追随をゆるさない、彼の一声で士気は大いに上がり、彼の強さに皆憧憬の念を覚える。
第一近衛隊は彼なくしてはあり得ない、そうアロは思っている、そしてそれを守るのが副隊長である
自分なのだと認識しているのだ。

それを揺るがすものは排除するのみ、彼の瞳がエレナを捉える。


ガサッ

「あ、あののっ!す、すっすみば・・・ませんっ!アロ様がアシュベル様を追うと言っていたので・・・・・・・・・」
―――――― ついてきてしまいました。
アシュベルの怒りを買うを恐れて噛んだ上に最後まで言葉を言い通せない。
アロだけでも頭が痛いのに、二人目の登場にアシュベルが怒る気力も失せ、うんざりした表情を
隠せない。
「シャルル、お前もか」
「自分は会話は聞こえてませんでしたっ!・・・でも今アロ様が光の?マナ?というのを耳にしました、
それだけですっ!ほっ、他には何も・・・」
先程アロに向けられたアシュベルの怒りに満ちた表情が頭を離れず、出てくる言葉がしどろもどろになっている。
それだけ聞いていれば十分だ、本人は訳も分からず言葉にしているようだがシモンまで光のマナの事を知ってしまった。曖昧な知識を放置しておく方が危険か、アシュベルが掌で顔を覆い深いため息を着く。



何が起っているのか状況が呑み込めていない少女が一人、彼らの傍らでそれぞれの青年を見ている。
エレナは初対面のこの二人について何も知らない、アシュベルとはかなり親しいように感じる。

それまで沈黙を保ち、見守っていたエレナは痺れをきらして、アシュベルの袖を軽く引く。
「ねぇ、アシュ、この人達は?」
雨が小降りになってきている、エレナは弱った体のまま長時間ずぶぬれのままだ、彼女の体調が気になる。
「二人は俺の部下です、後で紹介しますが・・・」
エレナから決定的な答えをもらっていない事に気付く。
ついさっきまで、彼女は一人ここを立ち去ろうとしていたのだ。

まだ彼女を失ってしまうかもという消失感がアシュベルの中に深く根付いている。
彼は片足を地面に落とし彼女の前に膝まづく。
目線がエレナを少し見上げるような格好になり、彼女の表情がよく見えた。
「ヒメちゃん、あなたがこれからどうするか、それはあなたが決める事です、でも今はリュカ、
カリーナ・・・俺のために、一度戻ってもらえませんか」
恐らくこういう言われ方するとエレナは断れない。彼女の意思を尊重したいと思う気持ちは嘘ではないが、
自身のエゴを抑制できるほど大人にはなりきれない。
「・・・うん、そうするよ」
素直にその意を示してくれるエレナに安堵する。
彼女の全てを、零れ落ちないように繊細に注意深く扱う。
セルにまたがりエレナを引き上げる際、彼女が悪戯っぽく微笑みながら言った。
「アシュ、戻ってるよ話し方」
「ふっ、本当だな」
訓練場に戻るため、二人はセルに乗って走り去って行った、アロとシモンを残して。

その様子を見て、アロとシモンがあまりに自分らと態度が違う事に内心嫉妬する、付き合いは
こんな小さな少女などと比べ物にならにくらい過ごしているし、戦闘でも背中を預けあう同士である。
あまり公に言う事は憚られるが、彼らは重度のアシュベルの崇拝者なのだ。
「我々を置いて行ってしまわれたねぇ、シャルル。アシュベルは紹介するとおっしゃってたよねぇ、」
「・・・はい」
そこまで怒られなかったうえ、置き去りにされ、隣には冷たい微笑みを浮かべた怒り心頭のアロ近衛副隊長が居る、何故こうなってしまったのかシャルルは呆けたように返事をする。
「まぁ、明日聞けるでしょう」
光のマナ、と言っていた、あれは伝説上の人物だ、厄介ごとは極力避けたい。

「彼は英雄クアドラ様を継ぐ次世代の英雄になる方だ」
「え?」
隣にいるシャルルがアロを見上げてゾクリとする。
アロの水色の瞳が氷の刃の様に鋭く光る、その奥には今アシュベルと共に去っていったエレナの姿が
深く刻まれていた。
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