深淵のエレナ

水澄りりか

文字の大きさ
42 / 92
第二章

第八話 夜会という舞台に散る影と恋

しおりを挟む
夜会当日、城の中は静かではあるが、それぞれに忙しくしている動いている裏側があ
り、王家主催の夜会のため、慣れているとはいえ日々準備してきたことを滞ることな
く終えられるよう、メイドや使用人はじめ厨房やグラスの管理など、それらを指揮す
る者らが朝から緊張感の中そつがないよう動き続けている。

エレナは朝、日の出とともに城の中で一番高い鉄塔の上で空気を肌で感じていた。

風が運ぶ匂い、人々の足音ざわめき、食器の微かに当たる音。

エレナの感覚として昨日までの城の内情が変動していっている気がする、それは今夜
に夜会が催されるということに限らず、この城で政治的な何かが動いている、地方に
住んでいたエレナにとってそれは推測でしかないが人々の心にさざ波がおき、それが
大きな波となり、うねりが呑み込もうとしている。

この日を境にこの国では何かが変わるのかもしれない、そんなあてもない未来を朝日
に見る。


夜会当日。

城の門の前には貴族たちが馬車に乗り列ができている。
今夜の夜会にはアシュベルが出席すると前もって噂がながれており貴族の令嬢たちに
伝わっている、彼の正装した麗しい姿を一目、あわよくば彼の婚約者になるべくドレ
スや化粧により力をいれ戦にでもいうような心持で臨んでいる令嬢たちとその親たち
がいる。

令嬢たちは胸を膨らませ、城へ続く明かりでともされた階段をのぼってゆく。

城の大広間は金をあしらった模様をはじめ飾り柱などにもディデールが凝っており王
家の気高さを感じる絢爛豪華な印象を与える。その広間には白い布がかけられた小さ
な丸テーブルがいくつかあり、そこにはオードブルが用意されており、シャンパン等
飲み物は使用人たちが物腰優雅に客人へ配り歩いている。

王女はまだ現れていないが、会場の熱気は夜会の始まりを期待している。

その頃エレナの部屋では、特注品のドレスはきっちり時間通りに届き、それを彼女が
着終えたばかりだった。カリーナはさすが子爵の令嬢だけあってそれほど支度に手間
は取らなかった。
エレナは壁によりかかりつつ、今までの格闘を思いつづる。
「こんな思いをしてドレスを着なければならないの?あのコルセットは拷問以外の何
物でもないわ」
「エレナが初めてだって言うから本当は少しだけ緩くしてあるのよ?」
「うそでしょ・・・」
先日アシュベルが言って言葉を思い出す、(大変なのは明日だよ)これのことだったの
か。
ウエストを絞るためコルセットをメイド三人がかりで引き締められた。
今の心境は、水すらのめそうもない、ということ。

「時間だわ。私たちも行きましょう、武器はしこんであるわね」
エレナの言葉にカリーナがガーターベルトに装着した武器をドレスの上から確かめ頷
く。
「いつもの剣を持ち歩きたいけど、あたしたちは小型ナイフ、こころもとないなぁ」
カリーナの言い分も分かる、実際ナイフをガーターベルトに装着するにはいつも帯刀
している剣は収まってくれない、諦めて長めのナイフで納得することにした。もとも
とエレナは左利きの為、ナイフも両側に装着させてある。

扉を出るとそこにはアシュベル、アロ、リュカ、シャルルが正装して待っており、い
つも以上に彼らの端正な顔を引き立てていた。

そして男性陣からは感嘆の声が漏れる。

いつも動きやすい服ばかりを着ているエレナらは、彼らの想像を超え一人の女性とし
て意識せざるを得ない魅力と輝きを放っていた。
カリーナはその明るい雰囲気はそのままに、やはり子爵の令嬢らしく薄紫のドレスを
着こなし、身のこなしも完璧だ。その陰に隠れる様にエレナが出てくるのを躊躇して
いる。
夜会に出席してくれとは言ったが、ドレスでの動き方、作法など特に教えていないこ
とを思い出しアシュベルがエレナに近寄ろうとする。

コツ・・・

気恥しそうにドレスの裾を両の指先でつまみ、前へ出てくるエレナを見て、作戦は失
敗したとアシュベルは思った。彼女の存在を薄くするため地味な色目の生地をつかい
ドレスを仕立てたはずが、その際立つ美しさをさらに周囲に知らしえめる結果となっ
ていた。
白銀色の髪は結い上げてもらい、薄っすらメイクもしているせいか、女性としてこれ
ほどエレナを意識したことはなかった。
可愛らしい人だとは思っていた、もしかしたらそこには恋愛感情のようなものがあっ
たかもしれないが、相手は9歳も年下の少女、尊敬こそすれまさか自分が恋をするな
どと、アシュベルはそう思っていた。

「では会場へ向かいましょう、女性の方にはドレスを着ていただきましたが、我々は
あくまで夜会が無事に終わるまで警備を怠らないよう・・・」
アロが気を引き締める様に皆に言い終わらないうちに、アシュベルが強引にエレナの
手を取り会場へ向けて歩き出す。
呆然とする彼らをおいて。
その行為がいつもの彼らしくない強引さでエレナも彼に慌ててついて行きながら顔を
見上げる。
怒っているようにも見える面差しは、これからセーデルと相対するには余裕がなく見
えた長身のアシュベルが歩くスピードに、履きなれないヒールの高い靴で早歩きする
にはエレナには難しすぎ、思わずドレスの裾を踏んでしまった。
「あっ」
エレナが前かがみに倒れ込もうとした時、アシュベルがふわりと彼女を抱きとめる。
「ありがとう、でもなんだか様子が変だよ?」
エレナがその黒い瞳で見上げてくるが、彼は顔を手で覆うように横を見る。

近しいアロやシャルル、リュカでも、今のエレナを見られるのは嫌だと、そう思っ
た。

今更ながらに彼女に対する気持ちが変わってきているのに気づく。

でもそれは彼女の生きてきた道筋を考えれば無粋に感じられ、伝えるべきではない
気がする。それに伝えたところでこの関係にひびが入り、近くにすらいられなくな
ったらと思うとその選択肢は消え去る。

「ごめん、これからセーデルの奴の顔を見ると思うとむかむかしてきちゃってね」
いつもの優し気な笑みをエレナに向ける、それでもエレナは心配そうに言う。
「心配事があったらいって、わたしもあなたに全て伝えたし、ね?」
「そう・・だね」
初めて知る心の痛み、伝えたくても伝えられない切なさ、この気持ちは恋、そう呼
んでいいのだろうか。
恋ならしてきた、その容姿と名誉で女性は群がってくる、そのなかで付き合った女
性も勿論いる。
でも、この胸の苦しさは誰も彼には与えられなかった。

アシュベルは煌びやかな会場へエレナをにエスコートする、今気づいた想いを押し
殺しながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 でも、、そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...