深淵のエレナ

水澄りりか

文字の大きさ
46 / 92
第二章

第十二話 操り人形の王女殿下は檻の中

しおりを挟む
王女はその生気のない瞳でアシュベルを見る。
思い過ごしか・・・一瞬、あの瞳に彼女の意思が宿ったように見えた。

「ララ殿下、あなたがお耳を貸すことはございません、わたくしが後程聞いておきますので」
セーデルが口を挟んでくる、当然だろう、自分の大切な操り人形を他者に近づかせないように、今までずっと心血を注いできたのだから。
「赤い目・・・このように赤い瞳は初めて見ました」
ララ王女が不思議そうに首を傾ける。その様子にセーデルは安堵する、彼女がこのように自ら話すことはこれまでなかった、勿論それはセーデルがそのようなうに仕向けてきたのだが。
この国の者はほとんどが茶色の瞳、炎のマナを覚醒させるとその瞳には炎のように赤い色が現れる。
だがアシュベルのそれは他の炎の魔法士とは比べ物にならない程、濃く強くまるで紅蓮の炎が映っているように赤い。
そこに興味が湧いただけか、人形はやはり人形、とセーデルは心のうちで冷ややかに笑う。

アシュベルはこの思いがけないチャンスを見逃す手はない、と穏やかにそして強引に王女に語りかける。
「赤い目がお気に召しましたか?」
「炎・・ですね、本で読んだことがあります」
「もし殿下がよろしければ、殿下のお時間が許す時にわたくしの炎の能力をご覧にいれます」
「そうね・・・」
艶然と微笑みを浮かべララ王女を見る、しかし彼女に感情の起伏は感じられない。だが貴族たちが見守る中セーデルも不自然に会話を断ち切ることが出来ない、この流れのまま目的を果たす、アシュベルは本題を切り出す。
「ララ王女殿下の側近にわたくしの部下を数人置いていただけないでしょうか、今まではセーデル宰相にお任せしてご負担をおかけてしまっておりましたが、本来は第一近衛隊隊長であるわたくしの役目。王族をお守りするという任務を放棄していたと言っても過言ではないと恥ずかしく思っていおります。」
「アシュベル様のご自由に」
ララ王女がするりと承諾する。
「なっ、ララ殿下、そのような・・・くっ!」
セーデルが言いかけて言葉を飲み込む。
この国の有力者たちが集まる中、王女がそれを許したという事実は大きい。
いくらセーデルでも王女の言葉を取り消させるようなことをするのは、王族への侮辱と見なされるだろうし、アシュベルの言っている事は正論で、それを皆の前で否定するのは不自然すぎる。
ここまでやってくるとは、あれだけ馬鹿にされたというのにアシュベルをまだ甘く見ていたようだ、セーデルは怖ろしく冷たい感情が湧きがるのを感じる。

「セーデル様、ララ王女殿下の許可をいただけたので、明日からわたしの部下を殿下の側近としてお仕えさせていただきます、」
「心強い申し出だ、アシュベル殿の部下は精鋭ぞろいと聞く、」
セーデルは苦々しく言葉を吐く。
「ああ、それから、これまで近衛隊としてあまりにもずさんな仕事ぶりだと部下から叱咤されまして、わたしも色々思う所があったので、王都の見張り兵及び警護を見直させてもらいました。今日から。これまでセーデル様に頼りきりで申し訳ありませんでした」
アシュベルは笑顔を崩さないまま、セーデルを鋭く見る。
ここ2、3日、セーデルは王女の後見人としての自身の権威を示すため夜会の準備に気を取られていた、その隙をついてアシュベルはセーデルの息のかかった王都の兵士を自身の部下とすり替えたのだ。
全て、という訳にはいかなかったが、これで王都でのセーデルの動きは多少封じることが出来る。
「ほぉ・・・それはまたずいぶんと急に第一近衛隊隊長の自覚が芽生えたものだな、どういった心境の変化か聞きたいものだ、」
セーデルの瞳には狂気すら感じるおぞましい何かがアシュベルを飲み込もうとする。

突然エレナはハッとそちらに向ける。
明らかにセーデルから混沌の闇の気配が増殖していくのを感じる、それも尋常でない速度で。
おかしい、人一人ではこれほどまでに混沌の闇を抱えていられない、膨れ上がったそれは己を壊してしまうからだ。

アシュベルはその場の雰囲気を壊すことなく流暢に話す。
「わたしがただ未熟だったというだけですよ、これからは任務を厳格に遂行していきたいと思っています」
それはアシュベルからセーデルへの挑戦状。
それを見守る貴族らは、アシュベルがいよいよその実力を発揮するという一人の男性としての成長を見ている様で、彼の評価は上がる一方だ。

その時ダンスに適した曲がアシュベルの耳に聞こえてきた。
「ララ王女殿下、最初のダンスのお相手の栄誉をどうかわたくしに」
アシュベルはうやうやしくその手を王女へ差し伸べる。
王女は躊躇することなくそのてを取る。
このララ王女殿下には予想を裏切られてばかりだ、生気のない瞳、感情のない声色、それなのにアシュベルの提案に素直にのってくる。ちぐはぐな彼女の言動はセーデルばかりかアシュベルをも翻弄する。

アシュベルが王女殿下をリードしてダンスする様は貴族や令嬢たちの注目を一身に浴びる。長身のアシュベルが姿勢をただし長い脚で王女のステップを優雅にリードし、その大きな手は彼女をそっとささえ、貴族らの中からため息がもれる。
令嬢らの中には嫉妬をする者もいるが、そのほとんどの者が美男美女の踊る姿に心奪われていた。
「アシュベル様、王女殿下とお似合いですな」
「いやぁ、ほんとですね、こうしていると絵になる」
貴族らは口々に二人への賛美を贈る。
アシュベルの狙い通り、いや、実際はここまでうまく運ぶとは思ってなかった。

アロがアシュベルと王女が踊る姿を見て、得心が言ったという顔をする。
「なるほど、そういうことでしたか、」
「え、え、どういうことです?」
カリーナが不思議そうに問う。
「アシュベル様の行動です、大広間に入るなり貴族の令嬢らの気持ちを煽るような行為をしたり、王女殿下に近づきダンスをする、ここまでなさるとは思いませんでしたが、どうやら相当本気のようですね」
「え?もう少しかみ砕いて説明してくださいよー」
カリーナはアロが何を言おうとしているのかさっぱり理解できない、真っすぐに物事を考える彼女にはアロの言葉は回りくどすぎる様に思う。
リュカのが見かねてアロの代わりに説明する。
「アシュベル様はオーギュスト公爵家の嫡男という地位にあり、その彼と結婚したいと望む令嬢は少なくない、そのご本人が遠回しですが結婚に興味があると言えば、あんないい物件を目の前にぶら下げられれば飛びつかずにはいられない。その両親も彼と娘と結婚をさせてオーギュスト家との繋がりを強くしたいと思うのは自然の事」
「え、まさかそこまで考えてアシュベル様はあんな行動を?わたしには無理だわぁ」
リュカはさらに続ける。
「いや、今日アシュベル様が成し遂げたのはそれだけではないよ、セーデルがガードする中ララ王女殿下に声をかけダンスまでしていた、はたから見たらどう見えると思う?」
「どう・・って、えーと、あ、王女と結婚したいように見える!」
カリーナが声をあげて、そのあと小声になる。
「その通り、それもアシュベル様ほどの方なら王女の結婚相手としては不足がない、王族との繋がりができるかもしれないアシュベル様の名は、これまでよりも箔が付くというもの。自分の娘が彼と結婚できなくとも彼を軽んじる事は出来ない、言わば地盤固めですね」
「うええ、なんという策略、そこまで考えてアシュベル様は動いているって言うの?」
二人の会話にアロがふっと意味ありげに笑う。
「いや、おそらくもっと先を、周りを見ていますよ、アシュベル様は」
そう、彼のやり方は一見無茶苦茶に見える、それが計算づくで動くアロには無謀にも見え、つい口をだしてしまいたくなる。
しかし、今日のためにここまでやるとは、やはりアシュベル様は上に立つお方、アロは改めてそう思う。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 でも、、そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...